幕間 仲考の乱心

 ガシャーーーーン!

 ガチャガチャ、ガチャーーーーン!!


 次々とけたたましく何かが割れた音が部屋中に響く。だが、それを指摘する者は誰もいなかった。言えば最期、文字通り首が飛ぶ可能性があるからだ。


「あんの小娘が……!!! 調子づきよって……!! クソがっ! クソがっ!!」


 机の上にあったもの全てを薙ぎ倒し、仲考は苛立ちを隠さずに手当たり次第に壁に物を投げ、蹴り飛ばし、踏みつけながら暴れ回り、部屋中のありとあらゆるものを破壊しつくすと「はぁはぁ」と肩で息をしながら立ちつくした。

 先程から怒りのままにぶちまけたものは数知れず。自分で後片付けすることがないからか、憤るたびに部屋中を散らかし、その汚しようは凄まじかった。

 このときばかりは腰巾着である上層部や官吏達も仲考のところには近寄らず、女官や従者達もまた部屋の隅で彼の視線に入らないよう震えている。なぜなら、かつて視界に入ったがばかりに八つ当たりで殺された女官や従者がいたからだ。


「よくも儂に小間使いなどさせよって! 殺してやる殺してやる殺してやる……!!」


 仲考は懐刀を取り出すと、今度は目につくもの全てを切り刻む。その姿はまるで癇癪を起こした子どものようだった。思い通りにならない歯痒さ。憤り。それを怒りに変えて破壊の限りを尽くす。それほどまでに仲考は朝議での花琳とのやりとりに腹を立てていた。


「あの糞さえいなければ、今頃儂がこの国を治め、あわよくば天下を手にしていたというのに……っ! ぐぬぬぬ、林峰めぇ……!!!」


 本来であれば自分が秋王になれたかもしれないのに、とギリギリと歯噛みする。それもこれも当時の宰相である林峰が花琳を国王へと推したせいだと握る拳に力が入った。

 毎日昼夜、前王である余暉が死ぬようにと祈り、やっと願いが通じて余暉が死に、いよいよ自分の天下かと仲考が喜んでいたのも束の間、まさか妹である花琳を林峰が秋王に推し立てるなどとはさすがの彼も予想外だった。

 今まで自分が秋王になるために散々上層部の者達に便宜をはかり根回しをしてきたというのに、林峰が花琳を秋王だと推した途端にみんな手の平を返して花琳推奨派になってしまった。仲考が女が国王になるなど前例がないことやまだ年端も行かぬ子どもだと説得しても、秋王の直系がいるのだからそれに継がせるのが道理だろうと言われてしまうとそれ以上何も言えず、引き下がらざるを得なかった。

 それならば、と秋王になった花琳を己れの話術で意のままに操ろうとしたが、彼女は彼女で非常に頑固で弁が立つ娘で、まだ幼いというのに確固とした信念があり、仲考の企みには全く乗ってこず、むしろ敬遠されるようになってしまった。

 であれば最終手段として国民に現秋王が偽りの王であり、さらに女だとバラそうとも考えた。だが、バラしたら最期、情報漏洩で処罰される可能性や他国に攻められてこの国ごとなくなってしまうかもしれないことに気づいて、諦めざるを得なかった。

 智略には長けているという自負する仲考だが、先んじて手を打っていた林峰に敵わず、結果今まで動くに動けなかった。いや、根回しをしようとも代々宰相を担っていた彼の権力には勝てなかったのだ。


(あと少しで天下が取れるというのに……!!)


 何もできぬまま時は過ぎ、一昨年、とうとう目の上のたんこぶであった林峰が峰葵に代替わりしたときは、待っていたとばかりに仲考は歓喜した。やっと自分の時代がやってくる、そう確信した仲考だったが、そう簡単にはことは進まなかった。

 なぜなら、まだ年若いはずの峰葵は林峰並みに手腕があり、秋王達からの覚えもよく、さらに見目がよいと女官や民からも慕われ、太刀打ちできなかったからだ。


(あぁ、どいつもこいつも憎い、憎い、憎い……!!!)


 上層部の奴らは口だけで役立たずの能無しばかりで、仲考の言葉にはいはいと従うもののいざというときは日和見で信用ならない。そのためいくら味方につけようとも、分が悪くなると寝返る可能性があった。

 林峰がいないぶん以前に比べて峰葵の統制力は落ちているが、それでもやはり歴代宰相を勤めていた家系だけあって一筋縄ではいかない。花琳が峰葵側についているのもことが上手く進まない要因であった。


(とはいえ、こちらにも考えがある)


 今まで練りに練った計画。内容としては単純ではあるが、首尾よく進めば今度こそ念願の秋王になれるかもしれない、と仲考はほくそ笑む。


(使える駒は数多くあったほうがいい。捨て駒は無能なくらいが使い勝手がよくてちょうどいいのだ)


 ニヤリ、と仲考は口元を歪める。暗躍し、根回しに人生を注いできた彼には駒となりうる人材にはことかかなかった。


「陳を呼べ。至急儂の執務室に来いと伝えろ!」

「はっ、はい! ただいま!!」


仲考が怒鳴りつけるように従者に言いつけると、部屋の片隅で縮こまっていた従者は慌ただしく出て行く。


(馬鹿と鋏は使いよう、と言うしな。秋の園遊会で目にものを見せてやる)


 仲考は己れの考えに笑みが溢れる。先程まで苛立っていたのが嘘のように、自分の計画の素晴らしさに惚れ惚れとしながら扇で己れを煽った。


(今に見ていろよ、小娘。儂が必ずや天下を取ってやる。……どっちが格上か、見せてやろうじゃないか)

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