第35話 煩い
「峰葵……」
そこには血相を変えた峰葵が、息を切らして肩で呼吸しながら佇んでいた。どうやら走ってここまで来たらしい。
「何しに来たの? 雪梅さまのとこにいないと、ま……「煩い」」
喋ってる途中でピシャリと言われて呆気に取られていると、なぜかそのまま抱きしめられる。
「やだ……っ! やめてよ!」
「煩い。抵抗するな」
このまま受け入れるわけにはいかないと拒絶するも、花琳が男の力に敵うはずもなくて力強く抱きしめられてしまったら抜け出すことはできなかった。
抵抗しようとしても、「お願いだから、俺から離れていくな」と切なげに言われてしまい、抵抗する気力が失われていく。
「峰葵……?」
峰葵の行動にわけがわからず混乱していると、「お前は、どれほど俺に心配をかけるのか……っ」と苦しそうに言われて、花琳はやっと彼は自分の安否の確認に来たのだと察した。
「……私は見ての通り無事よ。だから雪梅さまのところに戻って」
「嫌だ」
「嫌だ、って……子供じゃないんだから」
「煩い」
「さっきから煩いって言うけど、これでも私、この国の王なんですけど?」
「知ってる」
まるで子供が駄々をこねてるようなやりとり。花琳は嘆息しつつも、自分が峰葵のことを遠ざけていたはずなのに、久々にこうして会えることが心のどこかで嬉しかった。
「ずっと俺のことを避けてるだろ」
抱きしめられながら、苦しそうに訊ねてくる峰葵。花琳は素直に認めたくなくて言い淀んでいると、抱きしめる力が強くなっていった。
「どうなんだ、花琳」
言うまで離さないとでも言うように強く強く抱きしめられ、至近距離で峰葵にまっすぐ見つめられる。
まるで恋人のような距離感に、花琳は戸惑った。
「そ、れは、その……雪梅さまとの間に世継ぎを作るなら、私は邪魔でしょう? 雪梅さまだって、女の私が峰葵と一緒にいたら快く思わないだろうし」
「そうかもしれないが。俺は、花琳に何かあったときはそばにいたい。いや、何かなかったとしてもそばにいたい。俺は花琳が知らないところで苦しんだり死にそうになったりするのはごめんだ。俺は花琳を支えるために宰相になったんだぞ? 世継ぎのためじゃない」
峰葵からそんなことを言われるだなんて思わなくて、花琳は目を見開く。これでは告白を受けているようで、勘違いしてしまいそうだった。
(あくまで峰葵は兄さまの妹だから……親友の妹であり幼馴染だからこうして大事にしてくれるだけ。だから勘違いしちゃダメ)
そもそも自分のことを好きならば、世継ぎを作る相手をわざわざ用意する必要もないだろう。勘違いしてはダメだ、と花琳は何度も自分に言い聞かせた。
「でも、そうは言っても……世継ぎのことを持ち出したのはそっちでしょ? 私は何も知らされてなくて」
「それについては申し訳なかったと思う。言い訳になるが、あのときは花琳がいなくなってしまったらと気が動転していたんだ。国のことも考えねばならない。花琳のこともどうにかしないといけない。考えることが一気に押し寄せてきて、思考力を失っていた。だから、いっそ花琳を王ではなくしてもいいんじゃないかと思ってしまったんだ」
とんでもない告白に花琳は頭が真っ白になる。自分が王でなくなったら、それでは自分の存在意義が全くなくなってしまうではないか、と絶望した。
「そんな……酷い。峰葵は、そんな風に思っていたの……?」
まさか自分を支えるはずの彼が王を人に譲れだなんて言うとは思わずに胸が苦しくなる。何のために今まで頑張ってきたのか、と涙が溢れてきた。
「俺は誰よりも花琳のほうが大事なんだ」
「……え?」
理解が追いつかない。都合のいい幻聴でも聴いているのかと、花琳は思わず自分の耳を疑った。
「俺は国よりも王よりも花琳のほうが大事だ。宰相として至らぬと罵られようが、俺は花琳が無事であるならなんだってやる。そのために今まで我慢してきたんだ。それなのに、なぜお前は……」
「何よそれ。そんなの、聞いてないっ」
「言うわけないだろう。言うわけないはずだったのに、花琳が無茶をするから……っ」
「私のせいだって言いたいの?」
「お前のせい以外誰のせいだって言うんだ」
「理不尽すぎる……」
だが、実際自分のせいだと花琳も自覚はしていた。無茶が過ぎるということもわかっていた。けれど、秋王として、そこは譲れなかった。
(私のことを大事に想ってくれてるのは嬉しい。……でも)
「峰葵の気持ちはわかった。でも、私には王しかないから、誰にもこの地位は譲れない」
「なぜだ! もう苦しまずに済むんだぞ!?」
「それでも。私は秋王としていたいの。だから、峰葵には秋王としての私も花琳としての私も支えてほしい。それじゃダメ?」
「……っ、わかった」
しょんぼりとする峰葵。その姿は自分よりも幼く見えて、花琳は可愛らしく思った。今までこんな峰葵など見たことなかったため、珍しいものが見れたと内心喜ぶ。
「いつのまにか花琳は欲張りになっていたんだな」
「知らなかった? そうなの。私、欲張りなの。だから全部誰にもあげたくない。そのときが来るまで、ね」
「そうか」
お互いそのまま何を言うでもなく抱きしめ合う。長い時間、今まですれ違っていたぶんを補うように。
そして、いつのまにか戻ってきた良蘭がそんな二人を見るなり、「まぁ! 失礼しました〜」と踵を返そうとするのを、慌てて花琳が引き留めるのであった。
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