第9話 幼馴染と過ごす一日 ②

 俺は今、幼馴染である桃井美羽ももいみはねと一緒に、改装して開店したばかりのショッピングモールに来ている。


 美羽は気に入った白色のシャツに、ベージュ色でチェック柄のテーラードジャケット、ジャケットの色に合わせた膝上丈スカートを購入した。

 そして、次に目星をつけた店に向かっている最中、思いもよらぬ事件は唐突に起きた。


「え……嘘、なんで……」


 俺と美羽が並んで歩いていると、前方から本当は今日一緒に遊ぶ予定だった人物が歩いてくるのが見えた。

 そう、その名前は――――


柊木ひいらぎさん……」


 俺がずっと前から好意を寄せている、柊木瑞希ひいらぎみずきその人だった。


 そして彼女は一人でいるのではなく、二人でいる。

 一緒にいるのは見知らぬ男で、背は俺と同じくらい。ナチュラルブラウンの髪にはパーマをかけていて、顔立ちはそこら辺の男子よりも整っている。

 言わばその男は、有名な某アイドルグループにいそうな美男子で、それはもう悔しいくらいにイケメンだった。


「え……九条くじょうくん、どうしてここに」


「ん? 誰、知り合い?」


「え、ええ」


 おいおい、このイケメンは一体誰なんだ?

 もしかして、柊木さんの彼氏、とか……?


 そもそも、告白してくる男子に対して冷酷な言葉を浴びせる冷酷姫の彼氏がいたなんて……


 日直の時に仲良く話せたのは、彼氏であるこのイケメンと何かいいことでもあったから、だろうか。だったら俺は盛大な勘違いをしていたことになる。


 俺に少しは気があると思ってたんだけどな……


「おい、そこのお前」


 柊木さんと話していたイケメンは、突然俺の方に向いて指を差してくる。


「瑞希とどんな関係なんだ?」


「ちょ、ちょっとみなと! 急に何言ってんの!?」


 お互い名前呼びなんて、もう確定じゃないか。


「何その反応。瑞希って学校では冷酷姫って呼ばれてるんだろ? てっきり男友達なんていないと思ってたんだけど」


「そ、それは……」


「ね〜ね〜! その人って〜柊木さんの彼氏?」


 今までずっと黙っていた美羽が突然口を開いた。


「…………」


 そして美羽に一緒にいる男の正体を聞かれて、動揺しているのか黙ってしまう柊木さん。

 それを見て、隣に立っていた凑と呼ばれた男は、一度後ろを見てから再びこちらを向いて答えた。


「そうだよ、初めまして。俺は瑞希の彼氏の凑って言います。よろしく」


「え……マジ?」


「そうなんだ〜!」


 凑の言葉を聞いて、小さく拳を握ってガッツポーズをする美羽。


 この野郎!

 俺は今にも胸が張り裂けそうだというのに!


「それより……」


 美羽に一緒にいる男の正体を聞かれてから、ずっと黙っていた柊木さんの口がようやく開いた。


「九条くんと桃井さんって、どんな関係なの?」


「え、私たち?」


 学校では俺と美羽が幼馴染であることは隠していて、ただの仲が良い奴らと周りには認識されているはずだ。

 その点では柊木さんも同じような認識をしているはずだが……


「私と晴もね〜、付き合ってるんだよ!」


「「…………は?」」


 あまりにも突然すぎる美羽の爆弾発言。

 その言葉によって、一瞬場の空気が凍った。


「な……お前何言って……」


「写真」


「写真……? あ」


 俺のスマホに保存されている一番最近の写真、それは、水色のオフショルダーに白色の短パンを着ながら、頬を赤く染めた美羽の写真だ。


 ああ、すごく可愛い。

 …………じゃなくて!!


 完全にやられたな。

 こんな時のために写真を撮るのを許可したのだろうか。


 恐らく義妹である琉那るなに使おうとしていたのだろうが、二度とこの手を使わせないために、後でこの写真は削除しておこう。

 そして削除された写真から、いつでも復元できるようにしておこう、と心に決めた。


「じゃあ、お互いデート中だし、また明日ね〜! 柊木さん」


「え、ええ……」


 それから俺と美羽は、柊木さんと別れ、午前中に目星をつけた本屋で小説を一冊購入した。

 そして、今は美羽を家まで送るため、美羽の家に向かっている。


「いや〜、まさかあの冷酷姫って呼ばれてる柊木さんに彼氏がいたなんてね〜。私びっくりしたよ」


「……そうだな」


「しかもその彼氏さん、すごくイケメンだったね! まあ、晴には適わないけど」


「……そうか」


「ねぇ、晴」


 いつものように、俺を励まそうとしてくれていたのか、元気に明るく接してくれていた美羽は、急に真剣そうな顔をして俺に呼びかけてきた。

 美羽の方を振り向くと、真剣な面持ちでこちらを見ているのが分かった。


「……なんだ?」


「柊木さんはもう彼氏いるみたいだし、諦めて私と付き合わない?」


「おい……冗談だよな?」


 俺の驚きの言葉を無視して、美羽は続けた。


「私はいつも晴しか見てないし、どんなに格好いい男子が告白してきても断る自信がある。だから……!」


「美羽……」


 美羽の気持ちはずっと前から知っていた。でも、知らないフリを続けてきた。

 俺の言葉次第で、これからの美羽との関係は変わってしまう。それが嫌だった。


 まだ美羽とは、幼馴染の関係でいたい。

 そんな思いは、俺のただのわがままだということはわかっている。

 でも…………


「ありがとうな、美羽。俺は――――」


 美羽の気持ちに答えようとした瞬間、美羽は俺を手で制した。


「晴、私はまだ答えを聞かないよ。YESの答えしか聞く気ないから」


「ああ、知ってるよ」


 美羽は好きな人に好きな人がいるからって、簡単に諦めたりはしない。好きな人からYESの答えを貰えるまでアピールし続ける。

 そんな美羽の性格を、幼馴染である俺は既に知っている。


 そして俺は好きな人に好きな人がいるからって、簡単に諦めたりはしない。美羽みたいにアピールし続けることは出来なくても、一途に想い続ける。

 そんな俺の性格を、幼馴染である美羽は既に知っている。


 だからこそ、‴まだ‴美羽とは幼馴染のままでいたいのだ。


「晴、今日はありがとう。すごく楽しかった。また明日ね」


「おう、こちらこそありがとうな。色々あったけど、すごく楽しかった」


「うん! じゃあね!」


 まだ美羽の家には着いていないが、美羽はここでもう大丈夫、と言って俺からどんどん遠ざかっていった。


 正直、柊木さんに彼氏がいると知った時は、絶望感でいっぱいだったが、美羽のおかげで少し気が楽になった。


「本当にありがとうな」


 俺からどんどん遠ざかっていく美羽の背中を見て、‴美羽が幼馴染で本当によかった‴と、心の底から感じた。

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