第12話 礼服
毎度ながら少々肌寒い秋の園遊会。
この会は親睦会という
情報統制が敷かれた秋波国では季節ごとに行われる園遊会は大変重要で、特にこの秋の園遊会は秋波国の名にもある季節ということでとりわけ大きな行事だ。
そのため準備も一年の中で最も大掛かりであり、最近花琳や峰葵が忙しくしていたのもこれのせいもあった。
人が集まるということはもちろん暗躍もし易く、目を光らせる範囲も広まり、さらに各国からの侵攻にも気を張らねばならないため、敵が多い花琳にとっては気が重くなる時期だ。
しかも秋の園遊会では普段接している上層部の面々だけでなく、余暉と花琳が成り代わっていることを知らない人達と接しなければならない。
そのため、花琳は余暉としてここで王の威厳を見せなければならず、いつも以上に気を配らざるをえなかった。
「どう? 良蘭。兄さまのように見える?」
「えぇ、まだもう少し身長が足らないのは仕方ありませんが、いつにも増して余暉さまそっくりですよ」
「それならよかった。とはいえ、やっぱり重いし暑いわね」
いくら余暉が病弱だったとはいえ男性。花琳にはない胸板などを誤魔化すため身体の上に布をぐるぐる巻きにされてから衣装を着せられているので、肌寒い時期だというのにもの凄く暑かった。
衣装も公式の場ということで華美な礼服を幾重にも羽織っていなければならないため非常に重く、動くだけでも重労働なのだ。
これに余暉の身長に合わせるため、さらに竹馬に乗らねばならず、さすがに十年目で慣れたものとはいえ、かなりの技術や精神力が必要だった。
「仕方ありませんよ、園遊会のときだけですから我慢してください。ですが、くれぐれも倒れないでくださいね」
「そりゃあ倒れないようにしたいけど、これだけぎゅうぎゅうにされたら食べるものも食べられないし、重くて体調を崩しそうだわ」
「花琳さま、頑張って」
「……もう、他人事だと思って」
そう花琳はボヤくも自分以外がこの任をできるはずもないのはわかっている。だから、嘆息しつつも背筋を伸ばし、花琳は姿見で自分の顔をしっかりと見つめた。そこには雄々しく化粧を施した兄とよく似た人物が映っており、自分でも余暉が自分を通して蘇ったかのような錯覚を覚える。
「兄さま」
(私、頑張るからね)
鏡を通して余暉にこの言葉が届けばいいのにな、と花琳は祈るように心の中で呟く。
死後の世界と繋がっているかはどうかはわからないが、きっと兄は自分を応援してくれている、と花琳はそう思うことにした。
◇
予定通りに大広間の椅子に腰掛けて準備が整うのを待っているときだった。
「ますます似てきたな」
不意に声をかけられ振り向くとそこには誰もがうっとりするほどの美丈夫……峰葵がいた。
「それはどうも」
「なんだ、随分とつれない態度だな」
「別に普通よ。とりあえず、今日はよろしく」
「誰に言っているんだ。そっちこそヘマをするんじゃないぞ」
誰も周りにいないとはいえ、花琳と峰葵はこっそりと軽口を言い合う。ここは伏魔殿。いつ誰が見ているかわからない場所だからだ。
(あぁ、鎮まれ私の心臓)
相変わらず峰葵は眉目秀麗で、今日は公的な行事のため正装で、いつにも増してその色香が増していた。きっとここに来るまで城内の女官からもキャアキャアと黄色い声を上げられていただろうことが想像できる。
花琳も例に漏れず、峰葵を見るなり惚けて赤面しそうになるくらいには目の毒であった。だからあえて素っ気なく接したのだが。
「あぁ、こちらにいらっしゃいましたか、峰葵さま。……っ、陛下。申し訳ありません、ご歓談中に」
「いや、いい。峰葵に用事だろう?」
パタパタと慌ただしく官吏が入って来たと思えば花琳が見えていなかったのだろう。彼は花琳を見るなりギョッとしたあと、申し訳なさそうに縮こまりながら謝罪した。
花琳は普段強気な王として振る舞っているため、咎められると思ったのか官吏は酷く震えていた。
内心、「そこまで怯えなくても……」とちょっと傷つきながらも、何でもないふうに装いながら峰葵を差し出す。
「は、はい。峰葵さま、本日の段取りですが」
「あぁ、今行く。……無理はするなよ」
峰葵は官吏に聞こえないくらいの小さな声で耳元で囁くと、髪型が乱れない程度に花琳の頭を撫でる。
それは彼の昔からの癖だった。まるで妹をあやすかのような仕草。そしてその行為はいつも花琳の心を乱す。
(本当、こういうところ……っ!)
期待するような間柄ではない。頭ではわかっていながらも勝手に期待してしまうのはどうしようもなくて。
なんて自分の心に言い訳しつつもきっと緩んでしまっているであろう顔を誰にも見せられないと、花琳は俯きながら心を落ち着かせるために深呼吸する。
(園遊会が始まる前からこんな調子でどうするのよ花琳。私は兄さまの代わり。今は余暉として、この秋王として、立派に務めを果たさねばならないでしょ)
このあとに行われる園遊会もきっとそれぞれの腹の探り合いと化かし合いの応酬だろう。
毎回そうだからわかるとはいえ、気が重くとも自分以外にできる者はいない。
いや、成り代わろうとしている人物は多いが、だからこそ今の秋波国を維持するためには花琳が頑張らねばいけなかった。
(無事に終わればいいけど)
弱気な心を周りに悟られないようにギュッと自分の腕を
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