第15話 好きな人と過ごす一日(?)②

 俺、九条晴也くじょうはるやは今日、好きな人である柊木瑞希ひいらぎみずきと、映画館に向かう途中で寄ったレストランで昼食を取ろうとしていた。


 しかし、幼馴染である桃井美羽ももいみはねと義妹である九条琉那くじょうるなの登場により、この場は修羅場と化してしまったのだった。


「じゃあさ、じゃんけんで決めるのはどう?」


「「「じゃん、けん……?」」」


「そう! ルールは簡単だし、すぐに決められて他のお客さんの迷惑にはならないから」


 じゃんけんで決めるのはどうかと提案したのは琉那だ。

 確かにじゃんけんなら、公平性を保つことができるため、悪くない提案だが……俺としては今日だけは勘弁して欲しかった。


「勝てばいいのだし、異論はないわ」


「私も〜」


「じゃあ、文句なしの一回勝負で、負けた方は勝った方の言うことをなんでも聞くってことで」


 勝負は一対一。

 俺たちからは柊木さん、琉那たちからは美羽が出るようだ。


「早速始めるよー! 最初はグー! じゃーんけーん!」


「「ポン!」」


 柊木さんが出したのはチョキ、美羽が出したのはグー。

 すなわち、美羽の勝利だ。


「やった〜! 琉那ちゃん、勝ったよ〜!」


「そんな……馬鹿な……」


 ジャンケンをするために立っていた柊木さんは、いつの間にか地面に両膝をつけていて、手をグーにしたまま呆然としている。


「柊木さん……」


「……あ、九条くん、ごめんなさい……負けちゃったわ……」


 今すぐにでも泣き出しそうな柊木さんを見て、喜んでいる美羽と琉那を横目に、柊木さんの耳元に俺は口を近づけた。


「謝るのは俺の方だよ。変なことに巻き込んじゃったし。だから、今度は誰にも邪魔されないところで遊ぼう」


「……うん! ありがとう、九条くん」


 柊木さんの誰が見ても可憐な笑顔は、とても可愛く美しかった。

 そして幸いなことに、俺と柊木さんのこそこそ話は二人には聞こえていなかったみたいだ。


「じゃあ、晴に柊木さん。私たちの言うことを聞いてもらうよ!」


「別にもう何でもいいわよ。で、何がお望みかしら」


 先程は今すぐにでも泣き出しそうだった柊木さんだったが、もう本調子に戻っている。

 まさかこんなにも単純だったとは……(単純でよかった)


「私たちのお願いはね〜、私たちを同行させて欲しいの!」


 美羽の言うことだから、そういうことだろうとは思っていた。

 大方俺と柊木さんの邪魔をするためだろうな。


「勝負は勝負だしな。いいよ」


「「やった!」」


 いえーい! と、笑顔でハイタッチをする美羽と琉那。

 いつもなら見ているだけで目の保養になる光景が、柊木さんのことを考えるとそうは思えなかった。


 ……あれ? あいつら、いつの間にか仲良くなってやがる!? (今気づいた)

 前まで敵対視し合っていたあの二人がなんで!?


「映画に行くんでしょ? ならすぐ行って、チケット取らなきゃ! 急いで昼ご飯食べてね。特にお義兄ちゃん」


「え? あ……」


 俺の目の前には、先程頼んだドリアとマルゲリータピザ、アラビアータが置かれてある。

 琉那たちの登場のせいで完全に忘れていた……



 頼んだ物全てを食べ終わり(猛スピードで食べたから吐きそう)、俺たち四人は映画館にある自動券売機の前で佇んでいた。


「私はもちろん晴の隣がいいな〜!」


「美羽ちゃん、抜け駆けは許さないよ! 私もお義兄ちゃんの隣がいい!」


「ちょっとあなたたち! 今日は私が元々約束していたのだから、隣は私に譲りなさい!」


 そう、映画を見るにあたって、問題が一つ生じる。それは、‴席順‴だ。

 映画を見る席順を決めるためだけに、話し合いで既に二十分は費やしている。

 この現状を打破するには、やはり……


「話し合いで決められないなら、やっぱりじゃんけんで決めるしかなくないか?」


「そうね。最初から話し合いなんてせずに、じゃんけんで決めればよかったわ」


 レストランで美羽に負けたのがよほど悔しかったのか、柊木さんはやる気に燃えている。

 指定したのは最後列の左側四席。


 俺はできれば柊木さんと二人で見ている幸福感に浸りたいため、一番端の席を取って、隣に柊木さんが来れば……完璧だ。


「じゃあ、さっきのルールとほとんど同じね。変わったのは、勝った人から自分が座る席を決められるってこと!」


「「「最初はグー! じゃーんけーんポン!」」」


 俺が出したのはチョキ、そして柊木さんと美羽、琉那の三人は全員パーを出し、俺の一人勝ちとなった。

 次の俺を抜いたじゃんけんは熱戦だったが、柊木さんの勝利で終わり、美羽と琉那は次の勝負をする気力がないほどに意気消沈していた。


 結局、席順は左から俺、柊木さん、琉那、美羽に決まった。


 それから俺たちは意気消沈した二人を連れて入館し、映画が始まるのを待っている(置いていこうか迷ったが、後々殺されそうだからやめておいた)。

 見るのは今話題となっている恋愛映画で、どれを見るか争うことなく、満場一致で決まった映画だ。



 映画の最中、美羽と琉那は集中して映画を見れていなかった気がする。

 見終わった今もずっと、意気消沈して暗い顔をしているし。


「おい、お前ら大丈夫か……?」


「いや〜、本当に面白かったよね〜! あははは」


「今までで一番面白い映画だったかも! あははは」


 うん、これは絶対大丈夫じゃないな。


 そして俺は、表面上では映画を楽しんだ一人として話しているが、実際のところ集中して映画を見ることはできなかった。

 映画を見ている間、隣に座っている柊木さんとの距離感が近すぎて、ずっと胸が高鳴っていたし、その奥に座っている二人が気になって仕方がなかったからだ。


「ほんと面白かったわ。ラストは衝撃的だったし、ヒロインだった女優さんの演技もすごかったし。ね? 九条くん」


「あ、ああ……そうだな」


 どうやら集中して映画を見れていたのは、柊木さんたった一人のようだ。


「初めて恋愛映画を見たのだけど、また違うのが出たら見に行きましょ!」


「お、おう」


 さりげない会話で、また映画を見に行く約束をしていた俺たちを見て、ずっと意気消沈していて俯いていた美羽と琉那は反射的にこちらを向いた。


「ちょっとちょっと! 私たちのこと忘れてない!?」


「晴〜? 私たちの前でそんな約束をするなんて、いい度胸してるね〜」


 美羽は笑顔でそう言っているが、目が笑っていない。

 すごく怖いから今すぐ帰りたいな! あははは。

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