第20話

「ユイちゃん、伊口君、今日の学校が終わってからって何か用事ある?」

 葉山さんが僕とユイに尋ねてきた。

「私は特に何も無いぞ? 晴人はどうだ?」

「僕も特に用はないけど?」

 葉山さんはにっこりと笑って、ほっと息をついた。


「よかったら、私の家に来ませんか? 今日はひな祭りなので、ご馳走が用意されてますし」

「え、急にいいの? って、ユイは三人分は食べるけど大丈夫?」

「はい。今日は家族で食事会の予定だったのですが、父も母も仕事が入ってしまったし、兄も友人から誘われたとかで、家にいるのが私一人になってしまったんです」

「それは寂しいな。行こう、晴人」

 葉山さんはそれを聞いて、嬉しそうに笑った。


「それでは、今日の帰りは家の車に乗って、私の家に行きましょう」

 葉山さんは車通学だから、それに乗せてくれるつもりらしい。

「分かった。何か必要な物はあるか?」

「特にありませんよ」

「それじゃ、お言葉に甘えて、ユイと僕で葉山さんの家に遊びに行かせていただきます」

「よかった。ありがとう、伊口君」


 放課後になった。

「それじゃ、行きましょう」

 葉山さんはユイの手を引いて、車に案内した。僕はその後をついて行く。

「お嬢様、今日はお友達をお連れですか?」

 運転席から声がした。葉山さんが返事をする。

「ええ、せっかくのひな祭り飾りと、ごちそうが無駄になったら悲しいですから」


「伊口晴人と、伊口ユイと申します。よろしくお願いします」

「はい、私は運転手の佐々木と申します。シートベルトを付けてくださいね」

「シートベルト?」

「ああ、ユイは分からないか?」

 僕は前の席に座っている。

 ユイと葉山さんは後ろに座っているので、僕はユイのシートベルトをつけてあげられない。

「ユイちゃん、ちょっとじっとしててね」

「分かった」

 葉山さんがユイのシートベルトをつけてあげている。

「はい、できた」

「ありがとう、葉山」

「それじゃ、出発しますよ」

 学校を後にして、車が走り出す。


「着きました」

 葉山さんの家までは、それほど遠くなかった。

 佐々木さんが葉山さんの方のドアを開ける。葉山さんが降りてから、ユイがシートベルトをなんとか外し、外に出た。僕もドアを開け、車を降りた。

「ここが葉山の家か!? 大きいな!! 晴人のアパートと同じかそれ以上に大きいぞ!!」

「ちょっと、ユイ、声が大きいよ。でも、本当に大きい家だね……」


 葉山さんは、ユイと僕を連れて玄関に移動して、ドアホンを押す。

「ただいま帰りました」

「おかえりなさいませ、さくら様。あら、ご友人ですか?」

「ええ。伊口晴人さんに、伊口ユイさんです」

「いらっしゃいませ、どうぞお入り下さい」

 南さんは葉山さんの荷物を受け取ると、奥の方へ下がっていった。


「伊口君、ユイちゃん、こっちの部屋に来て」

「うん」

 ユイと僕は案内された部屋を見て驚いた。

「すごい、8段飾りのひな人形だ!!」

「なんだこれは!? 綺麗だけどちょっと怖いな!!」


「お父さんとお母さんが私が生まれたときに買ってくれたんだよ」

「へー。凄いね」

 ユイは人形を一つずつ、じっくり見ていた。

「これはね、厄払いの意味があるんだよ」

「そうか、葉山は物知りだな」

 ユイが部屋の隅に置かれた大きな物に気付いた。

「これは何だ?」


「それはお琴。私、お琴やってるんだけど、弾いてみようか?」

「え、凄い! 聞きたい!」

 僕が言うと、ユイも頷いた。

「じゃあ、ちょっと準備するか待っててね」

 しばらくすると、葉山さんは水色のワンピースに着替えて現れた。

 南さんが琴の準備を終え、葉山さんがその前に座る。


 奏でられたのは、さくらさくらだった。

「お粗末でした」

「すごい、綺麗な音色だったよ葉山さん」

「うむ、葉山は色々できるんだな!」

 僕たちが琴の演奏で盛り上がっていると、南さんから声がかかった。


「お嬢様、伊口様、お食事の準備が整いました」

「はい」

 南さんの案内でダイニングに向かった。

 机の上には人数分のはまぐりのおすいもの、ちらしずしに蒸し鶏とブロッコリーのサラダが並んでいる。真ん中には、鯛の塩焼きが置かれていた。


「うわ、凄いご馳走」

「一人じゃ食べきれないでしょう?」

「そうだな、葉山には難しいな! 私なら食べきれるぞ!」

 ユイはウキウキとした様子で、箸を持った。

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます!!」


 三人で、学校の話や、ユイのアルバイトの話をしながらご馳走を食べた。

「葉山、鯛は食べられるのか?」

 ユイは興味津々と言った様子で、鯛を見ている。

「ええ、ユイさん、どうぞ」

 ユイは葉山さんの言葉を聞くと、鯛の骨を綺麗に外して食べ始めた。


「ユイ、意外と食べ方綺麗だね」

「前に、インターネットで魚の食べ方をみて学習したからな」

「私も、少しいただこうかしら」

 葉山さんがそう言うと、ユイは葉山さんに鯛の皿を近づけた。


「お口に合いましたか?」

「どれも美味しいです。これは誰が作ったんですか?」

「南さんです。お料理もお掃除もお洗濯も上手なんですよ」

 南さんが頭を下げた。

「そろそろデザートをお持ち致しましょうか?」

 南さんの言葉に、ユイは首を横に振った。


「そのまえに、ちらし寿司のおかわりはあるか?」

「ユイ、恥ずかしいよ」

 僕が言うと、葉山さんが笑った。

「そんなことありませんわ。ユイさんに、ちらし寿司をお重でお出しして下さいますか?」

「……はい」

 ユイはお重のちらし寿司をぺろりと食べきった。

「うむ。美味しかったぞ、葉山」

「良かったです。それでは南さん、デザートを持ってきて下さいます?」

「はい」


 南さんは僕たちの食べ終わったお皿を片付けると、透明なガラス容器に盛られたイチゴの牛乳寒をそれぞれのテーブルに並べた。

「爽やかで美味しい。イチゴが甘いね」

「そうですね」

「晴人はデザートまで用意してくれないから、今日は嬉しいぞ!」

 僕たちが食事を終えたのは、八時近くになってからだった。


「それでは、今日はもうこれで終わりにしましょうか」

「遅い時間までお邪魔しちゃって、ご馳走までいただいて申し訳ないです」

 僕が言うと、葉山さんは首を振った。

「いいえ、寂しいひな祭りになるところを来て下さったのですから、助かりました」

「葉山の家は広いし、ご飯は美味しいし、良い所だな!」

 葉山さんはユイに褒められて、恥ずかしそうに微笑んだ」


「それじゃ佐々木さんに、伊口さん達をお家まで送るように伝えますね」

「え!? 電車で帰りますよ!?」

 僕の言葉を聞いて、葉山さんは言った。

「でも、もう遅いし、意外と駅まで遠いですから」

「それじゃあ、遠慮無く送って頂きます」

 僕と葉山さんで話していると、ユイは首をかしげた。


「走って帰ればいいじゃないか?」

「ユイ、僕はふつうの高校生なんだから無理言わないで」

 葉山さんは僕とユイのやりとりを笑顔で聞いていた。

 結局、僕たちは佐々木さんに送って貰ってアパートに帰ることにした。


「晴人の家は、葉山の家の部屋と同じくらいの大きさだな」

「言わないでよ、ユイ」

 僕たちは住み慣れたアパートの前で、葉山さんの豪邸を思い出してため息をついた。

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