第19話 不貞腐れ
「花琳さま、さすがにそれはまだ早いのでは?」
「大丈夫よ。今までの遅れを取り戻さないとだもの」
言いながら花琳は大きく身体を動かす。
今まで室内での訓練が主であったが、だいぶ体調も戻ってきたこともあり、剣術や武術などの型を舞っていた。
「そうはおっしゃいますけど、無理しすぎは禁物だと医師からも」
「大丈夫よ。『相変わらず花琳さまは元気ですねぇ。ここまで早く体調がお戻りになるとは思いませんでした』って驚かれたくらいだし」
「そういう問題では……っ! というか、体術や武術以外にも遅くまで起きて手習いや帝王学もなさってますよね?」
「だって、今までたっぷり休眠させてもらってたぶん頭がスッキリしてて覚えやすいのよ。手習いも手の訓練などになるでしょう?」
「もう、花琳さまったら……」
実際に花琳の快復速度はとても速く、医師も舌を巻くほどだった。
本来ならばここまで快復するには早くても三ヶ月、遅ければ半年以上かかってもおかしくはないらしい。
しかし花琳はその倍の速度で治癒しており、元気が取り柄というのはあながち間違ってもないと誰もが驚くほどだった。
「毒耐性でもあったのかしらね」
「こら、冗談でもそういうことをおっしゃらないでください! こちらはどれほど心配したと……」
「ごめんごめん。今のは口が滑ったわ」
良蘭にキッと睨まれて大人しくなる花琳。美人の睨みは非常に怖い。
「……何を騒いでるかと思えば」
「峰葵! びっくりするから、いつも突然来ないでって言ってるわよね!?」
「だから、こうして不意打ちで来ないとすぐに隠し立てするからだと言っているだろう。……で? 体術や武術など、まだ許可が出てないはずだが?」
「私は知りませんよ〜」
また口煩いのが来た、と思っても後の祭り。しっかりと現場を見られてしまって焦る花琳。良蘭は早々に火の粉を浴びないようにと、「あ、私は服の替え持って参りますね〜」とそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「良蘭の薄情者〜!」
「言いたいことはそれだけか?」
仁王立ちでまっすぐに見下ろされて、びくりと肩が竦む。
「いや、だから、その……いっぱい休んだから遅れを取り戻さないと……ねぇ?」
移動しようにも前に立ちはだかれ、上目遣いでそろっと峰葵の顔を見る。
今日も美しいご尊顔。
峰葵はにっこりと誰もがうっとりする笑みを浮かべるが、花琳はこの顔が怒っているときの顔だと知っていた。
「その耳は飾り物なのか? ん?」
「違いますけど」
「ならばなぜ言われたことが守れないのか? 理解ができないのか? あぁ、ではもっとバカにもわかりやすく、丁寧に申し上げたほうがよろしいでしょうか?」
「やめてよ、もう。わかったわよ、大人しくしてればいいんでしょ」
「すぐそうやって不貞腐れるんじゃない。元はと言えば花琳がいけないんだろう?」
正論を言われて、言い返せない。このお説教は長いぞ、と思いながら何か話題を変えようと必死で思考を巡らす。
「って、うわぁ……! ちょっと、何するの!?」
思考に囚われていると、膝裏に腕を回されたかと思えばそのまま身体を持ち上げられる。横抱きにされて、あまりの顔の近さに思わず花琳は自分の顔を覆った。
「もう少し可愛げのある声を出せないのか?」
「きゅ、急にこんなことされて、可愛い声なんて出せるわけがないでしょ!」
「こら、暴れるな。落とすぞ」
「勝手に持ち上げたのは峰葵でしょ!」
「言うことを聞かないから強制執行したまでだ。ほら、大人しくしろ」
さすがに横抱きのまま床に落とされたくない花琳は、渋々ながら大人しくする。まさかこんな風に抱き上げられるだなんて思わなくて、口から心臓が飛び出そうだった。
「少しは重くなったか……?」
「はぁ? 信じられないっ! 今この状況でそういうこと言う!?」
「体重が戻ってきたという話だ」
「なら、もうちょっと言い方ってのがあるでしょう! ほんっと、峰葵はそういう機微に疎いわよね。よくそんなんでモテるわね」
「見てくれだけはいいからな」
「自分で言う!?」
ギャンギャンと抗議していると、布団の上にゆっくりと下ろされる。
普段であればこういうときには「煩い」と布団の上に落とされる気がするが、一応病人ということで配慮しているらしい。
こういうとこが気障だと思いながらも、嬉しい自分もいて、花琳は自分の感情が矛盾していてモヤモヤする。
「医師の言うことはちゃんと聞け。わかったな」
「はいはい。わかってますよー」
「そこまで元気が有り余っているようなら、全快したらビシバシ働いてもらうからな。覚悟しておけ」
(目が本気だ)
今はまだ病中だから気を遣ってくれているが、花琳が治ったら今までの配慮の欠片もないくらい働かされるのだろうと察し、ゾッとして血の気が引く。
恐らく、今回のように指示無視をしたぶん追加で公務を上乗せされるのだろう。
(峰葵ならやりかねない……)
花琳は思わず身震いする。そして、さすがにちょっとやりすぎたか、と心の中で反省するのだった。
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