第13話 秋の園遊会
「今日は遠路遥々よく集まってくれた。今宵は普段の労いも兼ねての宴である。存分に楽しんでくれ!」
花琳の掛け声に合わせて秋の園遊会が始まった。
まずは余興として演舞などが行われる。
元々この余興は来賓を楽しませるために王が各地の著名な人物を起用する催しだったが、時代が移り変わるにつれ、各地方官達が自分の土地に優れた人材がいることの誇示として己れが招集した人材の演舞などを発表する場となっていった。
内容は曲芸だったり舞曲だったりと各地方官達が誇るだけあって、どれもこれも目を引くものばかり。
最近、公務続きで娯楽を楽しむ余裕がなかった花琳にとって、このような演目の数々は久々に何も考えずに楽しめるものだった。
(今のところ順調にことは進んでるわね)
無事に開催できたことや誰にも怪しまれずに済んでいることにホッとしつつ、演目終わりに挨拶に来る省官や地方官の応対をする。
こちらの様子を探るように愛想笑いを浮かべながら当たり障りのない話をする彼らに、「もっと信頼される王になるべきか、はたまた己れの手腕で皆を引っ張っていくような王になるべきか」などと頭の端で考えながら、適当に相槌を打つ花琳。
本来園遊会は大規模な情報交換会なはずだが、結局それぞれの派閥が牽制し合っているせいで花琳が秋王になってからというもの、まともに機能していなかった。
峰葵も最善は尽くしているが、そもそも仲考が先に根回しをしているせいで花琳に届くべきはずの各地の情勢や他国の動向などの情報があまり入ってこず、本音の見えない上辺のみの付き合いになってしまってる状態だ。
なんとか是正せねばと思うも、すぐにどうこうできる問題でもなく悶々としていた。
(きっと兄さまだったらこういう問題もすぐさま解決できたのよね)
花琳は亡き兄の余暉の采配を思い出す。
病弱ではあったものの頭はとても切れる人で人選もよく、各人の本質を理解していたため適材適所の配置をすることができ、効率的な国家運営をすることができていた。
花琳にはとても優しい兄であったが、王としての顔のときは時として無常な切り捨ても平気で行う辛辣さも持ち合わせていて、非情な部分もあった。
だが、そのぶん国の最善を思っての選択をすることが多かったため、多少の犠牲を出しつつも大きな成果を得ることができたのだ。
花琳がこうして成り代わっているというのに多少の不満で済んでいるのは余暉の功績が大きく、彼の元々の評判のおかげである。
(今年で秋王として十年経ったのだし、もっともっと頑張らないと)
他国からの侵攻を牽制しつつ、自国の運営というのは思ったよりも骨が折れる。
他国は他国で力をつけてきているし、噂によれば春匂国と冬宵国は同盟を結ぼうとしているとも聞いていた。さらに夏風国では新たな武器の開発で戦力増強をしたらしい。
そんな中、この秋波国は離島との同盟を結んでいるのみでいざというときの助力としてはだいぶ弱く、できればどこかしらと手を組みたいところではある。
だが、現状仲考が国政を引っ掻き回している以上、他国との同盟など夢のまた夢。自国の管理さえできない王が他国と手を結ぶことなどできるはずもなかった。
(まずは自国をまとめ上げる。目標は手堅いところから着実に)
けれどそのぶんやりがいもあると、自分を鼓舞する。病床の余暉ができたのに、彼の健康を吸い尽くしたかのような元気な花琳ができないはずがないはずだと、自分に言い聞かせた。
そうでなければ、なんのために自分が生まれたのだと改めて思う。
峰葵には否定されたが、事実花琳は余暉の身体が弱いがために作られた存在なのだからそこはきちんと弁えているつもりだ。
(そもそも峰葵や仲考にだって負けてはいられないしね。もっともっと頑張って秋王としての実力を認めてもらわないと。それが私の役目であり、生きている意味なのよ)
それに、このまま仲考たちに侮られるのは癪に障る、と持ち前の負けず嫌いが顔を出す。
使命を持って生まれたからにはその使命を全うせねば、という花琳には強い心持ちがあった。
「陛下。演目は以上になります」
官吏に耳打ちされて、ハッと我に返って思考を止める。
つい思案するのに没頭しすぎてせっかくの演目も見損ねてしまった。せっかくこの機会に優秀な人物を何かしらに登用しようと思っていたはずなのにしくじったと心の中で頭を抱える。
(って、後悔してる場合じゃない)
花琳は動揺を見せずにゆっくりと立ち上がる。
こういうときこそ貫禄が必要なのだと焦ってる様子など微塵も見せずに、足元に気をつけながら大きく手を広げてみせた。
「そうか。皆、ご苦労であった! どの者も余の目を楽しませてくれた。それぞれに褒美を持たそう。峰葵、用意を」
「はっ」
峰葵に指示を出すと事前に打ち合わせをしていた通りに褒美を出してくる。
中身は食材や金子などである。それを褒美として振る舞うと、演者達はそれぞれ恭しく頭を下げた。
(ふぅ。これであとは食事だけね)
予定通りにことが進んでいることを脳内で確認し、ゆっくりと腰を下ろす。
この演目のあとは食事会だ。それが終わればいよいよこの会も終わる。
「陛下」
声をかけられ、顔を上げると峰葵が何やら心配そうにこちらを見ていた。
峰葵は花琳に用事があるようなフリをして近くまでやってくると、そっと彼女の眉間に触れる。そこで花琳は、自分が無意識に険しい顔をしていたことに気づいて慌てて澄ました表情をして取り繕った。
どうやら考えていたことがそのまま顔に出ていたらしい。
「しっかりしろ」
「悪かった。気をつける」
(ここは伏魔殿。いつだって気が抜けない場所)
さっきそう自分で自分に言い聞かせていたはずなのに、つい隙を見せてしまったと反省する。そして、配膳が終わるとまずは毒見役が先に食事に手をつけた。
「問題ありません」
その言葉にホッとする。
毎回花琳にとってこの毒見が苦痛であった。
自分のために命が散る様を間近で見るのは、何度だって慣れるものではなかったからだ。
「では、我が秋波国の安寧と栄華を祈って、乾杯!」
盃に口をつける。
カッと喉を焼くような強い酒の味に眉を顰めそうになりながらも、表情を変えることなく食事に箸をつけていく。どれもこれも美味で美味しかった。
(うん。やっぱりこのちまきは美味しい。さて、これが終われば、次は……。……っ!?)
「がはっ! ……げほごほっ! ぐ、っ……ぅく、……ぁ、あ……かはっ……あぐ」
「陛下!?」
突然大量の鮮血を吐き、のたうち回る花琳。げぇげぇと嘔吐と吐血を繰り返しながら、身体をビクビクと震わせている。その尋常じゃない量に辺りは騒然となった。
峰葵はすぐさま駆けつけると、自分以外誰も近づかせないように牽制する。
そして、料理を用意した者や毒見役の捕縛を官吏に命じると、花琳の身体を抱き上げて彼女の私室へと駆け出した。
「死ぬな。死ぬなよ、花琳。絶対に死ぬな。お願いだから死なないでくれ……っ」
花琳は峰葵の痛切な声を聞きながら、そのまま意識を失うのだった。
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