第20話 報告
「ところで、何でここに来たの? 忙しいんじゃなかったっけ?」
「あぁ、忙しい。だが、花琳の体調もだいぶ落ち着いてきたようだから報告しておこうと思ってな」
「報告?」
報告について身に覚えがなくて言葉を繰り返すと「今回の一件のことだ」と言われて居住まいを正す。そして花琳は王としての表情に変わった。
「話して」
「あの一件の犯人が捕らえられた」
「誰?」
「陳だ」
「陳って、もしかして、あの……?」
「あぁ、先日の朝議でやり合った相手だ」
当時のことを思い返すが、どう考えても辻褄が合わなくて困惑する。
あの一件以外特に接点もなく、そもそもあんな大それたことをやるような人物には見えなかった。気性も、唆されて調子づくようには見えたが、率先してことを起こすようには全然思えなかった。
「本当に?」
「事実かどうかは関係ない。仲考がそう結論づけた、それだけだ」
「それって……」
「あぁ、ていのいい尻尾切りだ。こちらも再三証言などを聞きたいと申し入れても認められず、秘密裏に即処刑だったからな」
「そんな……っ!」
「しかも一族郎党全て処刑ときた。念には念をということだろう」
酷い、と溢すも「花琳が相手にしているのはそれほどのことをしでかすヤツだ」と言われて、言葉を失くす。
実際、自分の命を狙ったのは仲考だろうことは花琳もわかっていた。目的のために手段は選ばないことも想定していたものの、ここまで非道に出るとは思わなかった自分の目論見の甘さに苦虫を潰したような表情になる。
「全て自分の部下の不始末だということで、責任をもって処分したと公言していた。周りも承知しているから恐らくさらにヤツに逆らわなくなるだろう」
「……なら、ヤツの誤算と言えば私が死ななかったことね」
「そういうことだ。花琳が死なない限りヤツの思い通りにはならないはずだ。……多分」
「多分て……? 何か懸念することがあるの?」
峰葵が口を閉ざす。どうやらつい口が滑ってしまっての発言だったらしい。
花琳がジッと峰葵の顔を見つめると、「はぁぁぁ」と大きな溜め息をついたあと、観念したかのように吐き出した。
「最近やたらと刺客が多い。今のところ明龍と良蘭が防いでいてくれているが」
「え、そうなの!?」
(二人ともそんなこと少しも言ってなかった……)
自分を気遣って隠していたのだろう。事実を知って、自分が足手まといなばかりに彼らを危険に晒していると悔しくなる。
事実、誰が見てもまだ花琳が本調子でない今は彼女を始末するのに好機であるのは自分自身でも承知していたが。
「それとやけに仲考の外出が増えた」
「仲考の?」
「そうだ。どこに行ったかまでは追えなかった。警戒が厳しくてな」
「ごめん、それって私がこの前余計なことを言ったせいよね」
あのとき一時的にやり込めることに成功はしたが、結果的には相手の警戒心を強めてこちらが動きにくくなってしまっただけだと気づいて、花琳は自分の愚かさを嘆いた。
「だからと言って早まるなよ。無理して倒れられたら意味がない」
「わかってる。そこまでバカじゃないわよ」
「どうだか。今だってしょうもないことで落ち込んでるだろ」
「そんなこと……っ」
反射的に否定しようとして口を閉ざす。
(何でわかるんだろう)
峰葵はいつも花琳のことを理解しているような言動をする。
花琳は峰葵のことを何もわからないのに。
それが悔しくも面映くて、複雑な気持ちだった。
「わかるよ、花琳のことは。わかりやすいからな、花琳は」
優しい手つきで頬に触れられる。顔に出やすいということだろうか。
「王として失格だと言いたいの?」
「そういう穿った解釈をするんじゃない。俺なら花琳のことがわかると言ったまでだ」
「そういうの、見境なく誰にも言ってるの?」
「なぜそういう話になるんだ。……全く、素直じゃないな、お前は」
こつんと額にデコピンされる。軽くではあったが、地味に痛くて額を押さえた。
「痛っ」
「とにかく早く治せ。お前が完治しないことには何も進まん」
「わかってるわよ。あの世にもまだ居場所はないみたいだし」
「ん? どういうことだ」
「私が生死の境を彷徨ってるときに兄さまに会ったの。まだなすべきこともなしてないのに、ここには来ちゃダメだって追い返されたわ」
「余暉が言いそうなことだな」
「あと、兄さまが峰葵に私を泣かしたら化けて出てやるって言ってたわよ」
「余暉が? それは怖いな。なら、花琳に優しくしないとな」
そう言って峰葵が花琳の頭を撫でる。そして布団を被せると、彼女の額に口づけを落とした。
「なっ! ちょ……っ」
慌てて額を隠す。その姿を見て峰葵は満足したように笑った。
「では、俺は戻るぞ。……良蘭。そこで見てないでさっさと入ってこい」
「あら、バレておりました?」
「良蘭!?」
(まさか、今の全部見られてた!?)
羞恥で顔を真っ赤に染める花琳。やましいことは何もしていないが、気まずくて仕方がなかった。
「公務に復帰するまでにはその感情を出やすい顔をどうにかするように。ではな」
「一言余計!」
部屋を出て行く峰葵の背を見つめながら、横から感じる好奇な視線に気づかないフリをする。
「仲直りなさったんですね」
「だからそもそも喧嘩してないし! もういい、寝る!」
花琳は不貞腐れるように布団に潜り込む。口づけされた額がやけにむず痒くなるのを感じながら、ときめく感情を必死に押し殺すのだった。
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