第6話 密着
(距離が近い……っ!)
ドキドキドキドキ
無理矢理布団に押し込まれ、峰葵も寝たふりをするために同じ布団に入っているせいで距離が近い。しかも花琳を隠そうとしているせいか、峰葵が彼女の背に腕を回して引き寄せるように力を入れているため、花琳は峰葵の胸板に顔を押しつけながら密着している状態だった。
いくら文官上がりの宰相とはいえ、峰葵も鍛えているのだろう。細身だと思っていたがどうやら着痩せする性質のようで、密着すると逞しい筋肉がついているのがわかる。
峰葵の匂いも呼吸するたび香る上に、体温や鼓動も直に感じられてクラクラし、花琳の心臓は荒ぶった。
(あーもー、私の心臓鎮まれ……!)
正直、この腕や身体に女官達は夜な夜な抱かれているのか、と思うとなんとも複雑な気持ちだ。だが、そんなことを思いながらも好いた相手とこうして密着するというのは嬉しくもやはり緊張するわけで。花琳は呼吸の仕方を忘れそうになりながら、必死に息を殺して訪問者にバレないよう峰葵にしがみついた。
「峰葵さま、夜分遅くに失礼します。少々よろしいでしょうか」
戸の外から伺うような秘書官の潜めた声に、身体を強張らせる。思っていたよりも声が近く、いつ見つかるかもしれない状況で、花琳はさらに緊張してごくりと生唾を飲みこんだ。こんなところ見られてしまったら色々な意味で一巻の終わりである。
「……なんだ、こんな夜更けに。急用か?」
「はい。先程遠征より諜報部隊が帰還したとのことで、そのご報告に」
「そうか、わかった。それで被害はあったのか?」
「特にありません。全員無事の帰還です」
「承知した。では、陛下には明日伝えておく。部隊の面々には労いともてなしを忘れずに」
「はっ」
「明朝には報告書を確認するゆえ、各自休む前に報告書だけは先にまとめておくよう伝えておいてくれ」
「承知しました。その旨伝えておきます。では、失礼します」
それだけ言うと、秘書官は足早に去っていった。花琳は安堵と共に「ふぅ」と小さく息をつくとドッと汗が噴き出してくる。遠ざかったのを見計らって峰葵が掛け布団を剥ぐと、花琳は這いつくばりながら寝具を出る。冷たい外気を浴びると、開放感で満たされた。
「大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃない。はぁ、暑かった」
羞恥で染まる頬を暑さのせいにして誤魔化す。未だに心臓は早鐘を打っているが、気づかないふりをしていつも通りに峰葵に悪態をついた。
「それは悪かったな。俺は体温が高いものでな」
「本当よ。暑いだけじゃなくて、布団に押し込められて苦しくて死ぬかと思ったし……」
「それは困る。お前は国だからな。花琳が死んだら国も死ぬ」
「……わかってるわよ。ちょっと冗談で言っただけでしょ」
(毎度毎度そんなことばかり。ちょっとは違う心配してよ)
自分がこの国で最も死んではいけない人間だというのは理解している。花琳も歴代の秋王の意思を次世代に繋ぐまでは絶対に死ねないし、王の座から下されるわけにはいかないと思っていた。
だが、このときばかりはもっと花琳自身の心配をしてほしいというのも本心で。口には出さないものの、恋心があるゆえに内心ながらも不満が顔を出す。
「とりあえず、先程の話は聞こえていたと思うが、朝議で先程の遠征の件などの報告を受けるだろうからそのつもりで」
「わかった。今日仕入れた情報のことも小出しにしながらやり合うつもりだから、とりあえず帰ってからどう朝議で話を持っていくか考えておくわ」
「あぁ、そうしてもらえると助かる。だが、くれぐれも仲考を刺激し過ぎないように。あくまで釘を刺すだけだぞ」
「わかってるってば」
「そうか、ならいい。……俺も何か手伝うか?」
「いいえ、大丈夫よ。とりあえず、もう帰るわ。言いたいことは言ったし」
「そうか」
花琳は立ち上がると峰葵の顔と腕に触れる。そして、峰葵の痣に軽く触れたあと、「今日はごめんね。じゃあまた明日」とだけ言うと花琳は彼に背を向けた。
「おやすみ、花琳」
「うん、おやすみ。峰葵」
背を向けたまま言葉を交わすと、花琳はそのまま静かに部屋を出ると足音を立てずに足早に自室へと戻っていく。彼女を見送ったあと、峰葵は自分の下半身を見つめて、「はぁ」と大きく溜め息をつくのだった。
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