第29話
「伊口晴人、今日の帰り時間あるか?」
「何ですか? 大井先生」
僕は帰る前に、担任の大井先生に呼び止められた。
「田中 空(スカイ)の家にプリントを持っていって欲しいんだ」
「いいですけど、なんで僕なんですか?」
「伊口はいろんな生徒と仲が良いだろ? もしかしたら田中も友達になれるかも知れないと思ってな」
「はあ……」
僕はクリアファイルに入った何枚かのプリントを受け取ると、大井先生は言った。
「できたら、学校に来るように伝えてくれ」
「……分かりました」
大井先生は地図を渡してくれた。割と僕の家の近くに、田中君は住んでいるようだ。
「何だ、晴人? どこか行くのか?」
帰り支度を終えたユイが、僕の持ったプリントと地図をのぞき込んだ。
「ユイ、教室に一つ空いている席があるだろ?」
「ああ」
ユイは頷いた。
「あの席の人に、プリントを届けて学校に来るように伝えるよう、大井先生から言われたんだ」
「そうか。大井が行けば良いんじゃないか?」
「うーん、学校が嫌だったら、先生も苦手なんじゃないかな? 最初は大井先生も行ってたみたいなんだけどね」
「そうか。私も一緒に行って良いか?」
「そうだね。帰り道だし」
「じゃあ、急ごう」
「待ってユイ、場所、分からないでしょ?」
僕はユイの前を歩いて、家の最寄り駅に向かった。
「スカイか。良い名前だな」
「ユイ、田中君は名前で虐められてたから、うかつなこと言わないように気をつけてね」
「なに!? 名前を馬鹿にする奴がいるのか!!」
ユイが起こったので、僕は驚いた。
「名前は神聖なものだろう? それを馬鹿にするのは許せん!」
「……まあ、そう、かな」
僕たちは田中君の家に着いた。
普通の一軒家だ。二階に田中君の部屋があるらしいと大井先生は言っていた。
ドアフォンをならすと、女性の声がした。
「はい、どちら様ですか?」
「スカイくんと同じ学校の伊口晴人と申します。プリントを届けに来ました」
女性の声が小さく聞こえた。
「スカイ、お友達が来てくれたわよ」
「友達なんて居ない」
「よう! 私は伊口ユイだ! よかったら出てきてくれないか?」
ユイは大きな声で、二階に向かって叫んだ。
「は? 誰? っていうか近所迷惑。帰って」
ドアホンから、とげとげしい男の子の声がした。
「あの、せっかくだからどうぞ」
「プリント、渡すだけですから」
「お茶とお菓子もありますよ」
「何!? それでは邪魔をする!!」
「ユイ!?」
僕達は田中君の家に入った。
家は片付いていて、綺麗だった。
「スカイの母です。今日は来てくれてありがとう」
田中君のお母さんは、そういうとお茶とお菓子を出してくれた。
「スカイはいつも何をしてるんだ?」
「さあ? 部屋にこもりっぱなしで、私にも分かりません」
田中君のお母さんはそう言うと、疲れたようにため息をついた。
「ちょっと、話してみないか? 一人は退屈だろう?」
「ユイ、ちょっと気をつかった方が良いよ」
僕の制止を聞かずに、ユイは田中君の部屋の前に移動した。
「スカイ、ちょっと良いか? 毎日何してるんだ?」
「何も。君も先生に頼まれて嫌々来たんでしょ?」
「君ではない、伊口ユイだ。ここに来たのは不思議だったからだ」
「不思議?」
「学校は楽しいぞ!? 一人で居るのも同じくらい楽しいのか!?」
「……そんなわけないだろ? 学校なんて、楽しくないし」
「そうか。なら、働くのはどうだ? 楽しいぞ?」
「うるさいな! 僕の自由だろ!? 君の価値観を押しつけないでくれ」
「スカイ、せっかく心配して下さってるのに、お友達にそんな言い方……」
「元はと言えば、母さんが変な名前を付けたから悪いんだろ!?」
田中君の部屋の前に、三人が並んでいた。
ユイは扉に手をかけた。
「開けるぞ? スカイ。話し合いするにも、顔を見ないとよく分からん」
「え?」
ユイが把手をひねると、バキバキっと音を立てて扉が開いた。
「は? 鍵、壊すことないじゃん」
「普通にひねったら壊れた。すまん」
田中君は、ベッドの上に座っていた。
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