第34話

「晴人、さつまいもって何だ?」

「え? よく食べてる、赤茶っぽい色の甘いお芋だよ。ユイ、好きじゃないか」

「そうか、あれか!」

 ユイはそう言うとポケットから折りたたんだ小さな紙を広げて僕に見せた。

「……さつまいも掘りに来ませんか……? どうしたの? このチラシ」

 ユイは嬉しそうに答えた。

「佐藤のところで貰った!」


「うん、わりと近所だし、今週末なら空いてるし……行っても良いよ」

 僕が了承すると、ユイはスマホを出して誰かに連絡した。

「さくらか? 今週末、サツマイモ掘りに行くが、一緒にどうだ!?」

 どうやら葉山さんを誘っているらしい。

「ユイちゃんからさそっていただけるなんて!! ……もちろんご一緒します!」

 スマホから葉山さんの声が漏れて聞こえた。


「じゃあ、後は御崎さんと田中くんも誘ってみる?」

「いいな! フレアもスカイも喜ぶに違いない!」

 ユイは早速メッセージを御崎さんと田中君に送ったようだ。

「それじゃユイ。食事にしようか」

「おお!!」

 僕達は夕ご飯を食べて眠りについた。


 翌日、学校へ行くと御崎さんと田中君が声をかけてきた。

「サツマイモ掘りに行こうとユイから連絡が来たのだが、我に労働を課すつもりか?」

 御崎さんはそう言いながらも、口元がにやりと緩んでいる。

「嫌なら良いぞ」

 ユイが御崎さんに言うと、御崎さんは間髪入れずに口を開いた。

「しかたない。一緒に行ってやる。我の力を思い知るが良い」


「なんで僕を誘ってくれたの?」

 田中君がユイに訊ねると、ユイは満面の笑みで答えた。

「ん? スカイも友達だろう?」

「友達……か」

 田中君は微妙な表情を浮かべた後、そっと言った。

「誘ってくれてありがとう」


「それじゃ、この紙に書いてあるように朝の九時に現地集合で」

 僕はコピーしたチラシを皆に配った。

「は!? 参加費が三百円、サツマイモ代が千円とはどういうことだ!?」

 御崎さんが悲鳴のような声を上げた。

「農家さんも、仕事だからね……」

 田中君が御崎さんをなだめている。


「そうか、フレアはお金がなかったのを忘れていた。悪かった」

「……このくらい、どうにでもなるわ。我を馬鹿にするな」

 そう言った後、御崎さんはシフトを増やすか、と呟いていた。

「それでは皆、土曜日に現地で会おう!」

「うん」

「はい」

「くくっ、仕方ないな」

 

 みんな、サツマイモ掘りが楽しみだという様子で席に戻った。


***


 土曜日の朝、ユイと僕がサツマイモ掘り会場に行くと、もうみんなが待っていた。

「遅いぞ、晴人、ユイ」

「いちばんのりでしたからね、フレアちゃんは」

「よろしく」

 僕達は入り口で入園料を払って、畑に入った。


「芋掘りは始めてだ。沢山生えているが、どれを掘れば良いんだ?」

 ユイはキョロキョロと辺りを見回している。

「好きなのを掘れば良いと思うよ」

 僕が答えると、田中君が説明した。

「掘る場所を決めたら、お芋のツタを切ってから、周りの土をスコップで掘って、お芋が動くようになったら手で引っこ抜けば良いらしいよ」


「そうか! あいかわらずスカイは物知りだな!!」

 ユイに褒められて、田中君は嬉しそうに微笑んだ。

「ユイ、一人四本までしか抜いちゃダメだから、掘りすぎないようにね」

 僕が言うとユイは頷いた。

「分かった。よし、ここを掘ろう!」


 ユイは掘ると決めたサツマイモのツタのいらない部分を手で引きちぎり、スコップで周りを丁寧に掘ると、サツマイモのツタについた芋を掘り出すことに成功した。

「よし! こんな感じか!?」

 ツタには大きなサツマイモが三つ、小さなさつまいもが二つ、ついていた。

「我も負けぬ!」

 御崎さんも足下のツタを引き、スコップをつかってサツマイモを掘り出した。

「私たちも負けませんよ」


「僕も」

 田中君も土に向かって腰をかがめた。

「ユイ、掘りすぎないでね」

「大丈夫だ。しつこいぞ、晴人」

 ユイ以外、四本のツタについたサツマイモを掘り出した頃にはくたくたになっていた。

「大収穫だな!」


「そうですね、ユイさん」

 葉山さんと田中君がユイの言葉にうなづいた。

「……我も……悪くない結果だ」

「うん、御崎さんも沢山取れたね」

「うむ」


 僕達はサツマイモ代を払って、農場を後にした。

「さて、これからどうしようか?」

 僕が皆に聞くと、御崎さんが言った。

「竹田がサツマイモ掘りに行くなら、大学芋を作ってやると言っていた」

「あら、そうでしたか。それなら喫茶アリスに行って良いか聞いてみます」

 葉山さんが竹田さんに連絡をすると、皆でおいでと竹田さんが言ってくれたようだ。


「フレア、大学芋って何だ?」

 ユイが御崎さんにたずねた。

「我に聞くな」

 御崎さんも良く分かっていないみたいだ。

「うーん。甘くて美味しいものだよ」

 僕が言うと、ユイは目を輝かせた。

「何!? それは楽しみだ!」


 僕達は喫茶アリスの前で落とせるだけ泥を落とすと、ドアをくぐった。

「いらっしゃい。ずいぶん頑張ったね」

「竹田、大学芋とやらを作ってくれ!」

 ユイはサツマイモがたっぷり入っているビニール袋を竹田さんに差し出した。

「うん。じゃあ、一人一つずつサツマイモをくれるかな?」

「はい」


 僕達は、まだ泥のついたサツマイモを一つずつ竹田さんに渡した。

「りっぱなお芋だね。じゃ、ちょっと待っててね。フレアちゃん、みんなにお水だしてね」

 御崎さんは喫茶店の制服に着替えてから、水を運んでくれた。

「飲み物の注文はあるか?」

「ぼくはアイスコーヒー」

「僕も」

「私も」

「自分も」

「よし、アイスコーヒー四つだな」


 僕達は秋晴れの空の下で、芋掘りをしていたので暑さを感じていた。

「お芋を掘ったのは小学生以来です」

 葉山さんがサツマイモの入ったビニール袋を見つめて嬉しそうに笑っている。

「もっと掘りたかった……」

 ユイは少し寂しそうな表情だ。


「待たせたな。アイスコーヒーだ」

「フレアのは無いのか?」

「我は……水で良い」

 フレアの言葉を聞いて、竹田さんがアイスコーヒーをもう一つ持ってきてくれた。

「はい。フレアちゃん、いつもよく働いてくれてるからご褒美」

「……我を懐柔する気か!? 竹田!?」

「いらないなら、僕がのむけど?」

 竹田さんがアイスコーヒーを下げる振りをすると、御崎さんは悲しそうな表情を浮かべた。

「冗談だよ。のんでね、フレアちゃん」

「……そこまで言うのなら、飲んでやろう」

 御崎さんは、他にお客さんがいないことを確認してから通路側の隅っこの席に腰掛けた。

「はい、大学芋お待たせ!」

 竹田さんが一人分ずつお皿にのせた大学芋を持ってきてくれた。

「ありがとうございます」

「ありがとう、竹田!」


「美味しそうですね」

「いただきます!」

 僕達は作りたての大学芋を頬張った。

 熱くて、甘くて、とても美味しかった。

「今日は良い日だな、晴人」

「うん、たのしかったね」


 皆で秋を楽しむことが出来て、良かったと僕は思った。

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