第10話 膝枕
「ふん。これでだいぶスッキリしたな」
結局、文机に乗っていたはずの大量の書簡が峰葵の隣に積まれる。代わりに花琳の取り分である書簡は微々たる量しかなくなってしまった。
「え、ちょっと峰葵。さすがにこれは私の分が少なすぎではない?」
「何を言う、これで十分だ。それにどうせあとから仕事は増えるしな」
「そうかもしれないけど、それにしたって……っ」
さすがにこの量を人任せにするのは秋王としての面目が立たないと花琳は困惑する。
だが、それを察したように峰葵は花琳が言い終わる前に言葉を被せてきた。
「いいか? 国民を思って国家運営に精力的なのはよいことだが、花琳が倒れて困るのは国民だぞ?」
「それは……、だけど……」
暇だとついよくないことを考えてしまう。だから、仕事をしていれば自分は必要な存在なのだと思えた。それゆえに無理をしてでも常に全力で頑張ってきたのだが、こうして峰葵に頑張るなと言われてしまうと今後どうしたらいいのかわからなくて困惑する。
「仕事を増やす立場で言うのもなんだが、何でも自分で抱え込むのは花琳の悪いクセだぞ。もっと頼れる人を増やせ。俺や良蘭、明龍だけでなく、仕事を振ることを覚えろ。いいな?」
「だけど、そんなすぐにはできないわよ……」
「では、練習だ。まずは手を抜くことを覚えろ」
「それ、宰相が言う?」
普通、宰相は王に仕事をしろとせっつくイメージだったが、まさか手を抜けとは言われるとは思わなくてびっくりする。
そもそも剣術体術、戦術や帝王学に公務などを常にやれと言ってきたのは誰でもない峰葵だ。それなのに今更そんなことを言うなんて、と思わず抗議をしたら、「俺の場合は適量を差している。そもそも適量を割り振っているのに、さらに自分で量を増やしてて持て余しているくせに何を言う」と正論を言われ、花琳は撃沈した。
「でも、手を抜くってどうやって」
「全部に全力を出す必要はないという話だ。書類整理だって、市井調査だって自分でやらずとも誰かに任せればいい。人が足りぬなら新たに雇えばよし、雇用は生まれるし、仕事も割り振れるしでお互いにとっていいことだろう?」
「それは、そうだけど」
「そもそも朝議で雇用を増やすと言ったのは誰だ? 自分で手本を見せずに誰が従う」
「うっ」
「もっと大局的に物事を判断しろ。自分で抱え込んでいては味方も増えず、ただ自分の首を絞めて自滅するだけだ。であれば、仕事を割り振り、多くの有能な味方をつけたほうが有意義ではないか? 王は王なりのやり方がある。違うか?」
「王は王なりのやり方……」
いつも我武者羅にやってきたが、確かに今までは王としてやらなければ、国のためにやらなければと勝手に自分で敷居を高くして視野が狭くなり、頭が凝り固まっていた気がする。
「そういう点では仲考のほうが
「……わかった」
まさか仲考を引き合いに出されるとは思わなかったが、確かに人に仕事を割り振る部分では見習わなければならないだろう。上層部をまとめ上げているのも彼だし、国家運営に悪い分は多分にあれど、学ぶべきところは学ぶに越したことはない。
「王は常に学んでこそだ。たくさんのものを吸収し理解し、昇華したものを示すことができるのがよい王になる秘訣だと余暉もよく言っていたぞ」
「兄さまが?」
「あぁ。というわけで、寝ろ」
一瞬何を言われたのかわからなくて思考が停止する。ポカンとした表情のまま、峰葵の言葉を脳内で何度も反芻してからやっと理解することができた。
「はい? えっと、その話の流れから唐突すぎない?」
「そんな体調では遅かれ早かれ倒れる。だから俺がいるうちに寝ろ」
言われて何故かぽんぽんと峰葵が自分の膝を叩いている。意味がわからなくて再び呆けていると、「早く転がれ」とせっつかれた。
「あのぅ……。転がれ、ってどこに?」
「見てわからないのか?」
見てわからないのか? と言われてわかれというほうが無理である。
(というか、本音としてはわかりたくない)
どう見ても、峰葵が花琳に膝を差し出しているが、わかりたくなくて彼女はあえて戯言と捉えることにした。
「冗談よね?」
「あいにくだが、冗談をかましている余裕はない。いいからさっさと転がれ」
「うわっ、ちょっと!?」
強引に肩を引かれて無理矢理峰葵の膝に転がされる。峰葵の膝枕なんて初めてで、彼の身体の上で寝てると思うと心臓が爆発しそうなくらい鼓動が早鐘を打った。
「……硬い」
「寝心地に関しては知らん。いいから寝ろ」
「横暴すぎる……」
不平を言うも、峰葵はそれ以上だんまりだった。そもそも緊張し過ぎて寝れないのはどうしればいいのか、とチラッと下から峰葵を見ると真剣な表情で書類を眺めている姿がカッコよく密かにときめいて、さらに鼓動が早くなった気がする。
(眠れない……)
ドッドッドッドッ
心臓の音が煩い。このままでは峰葵にこの心臓の高鳴りに気づかれてしまうのではないかと内心焦る。
そもそも、想い人である峰葵の感触を味わいながら体温を間近に感じつつ寝ろというほうが無理である。
(これを女官達に見られたら、きっと暴動が起きるに違いない)
そんなしょうもないことを目を瞑りながらうだうだと考えていると、不意に視界が暗くなる。どうやら峰葵に顔を覗き込まれているらしい。
恐らく目を開けたら最後、美丈夫の彼の顔を間近で見るハメになり、羞恥心でおかしくなりそうなので花琳はあえてギュッと目を固く閉じた。
「まだ起きてるだろ」
「……だって、そんなすぐに寝れるわけ……」
「よく言う。昔はすぐにどこでだって寝てただろう。誰がいつも寝台にまで連れて行ってたと思っているんだ」
「そ、それは、ずっと前の話でしょ! 私も、そのときは……まだ小さかったし」
「とにかく、ちゃんと時間になったら起こすから、今はもう寝ろ」
花琳が黙っていると、峰葵は「はぁ」と一際大きな溜め息をつく。そのあと「強情なヤツめ」と溢し、片手で持っていた書簡を置いた。そして、そっと花琳の頭を撫でたあと、彼女の目元を隠すように大きな手で覆って視界を真っ暗にする。
それから、もう片方の手で、まるで赤子をあやすかのように花琳の身体をテンポよく優しく叩き、彼女に入眠を促した。
「ちょっと、峰葵! 子ども扱いしないで!」
「まだ子どもだろう?」
「子どもじゃないわ! もう十八になったもの」
「はいはい、そうだな。おやすみ、花琳」
適当にいなされて腹が立つも、峰葵の手で顔を覆われているため身動きが取れずにされるがまま。
そして、ずっと横になっていると先程まで眠くなかったはずなのに、目元を覆われて暗くなったせいか、はたまた寝不足のせいで睡魔がやってきたせいか、だんだんと思考が薄れていく。
「おやすみ、いい夢を」
今の言葉は現実か夢か。
いつのまにか花琳は峰葵の膝の上で静かにすやすやと眠りについていたのだった。
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