第6話

―約200年前。

とあるスラム街に一つの家族が居た。

家族環境は劣悪で、ドープジャンキーの父と、売春婦の母を親に持つ少女がいた。

彼女も弱冠7歳にして、炭坑で朝から晩まで働いていた。

しかし、働いて手に入れたお金は全て親の薬等に使用され、少女はまともな食事も取れず、いつも飢餓寸前の生活を送っていた。

少女が親の意向に背こうとすると、親は問答無用で暴力を振るった。

肋骨なんて折れていなかった時期なんてなかった。

口から血を吐くのも日常茶飯事。この状態で生きているのがとても不思議だった。

そんなある日、少女は炭坑の中で奇怪な物を発見した。

本ではあるようだが、文字が読めない。

少女はその本を家に持ち帰り、親の目を盗んで、まじまじと本を眺めた。

その時、少女の耳元で囁きが響いた。

『お前の望みはなんだ…?』

少女が恐る恐る振り返ると、そこにはこの世の者では無い者…悪魔が居た。

少女は「ヒッ…!!」と悲鳴を上げたものの悪魔の言葉に質問をした。

「望み…?」

『ああ…俺はお前の望みを何でも叶えてあげられる。…ちょいとばかり、代償もいただくがな…』

今の少女にとっては悪魔の言葉が、他の神々の言葉や天使の言葉よりも神々しいものに感じた。

「本当に…本当に何でも叶えてくれるの?」

少女は期待の目を悪魔に向け、言った。

『疑い深い子だな…。ものは試しだ。お前は見るからにもう死にそうな状態になっている。…死ぬ前に一度ぐらい、大きな賭けに出るのも良いもんだ』

『賭け』…少女は迷いもせず、口を開いた。

「私!金持ちになりたい!死ぬまで、楽して生きたい!」

単純でかつ分かりやすい願いだった。悪魔は口元を引きつらせた。

『金…か。お前のその願いでは、現時点でのお前の体を代償にすることは無理だな…』

悪魔は少女の顔に顔を近づけた。

『しかし、代償は払わなければならない。どうする?親を担保にするだけじゃ、足りないな…』

悪魔は更に口元を引きつらせる。

『そうだ…。こういうのはどうだ?お前の生まれ変わりを黒魔術師にしてやろう…その時の代償は「感情」でいいか…。お前はこの条件を飲むか?』

「飲むよ。親なんてどうでもいい。生まれ変わりなんてどうでもいい。私はお金持ちになりたいの!!楽に暮らすんだ!!」

少女の反応に悪魔はすこぶる甲高く笑い声を上げた。

『ギャハハハ!!面白いな!お前は!いいぞ、その私念。自分の幸せのためには他の犠牲を問わない信念。…アリスの名にふさわしい』

悪魔は笑いながら、『願いを叶えてあげよう』とだけ残し、消えた。


「…と、その後少女は死ぬまで、豊かな生活を送れたそうです」

アリスは話が終わると、立ち上がった。

「それが、私の前々世。初代黒魔術師、アリスの話です」

施設長はなんとも言えない顔をしていた。

「私は初代アリスの願いの代償で、感情が存在しません。最も、感情なんてあったら、下手に黒魔術も使えないでしょうからね。悪魔も考えたんでしょう」

アリスは施設長に歩みよった。

「実は…。この話をしている間に、貴女の願いを叶えているんですよ。今、この世界に、捨て子の親は存在しません」

「え…!?」

施設長は驚きの声を上げた。

「貴女は言いましたよね。私は黒魔術師だと。…大正解ですよ。それがわかってここに来たということは、代償を払う覚悟もあって来たんですよね?」

アリスの言葉に施設長の顔は徐々に青ざめ、後ろへ後退りした。

「まさかとは、思いますが。貴女…生きて帰られるなんて、そんな不等価なこと考えていないですよね?」

そう言って、アリスは施設長の首を掴んで、動きを制した。

「先程も言いました通り、私には感情が存在しません。貴女が今命乞いしようが、謝ろうが。代償は払って頂きます」

「あ…!!え…!!い…や…!!」

施設長は涙や恐怖でぐしゃぐしゃになった顔をアリスに見せた。

静なる威圧。

「…最後に。私が貴女に良い事をお教えしましょう」

アリスは掴んでいた手を離した。

その途端、部屋は黒く濁り出した。

「…人の命は、とても重いんですよ?」

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幽かなカオス 長谷河 沙夜歌 @sayaka_hasegawa

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