第37話 握手
「夏風国には武器の供給と共闘をお願いしたい」
「なにゆえ?」
「現状、春匂国と冬宵国が同盟を結んでいる状態。彼らは恐らく我が秋波国と夏風国、それぞれに機を見て攻め込んで来ることでしょう。いや、正確に言えばもう攻め込んで来ている状態だと言っても過言ではないのでは?」
「どうしてそう思うんだい?」
「この流行病は冬宵国から来たとか」
「……そうらしいね」
秀英が頷く。
というのも、よくよく調べると、先に死者が出る今回の流行病が出たのは夏風国ではなく冬宵国だった。恐らく、冬宵国が流行病に感染した国民を夏風国に入れて感染を広げたのだろう。
「夏風国はあまり作物が育たないと聞いています。ですから、冬宵国は我が秋波国ではなく先に夏風国に感染を蔓延させたのでしょう。夏風国は我が国に比べて薬などの知識が少なく、病気の耐性も低いため、戦力を削ぐのに効率がいいでしょうから」
「認めたくはないが確かに事実だね。それで?」
「薬の生成の協力、並びに我が秋波国の作物や薬草などをそちらに流通させましょう。その代わりに夏風国自慢の武器をいただき、非常時の際は共闘していただきたい。戦力を分散させるのではなく、結束して叩くのです。お互いにとって悪い話ではないと思いますが」
秀英が花琳の言葉に黙り込む。
どうやら思案しているらしい。花琳は大人しく彼の言葉を待った。
「もしその案をこちらが飲まなかったら?」
「もちろん、全てなかったことに」
「なるほど? では、今オレがもし君を人質にして、無理矢理我々の要求を飲んでもらうことにしたら?」
秀英の発言に場がピリつく。良蘭は今すぐ懐刀を取り出し、飛びかかりそうになるのを、花琳がスッと手で静止させた。
「残念ながら、先程申し上げました通り、私は人質になりえません。私が死んだほうが都合がいいと思っている者ばかりですから。私が死んでもこの国はただ別の者に乗っ取られるだけです。その者は国のためでも民のためでもなく、自分の益のためにしか動かぬでしょう。つまり、今後一生我が国が夏風国と同盟を組むことはありませんし、ただお互い滅ぼすだけの関係になり、秀英さまが私を殺しても夏風国にとって何の利もないかと」
もし花琳が死んだら、仲考の独裁政権となることだろう。彼の思うままの国。
短気で自尊心の高い彼は、恐らく自分の思い通りにならなければ他国と手を結ぶことはないはずだ。
「確かに、それは一理あるな。それで、共闘と言ったが、何か考えがあるのか?」
「えぇ、もちろん。さすがに何も持ち合わせていない状態で提案するほど私も愚かではありませんので、策はあります」
「聞かせてもらおうか」
「それは、同盟が確定したあかつきに」
花琳が駆け引きをすると、秀英は黙ったあとに破顔して声を出して笑った。どうやら彼は笑い上戸らしい。
「見事な豪胆さだ。天晴れというべきか。いや、面白いな君は」
「ありがとうございます。それで、お答えは?」
「いいよ。同盟を結ぼうじゃないか」
「え? 王に判断していただかなくてよろしいのですか?」
まさか即決の言葉が返ってくるとは思わなくて逆に戸惑う。せいぜい、「一度持ち帰ってから検討するよ」などと言った定型的な言葉が返ってくると思っていた花琳にとって、その回答は予想外だった。
「兄上はそういうことに関してはオレに全権預けてくれているんだ。これでも信頼されてるもんでね」
「それは……よほど信頼されているのですね」
「ってのは半分冗談で半分当たりなのだが、実は夏風国としても秋波国と同盟を結びたいと思ってこちらにオレが出向いていたのさ。ま、一応偵察も兼ねていたのだけど」
「はぁ、なるほど」
まさかお互い同じようなことを考えていたとは思わなかったが、同盟を組む上でこのように思考が似通っているのはよい傾向だろう。
全てが全て順風満帆とはいかないだろうが、無駄な折衝は避けられるなら避けたいのが本音である。
「では、改めて。よろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそよろしく」
花琳が深々と頭を下げると手を出される。それに手を重ねると秀英の大きな手でがっしりと握手をされた。
「それにしても、オレが名を偽るとかは思わなかったのかい?」
「えぇ、そこは。秀英さまは我々を試していらっしゃるようなご様子なのはすぐにわかりましたので」
「そうか。さすがは秋王さまだな。洞察力が素晴らしい」
「恐れ入ります」
ニコニコと花琳が対外的な笑みを浮かべながら手を引こうとするも、なぜかがっしりと掴まれて秀英は離してくれない。花琳が内心どうしようかと考えあぐねていると、「ねぇ」と言われて顔を上げた。
「いっそ、オレたち結婚しない?」
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