第7話 朝議
朝議はいつにも増してピリついていた。
今日もまた、上層部が己の私腹を肥やすためにあれやこれやと言い訳をして、このまま花琳の治政では国が傾くだの国民が内乱を起こすだのと自分達のことは棚に上げて大騒ぎ。毎度毎度よくも飽きないな、という言い訳と責任転嫁の数々に花琳はうんざりした。
とはいえ、ここは折れるわけにはいかない。このまま見て見ぬフリをして上層部をのさばらせていては、取り返しのつかないことになりかねないからだ。
そのため多勢に無勢の花琳は年配の男達に囲まれながらも、毅然とした態度で黙しつつ、とりあえず彼らの好き勝手な言い分を一頻り聞くのだった。
「陛下、取捨選択をすべきです。軍備に金をかけて、さらに雇用を増やそうなどというのは無茶です!」
調子づいた上層部の一人、陳が花琳にそう言い切る。彼は仲考の腰巾着の一人で、どうやら明龍の調べによると密入国に一枚噛んでいるらしい。そのためか花琳が言った正規雇用を増やすという案を難癖つけ続けていた。
(その言い分で私が納得すると思っているのかしら)
花琳は内心溜め息をつく。若輩者の女だということで侮っているのだろう。陳の「言ってやった!」とでも言うようなその満足気な表情を横目で見つつ、花琳はあえてゆっくりと口を開いた。
「取捨選択ならしている。無駄なものは排除し、削れるところから削ろうと言うのだ。だから違法賭博は一斉排除し、違法賭博をした者は捕縛のち、処刑。金品も全て回収。密入国や密輸入に関してもだ。害になる部分は徹底的に切り捨てろと言っているのだ。それの何がおかしい?」
「なっ! 陛下のは理想論です。実際にそんなことをしたら暴動が起きます……っ」
「なぜ? 娯楽なら別で用意している。あくまで我が指摘しているのは違法賭博だ。それに密入国も密輸入も一部の者が私腹を肥やすだけで国にとっては不利益をもたらすためにいずれも禁じられているものだ。それの何が不満だ? うん? そなたは我に国の掟を破れと言うのか?」
「それは……ですが、締め上げすぎると……っ」
正論で返すと怖じ気づく陳。彼は最近仲考に重用されたばかりなので知らなかったようだが、まだ十八の花琳がここまで率直にものを言うとは思わなかったらしい。言い返されて途端に視線が泳ぎ始める。
「締め上げすぎると何だと言うのだ? 我や民に害をなそうとするものが出てくると? それを排除するのがお前達の仕事であろう。まさか放棄するつもりか」
「いえ、そういうわけでは……っ」
男はチラチラと仲考に視線を送る。だが、仲考はその視線に気づいてはいるものの反応することなく黙ったままだ。恐らく下手にこれ以上反論したところで花琳に切り捨てられることがわかっているからだろう。花琳は非常に弁が立ち、頭の回転も早いために上層部の思考の凝り固まった年寄り達には太刀打ちができない状態だった。
「とにかく、まずは守りを磐石にし、他国からの侵攻を防ぐことが大事だ。遠征部隊からの報告でも、どこの国も新たな武器の投入や人員の増強などが認められるそうだからな。もし三国が一斉に我が秋波国に攻めこんでみよ、一気に瓦解することになる。それを防ぐためにもまずは防備が必要なのだ」
「それは、確かに、そうですが……」
気圧されて言い負かされた陳に鋭い視線を向ける仲考。向けられた陳は「ひぃ」と震え上がり縮こまり、それ以上身動きが取れなくなってしまった。
「差し出がましいようですが、陛下」
「何だ、仲考」
「最終目標は防備を磐石にするということはわかりました。ですが、なにぶんすぐに取りかかろうにも人手も時間もかかります。先の討論で陛下も現状冷静な判断ができかねるようですし、ひとまずは日程を組むところから……」
はたから見たら無難な提案だった。「すぐには決められないから、また別の日程を設けて詳しく話し合いましょう」という折衷案。けれど、花琳はその提案が時間稼ぎだと言うことは分かりきっていたためすぐさま一蹴した。
「はっ、日程を組むためにわざわざ別で会議を行うというのか? 馬鹿馬鹿しい。我は忙しいと言っている。そんな日程を組むために何度も何度も無駄に会議をして手間や時間をかける必要がどこにある?」
「ですが、この件だけでなくとも地方とも連携を取らねばなりませぬ。ここで勝手に決めたところで反発が起きるのは必至です」
落ち着きはらった声で言う仲考。さすが場慣れしているだけあって、自分が傍目から見てどのように映るか理解していた。この状況はどう見ても、この構図は暴走する王とそれを諌める有能な太師と言ったところだろう。
仲考は花琳を言い負かしてやったと勝ち誇りつつも表には出さずに、澄ました顔をして見せる。花琳はその表情をジッと見つめたあと、仲考ににっこりと微笑んでみせた。
「確かに、それもそうだな。であれば、仲考。貴様が主導し、各地方含めての日程調整などの算段をつけろ。あぁ、別の者に頼むでないぞ、貴様がやるのだ」
花琳が言い放つと、大きく騒つく室内。仲考の取り巻き達は皆一様に顔を青くさせておろおろと仲考の顔色を伺うように視線を動かしたあと、一斉に花琳に抗議する。
「陛下!? それはいくらなんでも無茶すぎます」
「仲考殿は我々の指針役であり、誰よりもお忙しいと……!」
まさに四面楚歌。男達の声は大きく、本来十八の小娘であれば萎縮していただろう。だが、十年以上このように年輩の男達からの悪意に晒され続けてきた花琳はそんなもの屁でもなかった。
そしてゆっくりと男達を一瞥すると、わざと大きな音を立てて持っていた扇を開き、口元にやる。その花琳の仕草に、場は一気に静まり返った。
「……ほう、誰よりも忙しい、か。ならば週に一度領地を出てあちらこちらと出向いている回数を減らせばよいのではないか? 経費も浮くし、時間もできると思うが?」
花琳の言葉にまたしても騒つく上層部達。なぜそれを知っているのだ、というような視線でこちらを見る彼らに花琳は表情は変えずに澄まし顔をして見せる。傍らにいる峰葵は先程から複雑な表情をしているが、もうこれ以上我慢ならなかった。
というのも上層部達が密かに結託し、花琳を貶めようと策略を練っていることなど筒抜けだと、先んじて釘を刺したのだ。よくよく気をつけて行動し、何よりもこのことに注意を払っていた彼らにはこの指摘は衝撃的だったようだった。
「……承知しました」
表情には出さぬとも、まさか花琳が承知していたことに衝撃を受けつつも内心仲考はハラワタが煮えくり返っていることだろう。まさか花琳を監視して同行を探っていたつもりが、自分も見張られていたとはとんと気づかなかったようだ。
「では、これにて朝議は終いだ。また何かあれば追って連絡する」
未だ騒めく上層部の連中に、「これ以上続けるつもりはない」と扇を閉じてバシンと思いきり机を叩いて男達を黙らせると、花琳は羽織りをバサリと翻して部屋を出る。悪意や害意を背にヒシヒシと感じ、慣れたものとはいえ花琳に心理的負荷がかかっていることは間違いなかったが、彼女はあえて気づかないフリをして自室へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます