第32話

 朝が来た。目の前で妻が寝取られるというよくある成人誌の漫画のジャンルの一つを死んでから経験するとは思わなかった。



 おまけに明かりをつけたままで鮮明にくっきりと見ることになり、無修正のアダルトビデオを見せつけられている状態だった。

 未亡人の妻と、自分の教え子という複雑な関係性が何ともいえない。


 ああ、もう成仏したい。スケキヨも残ることなく成仏しちまったし、なんで俺は成仏できないんだ。

 やり残したこと書いたけどもういいよ、手放すからこのまま成仏させてくれ。


 結局あれから二人は日を跨ぐまで重なり合い、その後シャワーを浴びに行って寝室に行ってからまた行為をしていたようだ。お陰で俺は一睡もしてない。


 あ、三葉……。ネックレスしてるな。かと言って乗り移る気力もない。朝のお供え、そして掃除。

 入れ替わりに倫典がやってきた。三葉が奥の台所に行ったのを確認して俺の仏壇の前に座った。奴には俺の姿は見えないだろう。絶望し切ってやつれている俺の顔なんて見えないだろう。


「昨晩はすいませんでした。僕の中でものすごく嫉妬心というか、なんというか手放したくない……僕のものだって見せつけてしまって」

 ……。


「高橋くん、明後日の朝に仕事前に来るよう連絡しました。結構無理矢理だったけど。そうすればそのまま高校に行ける。一応いきなり会うのはあれだから今晩少し会うけどね」

 色々とありがとう、というしかないのか。他の誰かに手を借りないとできないからな。


 あの時もそうだった。事故で入院した時。下半身は全く動かず移動も車椅子、トイレや風呂も看護師さんに手伝ってもらわなければならなかった。

 だけど俺はなんでも自分でやってやる! という気持ちが強くて本当にできないことは仕方なくだが、やれることを少しずつ増やそうと焦ったんだよな。


 借りるときは本当に借りなくては、力を。そうじゃないとまたヘマ起こして、やりきれずに成仏なんてできない。このチャンスはもう二度とないかもしれないのだから。


 ……でもやはり昨日の倫典と三葉のことはかなりしんどくのしかかっている。


 スケキヨが今いないから少しここから抜け出すってのも無理だな。


「倫典さん……昨日の写真はどうすればいいの? プリントアウトしたけど」

 三葉……相変わらず君は綺麗だ。他の男に抱かれている君も綺麗だったよ……。


「あ、なんかいい写真だなぁと思って。これも遺影にして見たらどうかな」

「いいの見つけてくれてありがとう。なかなか見つからなくて適当に選んじゃったけどこれはやめとく」

 えっ、嫌だよ今のより全然いいじゃん。


「だってこの写真、すごくかっこいいんだから。写真縦に飾っておくね……照れてカッコつけちゃってる和樹さんもカッコいい」

 ……三葉。その横で微笑むお前も綺麗だ。でも照れ隠しってのはバレていたか。


「わかったよ、言っとくよ」

「言っとく?」

「あ……なんでもない」

 おいおい、倫典。気をつけろよ。でも俺が倫典とかに乗り移れたら普通に会話できる可能性を三葉に知ってもらいたい……。


「今日明日は家に戻る。明後日朝、大島先生の部下連れてここにくる」

「わかった……また連絡してね」

 なんだよ、またキスして。この二人はっ、あんだけくっついてたくせに……って俺もそうか。またいつでも会えるのに、名残惜しいこともたくさんあったなぁ。

 恋人になりたてってこんな風だったか? ああ。


 おとなげないな、俺は。幸せになって欲しいんだろ? 三葉には。なんだかウジウジしてる俺が情けないな。


 高校行けたら竹刀振り回してストレス発散するしかないなぁ。今まで俺よりも体格小さいものにしか乗り移ってないから高橋だったら……細いが身長は俺よりもある。バスケもやっていたらしいから筋肉量はいいだろう、それに少し俺より若い。さてどう動かすか、この手足を。今からワクワクしてきた。


 そういえば三葉は今日は休みなのか。スケキヨがいないから様子が見に行けないんだけどな。……その間にあと何をやり残したか思い出す。若菜から電話はまだ来ない。早く電話したい。姿を見たい。


 あとはお金……相手の懐事情よりもこっちの方もしっかりしておかないとなぁ。俺のへそくり、小銭貯金も使って欲しい。


 あぁーっ、次から次へとやりたいことが増えちゃってるじゃんかよ。これだといつまで経っても成仏できない。これもある意味苦行か? 俺は何かしたのか? 天国じゃなくて地獄のような気もする。

 スケキヨもあのばあちゃんもスッて消えちゃったし、俺だけこんなにもだらだらこの世に残るのもしんどい。なんでこんなことさせるんだ。


 そうだ、この骨を早く……墓に埋めてくれたらいいんだろうな。あぁ、墓問題も……。どこに建てるか、だろ?


 あーいま考えたら次々と出てくるだけだ。考えるのをやめよう。


 ……。


 ダメだ、大人しくできない。って三葉、きてくれ……。



 パリん……


「キャァっ」

 三葉?? なんだ今のガラスの割れたような音も……。ドタドタって聞こえたが、お前の嫌いな虫とかいたか。何が起きたんだ?


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