第36話 同盟

 襲撃から数日が経った。

 花琳は良蘭に内々で調べさせていたのだが、刺客は案の定近くの川から変死体で発見されたらしい。女将は今のところ襲撃を受けたり拉致されたりはなさそうだが、不審人物が辺りをうろちょろしてるとのことで引き続き警戒させている。


 そして、行商人を名乗る秀英。彼についてはやはり謎に包まれていた。尾行をしてもまかれてしまい、かといって情報を集めようとしても彼自身の情報はまるっきり出てこない状態だった。


 確かに、あのときも相手の話は聞いていたものの彼については名前以外何一つ語らなかったな、と花琳は思い返す。

 そこで花琳自身も思い当たることを独自に調べ、それである程度の確証を得たのもあって、花琳は秀英を秘密裏に自分の私室へと招集させたのだった。


「まさかあの別嬪のお嬢ちゃんが秋王とはな」

「先日は助けていただいたのに、身分を偽り、きちんとしたお礼ができず申し訳ありませんでした」


 花琳が深々と頭を下げる。それを見ても秀英は動じる様子はなさそうだった。花琳の想定通りの反応である。


 もちろん良蘭には素性の知らぬ輩に身分を明かすなど危険だと何度も止められたが、花琳には確信があったので、あえてこのように私室での対面を強行したのであった。


「やはり、驚いた様子はなさそうですね。秀英さまは私の素性を既にご存知だったのでは?」

「あぁ、いや、そんなことはないよ。これでも結構驚いているんだけどねぇ。……でも、何でそう思うんだい?」

「私に素性を聞いたときに素直に引き下がったからです。普通、女官が護衛を連れていたら不審に思うのでは? しかも、実際案内された場所は城となれば、大抵の人なら興味本位で掘り下げて聞いてくるはず」

「はは、なるほど。確かに、きっと高貴なお嬢ちゃんかもなとは思ったりはしたが、さすがに秋王だとまでは気づかなかったよ。せいぜいお姫さまかと」

「えぇ、元々は姫でしたから。その推測は正しいです」


 お互いにニコニコと笑顔を浮かべ、それぞれ相手の様子を推し量っている状態だったが、先に仕掛けてきたのは秀英だった。


「それで? オレとしてはこんな可愛いお嬢ちゃんとなら延々と話していたいけど、そういう世間話のためにオレを呼んだわけじゃないよね?」

「そうですね。では、まどろっこしいのは抜きにして、単刀直入に申し上げます。秀英さまは夏風国の王子ですよね?」

「え!?」


 控えていた良蘭が驚きのあまり声を上げる。花琳はまっすぐに秀英を見つめると、「どうしてそう思うんだい?」と訊ねられた。


「以前私たちを助けてくださったときに、『秋波国は治安がいいと聞いていた』とおっしゃっていました。まずそれで、この国の者ではないと。次に、商売道具の玩具ですが夏風国は武器の生産に優れていて、秀英さまがお持ちの玩具は武器として夏風国で主に製造されています。最後に、その名。秀という字は代々夏風国の王家に受け継がれている名だと聞いております。以上のことから、秀英さまが夏風国の王子と判断しましたが、いかがでしょうか?」


 すらすらと花琳が立て板に水のごとく述べると、秀英は「ぷっ」と噴き出すと愉快そうに笑った。


「さすがは可愛い顔をしているのに、秋王を名乗るだけある。お見事だよ。そうさ、オレは夏風国の王子。と言っても、今の王は兄が務めているのだけどね。まさか見破られるとは。だいぶオレたちのほうも情報規制してるんだが、甘かったか」

「私の情報網が上回っていただけですから、お気になさらないでください」

「あっはっは、案外強気だね。美人で強か、か。うん、いいね。じゃあ、もしかして、何でオレがこの国に来たかもわかってる感じ?」

「あくまで推測ですが、薬をお探しなのでは? 今、夏風国では死に至る流行病で困っていると聞きましたので」

「なんだ。そこまでバレてるのか。そうさ、オレは薬を探しに来たのさ。秋波国なら、服毒で倒れた王を治せるほどの特効薬があると聞いたのでね」


 お互いに会話で牽制し合う。それぞれがお互いの国のことを知っているんだぞ、と暗に示していた。

 この緊張感漂う張り詰めた空気感に、良蘭は貧血を起こしそうだった。


「とまぁ、色々と調べさせてもらった上で、提案したいことがあるのですが」

「いいよ。聞こうか」

「同盟を組みませんか?」

「ほう。これはまた大胆なお誘いだねぇ」


 秀英は目を細める。どうやら興味を持ってくれたらしい。


「お恥ずかしながら、我が秋波国では内乱に近い状態が起きています」

「へぇ」

「ご存知かもしれませんが、私は前王の妹であり、女の私をよく思ってない者たちから命を狙われています」

「なるほど。先日の一件はそれでだね。でも、それで? 我が夏風国に何を望んで何を見返りにくれるんだい?」


 秀英がまっすぐこちらを見つめる。

 花琳はそれを逸らすことなくまっすぐ見つめ返した。

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