第35話

「晴人、今まで世話になった。感謝する」

 朝、起きるとユイが正座をして僕にお辞儀をしてきた。

「何? 急にどうしたの? ユイ?」

 ユイは僕から目をそらすと、呟くように言った。

「元居た世界から、帰ってくるように連絡があった」

「ええ!? 何で?」

 

 ユイは僕の方を見て言った。

「新しい魔王が現れたそうだ」

「え!? 御崎さんはどうなっちゃうの!?」

「知らん」

 僕はユイを見つめた。ユイの目は少し赤い。もしかしたら泣いていたのかも知れない。


「さくら達にも連絡をした」

「いつ帰るの?」

 そう言った瞬間、ユイの背中側に魔方陣が浮かび上がった。

「今、ということらしい」

 ユイは僕に自分が使っていたいたスマホを渡し、立ち上がった。


「それでは、また会えると良いな。晴人」

 そう言ったユイは魔方陣の中に消えていった。

「どうしよう……葉山さん達になんて説明したら良いんだ?」

 僕はユイのいなくなった部屋に立ち尽くしていた。

 ユイの着ていた服や、気に入っていた虎のマット、いつの間にかユイが買っていたぬいぐるみなんかをみていると、胸にぽかんと穴が空いた気持ちになった。


「あ、アルバイト先にも電話しないと……」

 社長の佐藤さんに電話をすると、佐藤さんは僕に言った。

「ユイちゃん、急に元いた国に帰ることになったんだって? 寂しいよ」

「あ、あの、すいません」

 僕は佐藤さんと話している内に涙が溢れてきた。

「まあ、ユイちゃんなら、どこでも楽しく生きていけそうだけどね」

 佐藤さんの台詞に、僕は切なさを覚えた。


「また、帰ってきたら連絡くださいね」

「はい」

 佐藤さんとの会話が終わると、ユイのスマホにいくつもメッセージが届いていることに気付いた。

「……ユイ、急すぎるよ」

 僕はユイの使っていたスマホの電源を切った。


 学校に行くと、葉山さんと田中君が僕に駆け寄ってきた。

「ユイちゃん、国に帰っちゃったって本当ですか!?」

「葉山さん……そうなんだ……」

「……こんなことなら……気持ちを伝えておけば良かった……」

 田中君が絞り出すように呟いた。その後ろで御崎さんが舌打ちをしている。

「御崎さん、どうしたの?」


「我も帰るぞ。ユイの居ない世界に居てもしかたないからな」

「え?」

 御崎さんはそれだけ言うと、校門に向かって走って行った。

「御崎さん!?」

 僕達は御崎さんの後を追いかけたけれど、校門を出たところで御崎さんは消えてしまっていた。


「御崎さん!!」

 僕が叫ぶと、葉山さんと田中くんも大きな声で御崎さんを呼んだ。

 けれど、返事はなかった。

「突然、ですね」

 葉山さんが呆然としている。

「御崎さん、どこいっちゃったんだろう?」

 田中君も訳が分からないという顔をしている。


「こら、学校に入れ! 遅刻するぞ!!」

 担任が僕達に声をかけた。

「あの、御崎さんとユイちゃんが……居なくなっちゃって……」

 担任は不思議そうな顔をした。

「御崎? ユイ? 誰のことだ? 先生をからかうんじゃない!!」

「そんな!?」

 ユイのスマホの電源を入れると、中身は空っぽだった。


「あ!? ユイちゃんの写真が無い!?」

 葉山さんの作ったSNSからユイの写真が消えている。

「ユイ……ちゃんって、どんな子だっけ?」

 田中君が呟いた。

「え? あ……あれ? ユイちゃん? 聞いたこと無いかも……」

 葉山さんの口から、信じられない言葉がこぼれた。


「皆、ユイのことも御崎さんのことも忘れちゃったの!?」

 僕が訊ねると、葉山さんも田中君も不思議そうな顔をして僕に聞き返した。

「ユイちゃんも御崎さんも、私、知らないよ?」

「俺も」

 僕は自分のスマホを見た。

 ユイとやりとりしたメッセージはいつのまにか消えていた。


「晴人君、具合悪いんじゃ無いかな? 早退した方が良いんじゃ無い?」

 葉山さんが僕のことを心配そうに見つめている。

「先生には俺から言っておくよ」

「……僕、帰るね」

 僕は葉山さんと田中君を残して家に帰った。

 

 家には、ユイの着ていた服と、ユイのお気に入りだった物達があった。

 でも、それは今、魔方陣の中に吸い込まれて消えていった。

「嘘だろ!? 記憶まで消されちゃうの!? そんなのってないよ!!」

 僕はユイと出会った路地に走って行った。

「……晴人、ずっと忘れない」

 一瞬、ユイの声が聞こえた気がした。


 ユイが倒れていた場所に立った瞬間、僕も魔方陣に包まれた。


***


「あれ? 僕、なにをしてたんだっけ?」

 ふと道路を見ると、足下に手紙が落ちていた。

「ありがとう……? なんか、下手な字だな……」

 僕はその手紙を見ている内に、なぜだか涙が溢れてきた。

「え? なんでこんな寂しい気持ちになってるんだ?」

 手紙を胸ポケットにしまって、僕は家に帰ることにした。


 家に着いた僕はなんとなくパソコンを立ち上げて、ひさしぶりにキングスクエスト・オンラインにログインした。

 そこには、勇者ユイの文字が表示されている。

「また会ったな! 晴人!」

「ユイ……え? なんで僕の名前を知ってるの?」

 ユイに問いかけても答えは無かった。


 僕はパソコンの電源を落とした。

 静かすぎる部屋で、僕は拾った手紙をじっと見つめた。

「この字、見覚えが有るのに思いだせないんだよな……」

 拾った手紙は捨てようかとおもったけれど、なんだか大事な物のような気がして、僕は部屋の壁にそれを貼り付けた。

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僕が学校帰りに拾ったのは天然で、大食いな可愛い女勇者でした 茜カナコ @akanekanako

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