第5話
―施設玄関。
施設長は靴箱の中に靴をいれ、部屋に戻ろうと体を向けた。
「…ッ!?」
その目先には、アリスがいた。
アリスは只何も言わず、施設長を見た。
「…な…何?アリスちゃん…」
アリスは「ピクッ」とまぶたを少し痙攣させた。
「…また来ます」
そうとだけ言って、アリスは背を向け去った。
「…何なの…?」
―有栖の部屋。
「…思ったより早かったですね。…久しぶりのご馳走になるかも知れませんよ?」
アリスは空間に話しかける。
『…そいつは有り難いこった。お前も、いつまでもここに居座る訳にはいかないだろ?』
「…そうですね」
―施設長室。
室内には、赤子の泣き声だけが響く。
初めは施設長があやしていたが一向に泣き止む気配も無く、施設長は諦めた。
本能的に親に捨てられたことを悟り、悲しみ、必死に親を探すために泣いているんだろうか。徐々に泣き声が大きくなる。
こういう姿の赤子には当の昔になれてしまっていた。里親の募集はもう既に送っている。
「…さて、佐藤さん。この国で年間どれぐらいの子供が捨てられているのか、調べてくれた?」
室長室の扉の向こうに立つ佐藤に施設長は問いかけた。
『ガチャ』
「…はい。年間約500件。これも小さな赤子を対象としたデータで、実際はそれ以上かと…」
佐藤はそう言って、資料を施設長に渡した。
「…ありがとう」
「…あの、施設長…?そんなデータを取って、どうするつもりですか?」
佐藤の問いに施設長は口元が歪んだ。
「…何かがわかったかもしれないのよ」
佐藤は顔を青ざめたが冷静をとりもち、その場を去った。
佐藤が完全に居なくなったのを確認して。施設長はアリスの元を訪れた。
「アリスちゃん。いるかな?」
ノックをして部屋の中に呼びかける。
間も無くアリスはドアを開け、施設長の姿を見回し、資料が目に入った。
「わかったんですね。施設長」
そう言って、アリスは資料を手に取った。
「アリスちゃん。貴女の正体がわかったわ…」
「そうですか…で?私の正体とは?」
資料に目を通しながら、アリスは施設長に問いかける。
「貴女は…魔女でしょ?しかも、黒魔術の分野の…」
施設長の言葉にアリスは目を向けた。少々驚きの表情をも感じた。
「現代世界において、『魔女』という存在は創造のものでしか無いと言われているなか、そういう夢見がちな答えを導かれるとは流石依頼者ですね。感が鋭いと言われることありませんか?」
アリスは淡々とした口調とは裏腹に滑稽な質問をしている。彼女自信、図星をつかれて驚いているのだろう。
「そんなことは、どうでもいいんですよ」
「…そうですね。まさか、分野まで分かるとは私も思っていなかったので。…それで、貴女の依頼は何でしょうか?この資料を見るかぎり、『捨て子』に関することのようですが」
施設長は、アリスの質問を待ち構えていたように、口元を引きつらせた。
「ええ…アリスちゃんの言うとおり。『捨て子』に関してよ…。私は、憎いの…『子どもを捨てる親』が…!!世界には、子どもを産みたくても産めない人間がいるのに、それを嘲笑うかのように子どもを捨てる…。理不尽な世の中だよ…。」
「貴女の私念なんて、知りません。依頼を言って下さい」
アリスにそう言われ、施設長は分が悪そうな顔を見せたが、その後に口を開いた。
「…殺して欲しいんですよ。捨て子の親を全て…」
施設長は濁った目をアリスに向けた。
「貴女なら出来るのでしょう?黒魔術で…ほら…!!早く!!!!!」
目を見開き、声を荒げ、髪を乱し、施設長はアリスに叫んだ。
「…また、大規模な依頼ですね。…貴女は、それで満足するのですか?」
「悟らせようとも、無駄よ!!捨て子の親は皆殺し!!それで私は万々歳よ!!」
ヒステリックを起こし叫んでいる施設長を見て、アリスは再び口を開いた。
「悟らせようなんて、そんな気はありませんよ。ただ、単純でかつ大規模なものなので、依頼を遂行するのは容易です」
「じゃあ、早く!」
急かす施設長を、アリスは資料を押し返し、制した。
「ですが…それだけじゃあ、退屈なので、少し昔話をしてもいいでしょうか?今の私は、少し気分がいいんです…」
そして、アリスは椅子に座った。
「腰をかけて下さい。施設長」
怪訝な表情を見せつつも、施設長は椅子に腰をかけた。
「…昔話。ある少女の話です」
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