第28話

 御崎さんがアルバイトを始めてから、一週間が経った。

「伊口さん、ユイちゃん、今週末にフレアちゃんのアルバイト姿を見に行きませんか?」

「葉山さん? 御崎さんのアルバイトは平日だけじゃありませんでしたか?」

 僕がそう言うと、葉山さんは笑顔で答えた。

「それが、フレアちゃんが大人気らしくて、土曜日も来て貰うことにしたって竹田さんから連絡があったんです」


「そうですか。ユイ、どうする?」

「自分はどちらでも良いぞ?」

「じゃあ、三人で土曜日に喫茶店アリスに行きましょう!」

 葉山さんは嬉しそうに電話をかけると、土曜日の10時半に喫茶店アリスの予約を取っていた。僕達は学校の傍の駅で待ち合わせをすることにした。


 土曜日になって、ユイと僕は電車で学校傍の駅に向かった。

「フレアがキチンと働いているとは思えないが……」

「ユイ、そんなこと言っちゃダメだよ。御崎さんも生活がかかってるし、一生懸命働いていると思うよ」

 そんなことを話していると、駅に着いた。

「ユイちゃん、伊口君、こんにちは」


「さくら、早かったな」

「こんにちは、葉山さん」

「それじゃ、早速行きましょうか?」

 僕達は喫茶店アリスに向かって歩き出した。

「あれ? 店の外に人が居る」


 僕が言うと、葉山さんが頷いた。

「フレアさんの接客が人気らしいです」

「へー。フレアが評判になるのか? そうか」

 ユイは興味津々と言った様子だ。

「それでは中に入ってみましょう」

「はい」

「了解した」

 

 喫茶店アリスの中に入ると、そこには若い男性からおじいさんまでがコーヒーや紅茶を楽しんでいた。

「少々待つが良い。順番に呼び出してやる!」

「フレアちゃん、予約していた葉山です」

「!! 葉山、本気で来たのか!?」

 御崎さんは喫茶店の制服である、黒いワンピースに茶色のエプロンを着けてお客さんに注文の品を次々と運んでいる。

「我の姿を見て、笑いに来たのか!? 愚民ども、帰れ!!」


 その時、竹田さんが言った。

「フレアちゃん、お客様だよ?」

「うう……竹田が言うならば……分かった。こちら、ご予約席でございます」

 御崎さんは赤いツインテールを震わせながら、僕達を席に案内した。

「ご注文が決まりましたらお呼びください」


「分かりました。えっと、ユイちゃん、伊口君、何にする?」

「僕はアメリカンコーヒーとパンケーキ。ユイは?」

「自分はオムライスとパンケーキ。さくらはどうする?」

「私はタルトタタンと紅茶にします」

 僕達は注文が決まったので、御崎さんを呼んだ。


「注文か? 早く言え」

 僕達はさっき決めた通りに注文をした。

「我にまかせておけ。少し待つが良い」

 御崎さんはそう言って、竹田さんに注文を通した。

「それにしても、フレアちゃん、ここの制服が似合ってますね」

「葉山さん、写真撮ってるんですか?」


「はい。フレアちゃんにもファンが居るんですよ。ユイちゃんほどではありませんけど」

 葉山さんはそう言って、ユイのホームページを開いた。

 そこにはユイと御崎さんが対決している写真が並んでいた。

 そして、いつもユイが勝っていて、泣きそうな御崎さんの写真が続いていた。

「御崎さん、このページのこと知ってるの?」

「一応、了承を得てます。竹田さんのお店を紹介したので、その代わりに写真をUpすると言ったら、無料なら構わないと言っていました」

 御崎さん、きっとどんな写真が上げられているのか知らないんだろうな、と僕は思った。


「待たせたな。注文の品だ」

 御崎さんがぷるぷると震えながら、両手に料理と飲み物を持って歩いてきた。

「パンケーキとオムライスはちょっと待っていろ。私が直々にウサギを描いてやる」

 そう言って、御崎さんがケチャップで描いたウサギは、とても可愛らしかった。

「うわ! 絵が上手だね、御崎さん」

「ふんっ、これくらい造作もないことだ!」

 そう言いながらも、御崎さんに笑顔が浮かんだ。


「自分も描いてみたいぞ?」

 ユイが言うと、御崎さんはホイップクリームをユイに渡して言った。

「容易いというならば、やってみるが良い」

 ユイはパンケーキにウサギの絵を描いた、らしいが、そこにはなんとも言えない妙な生き物の顔が描かれただけだった。

「難しいな? すごいな! フレア」


「ふふんっ! ユイには絵心が無いからな」

 御崎さんは薄い胸を誇らしげに反らせた。

「フレアちゃん、他のテーブルにもお客さんが待ってるよ?」

 僕達としゃべっていた御崎さんに竹田さんが声をかける。

「了承した。それでは、失礼する」

 御崎さんはそう言って、別のテーブルに早足で注文を取りに行った。


「真面目に働いているな、フレア」

「一週間でここまで働けるようになるとは思わなかったよ。紹介してくれてありがとう、さくらちゃん」

 いつの間にか、竹田さんがやってきて葉山さんに話しかけていた。

「竹田さん、フレアちゃんは、ずいぶん人気みたいですね」

「うん。時々出る偉そうな言葉と、絵のギャップが受けてるみたいだね。それに見た目も可愛いし」


 ユイはフレアが褒められているのを聞いて、頬を膨らませた。

「自分にも、あれくらい出来るぞ?」

「あれ? 君も可愛いね。ここでアルバイトする?」

 竹田さんの言葉を聞いて、僕は慌てて言った。

「えっと、ユイは食べ物関係のアルバイトは難しいと思います。」

「何故だ!?」


 ユイが心外だという表情で抗議した。

「自分で食べちゃうでしょ? それに、もう引っ越し屋さんでアルバイトしてるし」

「う……それは、否めない……」

「あはは。じゃあ、友達価格にしてあげるから、時々食べにおいで」

 竹田さんは笑って言った。


 僕達は食べ終わると、御崎さんに挨拶をしてお店を出た。

「また来るが良い! 我のしもべ達よ!」

「フレアちゃん、頑張ってね」

 葉山さんは喫茶店の前で、仁王立ちで腕を組んでいるフレアの写真を撮ると、にっこりと笑った。

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