第33話

 隣駅で降りると、駅前には浴衣を着た人たちが溢れていた。

「結構、混んでますね」

 葉山さんが言った。

「そうですね。花火会場は……あっちかな?」

 僕は人の流れていく方向を指さした。


「合ってると思う」

 田中君が、スマホを見ながら僕に言った。

「急ごう! 屋台が待ってるぞ!!」

 ユイが早足で歩く。

「待て! 貴様、抜け駆けするつもりか!?」

 御崎さんがユイを追いかけて行った。


「あんまり先に行くと、はぐれちゃうぞ? ユイ」

 僕が言うとユイは立ち止まり、もどかしそうに足踏みをした。

 僕達五人は人の流れに乗って、お祭りの会場に入って行った。

 会場の中ではスーパーボールすくいや、射的、くじ引きの屋台が目に入った。

「結構お店が出てるね」


 葉山さんが僕に言った。

「うん」

 僕が答えると、ユイが大きな声を出した。

「あれが食べ物やの屋台か!? 沢山あるぞ!?」

 ユイが奥の方の牛肉ステーキ串屋に向かって歩き出した。

「良い匂いがしておる! 我も行くぞ!」

 御崎さんもユイに続いて歩いて行った。


「じゃあ、僕達も行こうか」

「うん!」

「ああ」

 僕が言うと、葉山さんと田中君も歩き出した。

 葉山さんは嬉しそうなユイの姿をカシャカシャと写真におさめている。


「……うっ!? 何だ! この値段は!!」

 御崎さんがちいさな声で呟いた。

「よし、牛ステーキ串を二つ貰おう!」

 ユイは迷わず注文したが御崎さんは自分の財布をのぞき込んで、ため息をついただけだった。

「あいよ、二つ、どうぞ」

「ありがとう!」


 ユイは二つの串を両手で受け取ると、右手の串にかぶりついた。

「美味しいぞ! 食べないのか? フレア?」

「……わ、我は施しは受けないぞ!?」

「そうか、了解した」

 そう言って、ユイは二つ目の串をパクりと食べてしまった。

「うっぐぐ……」


 御崎さんは涙目で、ニコニコと笑っているユイを見つめている。

「あ、かき氷もあるよ。御崎さん、いつもお世話になってるからお礼に一つ選んで」

 僕がそう言うと、御崎さんは顔をぱっと明るくして、言った。

「そうか、そこまで言うなら選んでやろう! イチゴ練乳なら食べてやる!」

「それじゃ、ブルーハワイとイチゴ練乳を一つずつお願いします」

 注文したかき氷から、イチゴ練乳を御崎さんに渡した。


「あ、ずるいぞ!? 私も食べる!」

「ユイ、あんまり食べるとお腹が痛くなるよ?」

「大丈夫だ! 心配ない!」

 ユイはレモンのかき氷を頼み、受け取ると美味しそうに食べ始めた。

「冷たくて甘くて美味しいな!」


 ユイが御崎さんに声をかけた。

「うむ、悪くない」

 御崎さんも今日は上機嫌らしい。

「あ、あっちにあるのは何だ?」

 ユイは、また食べ物屋の屋台を見つけた。

「イカ焼きと、焼きそば、焼きトウモロコシの屋台だよ」

「よし! 一つずつ買ってくる!」


「あ、私も焼きそば食べようかな?」

 ユイと葉山さんは焼きそば屋に向かった。

「我は……かき氷だけで良い……」

 御崎さんはかき氷を味わうように食べている。

「なんか、みんな楽しそうだし元気だね」

 田中君がちょっと驚いたように言った。


「ユイは食べることが好きだからね。葉山さんも御崎さんも、はしゃいでるみたいだし」

「そっか……」

 田中君は黙ったあと、ぽつりと言った。

「……ユイちゃん、可愛いよね」

「まあ、そうだね」

 僕は田中君の言葉に答えた。


「一緒に居てドキドキしたりしない?」

「え? もう家族みたいな感じだよ」

「……そっか、良かった」

 田中君の頬が、少し赤かった。

「スカイ! 晴人! お前たちの分も買ってきたぞ!!」

「もう、ユイちゃん買いすぎですよ?」

 ユイと葉山さんがイカ焼きと焼きそばを両手に持って帰ってきた。


「焼きトウモロコシは持ちきれないから、向こうで食べてきた!」

「ユイちゃん、スゴイ早さで食べるから、屋台のお兄さんが笑ってましたよ」

 葉山さんがユイの様子を思い出して、微笑んでいる。

「そうですか。ユイ、買ってきてくれてありがとう。いくらだった?」

「礼はいらん。いつも晴人には世話になってるからな」

 ユイは僕にイカ焼きと焼きそばを渡すとニコッと笑った。


「はい、田中さんの分」

 葉山さんが田中君に焼きそばを渡した。

「あ、すいません。払います」

「いいですよ。その代わり、次はユイちゃんの買い物に付き合ってあげて下さい」

 葉山さんがそう言うと、田中君は俯いて「はい」と言った。

「あの、そろそろ花火が始まると思うんですけど」

 田中君はユイが来た途端、動きがギクシャクとした。


「人、すごいけど、花火ちゃんと見えるかな?」

 葉山さんもユイも、御崎さんも背は低い方なので、人混みにうもれている。

「それなら、ネットで花火が見える穴場スポット調べてあるんで行ってみませんか?」

 田中君がそう言って、人の少ない暗闇を指さした。

「行こう!」

 ユイが焼きそばと焼きイカを食べ終えて言った。


「それじゃ、田中君、案内お願いできる?」

 葉山さんの言葉に、田中君は頷いた。

「はい」

 田中君の案内にそって歩いて行くと、小高い広場があった。

「ここから、花火がよく見えるそうです」

「へー。よく知っていたな、凄いな、スカイ!」

「ちょっと、調べただけだから」

 田中君はユイに褒められて嬉しそうだった。


「あ、上がった!」

 ドーンと、重低音が響いて、空気が震えた。

「綺麗」

「なんだ!? あの火の球は!!」

 ユイは口を開けて花火を見上げている。

「あれが花火だよ」

 僕が言うと、御崎さんが頷いた。

「ふむ、中々だな」


 しばらく僕達は花火を見つめていた。

「あれ? もう終わりか!?」

 ユイが寂しそうに言った。

「そうみたいだね」

 僕が言うと、葉山さんも言った。

「じゃ、帰りましょうか。早く行かないと駅が混んでしまいます」

 葉山さんの言葉に、皆が頷いた。


 駅に行き、電車で町に帰る。

 駅前で、皆と別れた。

「晴人、花火大会は楽しいものだな」

「そうだね、ユイ」

 その時、田中くんから携帯にメッセージが届いた。

「今日はありがとう。ユイさんにもよろしく」


「どうした? 晴人?」

「ん? 田中君も楽しかったって」

「そうか。良かったな」

 僕とユイは、家に帰ってから気付いた。

「あ、浴衣、葉山さんに返さなくちゃ」

「忘れてたぞ!?」


 ユイは慌てて浴衣を脱ごうとした。

「ちょっと待って、僕、隣の部屋に行くから。ちゃんと着替え出して!!」

「あ!? すまん!!」

 ユイは短パンとTシャツに着替えると、僕に声をかけた。

「もう大丈夫だ」

「まったく。異性の前で脱いじゃダメだよ、ユイ……。アルバイト先では着替え大丈夫だったの?」


「あ、皆出て行ったのはそう言うことか!?」

 僕はユイのアルバイト先の人たちが良い人ばかりで良かったと、ため息をついた。

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