第11話 確認
「ちゃんと寝ているか?」
「しつこい。ちゃんと寝てるから毎日聞かないで」
「そう言うのならまず俺を信用させてみろ」
先日のあの膝枕で寝てから、花琳は峰葵に顔を合わせるたびに寝てるかどうかの確認をされていた。さすがに毎回会うたびに聞かれて花琳はだいぶうんざりしていたが、峰葵に抗議してもこの有り様なので、もう半ば諦めている。
「そういえば、徴兵の件はある程度形になったから、そのうちお触れを出すぞ」
「え、随分と早くない?」
「急務、となっていたからな」
「ありがとう。……それで少しはマシになればいいけど」
「そうだな。一応貧民を救えるし戦力増強にはなるから一石二鳥の考えではあるからな。花琳にしてはよい思いつきだと思うぞ」
「私にしては、ってどういう意味よ」
以前の孤児達を見て、彼らに居場所を与えようと知恵を出して思いついたのが徴兵することだった。彼らを兵として国が集めることで居場所を確保し、さらに給金を与えることで自立を促し、さらに戦力も補強できるという策である。
本当は全部自分で最初から最後までやり遂げたいと思っていたのだが、この件は先日大量に仕事を奪われた内の一つだった。
「あれから仕事をちゃんと振っているか?」
「えぇ、おかげさまで。誰かさんが見張りがてら私の私室にしょっちゅう顔出しするし」
「そうでもしないとすぐに仕事を溜め込むからな」
「悪かったわね。でも仲考に直々に仕事割り振ったおかげで峰葵も仕事しやすいんじゃない?」
「あぁ、それに関しては明龍がありがたがっていたぞ。監視がし易くなったと」
「それは重畳ね。あっちも私の見張りをいくつもつけてるんだし、いい気味だわ」
明龍曰く、花琳の牽制が効いているようで今まで暗躍してたことがなりを潜めているらしい。以前であればほとんど姿を見せなかった城内にいることが多く、見張りもし易いようだ。
「だが、あまり調子づくんじゃないぞ。いつ寝首をかかれるかわからないからな」
「わかってるわよ。この十年、一度だって気を抜いたことはないわ」
「どうだか」
「何よ、喧嘩なら買うけど」
「そういうところだ。お前は短気なのだから、そういうところは直せ」
「はいはい。わかってますよー」
書簡に判をつきながら適当に相槌を打つ。峰葵は一度説教を始めると長くなるのだ。
見た目は誰もがうっとりするほどの眉目秀麗だというのに、こういうグチグチした性格はよくないと常々思う花琳だった。
「ちゃんと話を聞け」
「うぶっ、何するのよっ」
峰葵が両頬を押さえて押し潰す。そして無理矢理峰葵のほうに向かされた。
「ぶふっ、変な顔だな」
「……誰のせいだと思ってるのよ! 不敬罪でしょっぴくわよ!!」
「はは、やれるならやってみろ。それで、話の続きだが」
「ちょっと、このまま話す気!?」
顔を固定したまま話し始める峰葵。いくら幼馴染相手だからといって、一応は国王だというのに遠慮というものがなさすぎではないか。
「明日は秋の園遊会があることを忘れるなよ」
「わかってます〜。一年のうちの一番の行事なのだから、さすがにちゃんと覚えてます〜」
「ならいいんですが。……着替えのためにも早く起きてもらいますから、今日はなるべく早く寝てください」
「委細承知ゆえ、心配は無用だ」
お互い仕事モードに切り替えると峰葵がやっと手を離し、花琳は解放される。「では、私はこれで」と先程までの軽口が嘘かのように凛々しく涼やかな表情に戻るとそのまま踵を返して行ってしまった。
そして花琳はそんな峰葵の後ろ姿を見つめながら小さく「ふぅ」と息をつく。峰葵と戯れたことでちょっとした息抜きになった気がするが、それを知られたらまた調子に乗りそうで悔しいので、彼には黙っておくことにした。
「相変わらず仲良しですねぇ」
「っひぃ! びっくりしたぁ……。良蘭っていっつも峰葵が来ると気配消して、いなくなると戻ってくるわよね」
「だって、お邪魔したら悪いですし?」
「別に邪魔も何もないでしょ。幼馴染なんだし、みんなこんなものでしょ? というか、変なところで気を遣わないでよ」
「私は遠くから仲睦まじく過ごされているお二人を眺めるのが趣味なので、お気になさらず」
「そう……」
何やら含みのある言い方だが、下手につついて余計なことを言われても嫌なので、花琳はあえて放っておくことにする。
「それで先程のお話にあった園遊会の件ですが、こちらが顔ぶれの一覧と料理の内容です」
「ありがとう。以前もらった資料とあまり変わらないかしら」
「そうですね。人数の多少増減はありますが、ほぼほぼ変わらないかと。あといくつか料理の内容が変わってますね。ちまきやまんじゅうの差し替えが少々」
書簡に書かれた文字を追っていくと確かにいくつか以前と変更になっている箇所を見つける。
欠席者の理由や代理人の肩書きなどを眺めたあと、料理の品書きに目を通すと、自分の好物がいくつか増えていることに花琳は口元を緩ませた。
「本当だ。やった、私このちまき好きなのよね〜」
「食べ過ぎて動けないなんてことにはならないでくださいね」
「わかってるわよ。今までだってそんなことしたことないでしょ」
「ふふ、冗談ですよ。あぁ、あと明日の衣装合わせもしますから、その押印がひと段落したら声かけしてください」
「はーい」
頭の中で押印を終えたら衣装合わせ、と今日やらねばならないことの項目を増やす。そのあとには鍛錬と会議と視察と座学……と考えながら移動時間や距離などを考慮しつつ、いくつか同時にやらないと終わらなさそうだと小さく溜め息をついた。
「もう一人自分が欲しい……」
そんな術があるのならば会得したい、などと空想しながら、花琳は時間をなるべく短縮するために押印を急ぐのだった。
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