第21話
ある土曜の午後、ユイはバイトから帰ってくると、僕に聞いた。
「晴人、はさみはあるか?」
「あるけど、何するのユイ?」
僕がはさみを渡すと、ユイは背中まである長い黒髪にはさみを当てた。
「ちょっと!! ユイ待って!!」
「え!? なんだ? 晴人?」
僕はユイからはさみを取り上げて言った。
「ユイ、髪切りたいの? 何かあったの?」
ユイは口を尖らせて言った。
「アルバイトの時、汗で張り尽くし、手入れは面倒だし、いっそ切ってしまおうと思ったんだが、何か問題があるか?」
僕はへなへなと座ってから、ユイに言った。
「じゃあ、美容院予約してあげるから、一緒に行こう」
「美容院とは何だ?」
「髪を切ってくれるお店だよ」
ユイは頬を膨らませて僕に抗議した。
「店で切ったら、金がかかるだろう? その分食費が減ってしまうじゃないか!」
「ユイ、変な髪型になったら学校に行けないよ? 大人しく美容院に行こう」
僕がユイにお願いすると、ユイは渋々頷いた。
「それじゃ、駅前の美容院に予約するね」
僕はスマホから、日曜日の午前十時に美容院の予約をした。
「ユイ、美容院は一緒に行こう」
「分かった」
僕はユイが、サラサラで綺麗な長い髪を切ってしまうのはもったいないな、と思ったけど黙っていた。
翌日、朝食を終えて駅に向かって歩いて行った。
「ユイ、本当に切っちゃうの? もったいなくない?」
「私に二言は無い! 今日はバッサリ切るぞ!!」
しばらくあるいていくと、駅前の美容室に着いた。
店内には可愛らしいオルゴールのような音楽が流れている。
「予約している、伊口ユイです」
「はーい、お待ちしてました! 今日の担当の坂田です。」
ユイは不安げに坂田さんを見ると一言、言った。
「なるべく簡単に手入れができる、短い髪型にしてくれ」
坂田さんは空いている席にユイを案内しながら言った。
「じゃあ、ショートカットがいいかな? でも、こんなに綺麗な髪、ホントに切っちゃって良いんですか?」
「かまわん!」
坂田さんはヘアカタログを開いてユイに見せた。
「えっと、この辺りの髪型がお手入れも楽だし似合うと思うけど、如何ですか?」
「じゃあ、これで頼む!」
ユイが指さした髪型はみえなかったけど、坂田さんは笑顔で頷いている。
「マニッシュショートカットですね。うん、似合いそう!」
坂田さんはユイの髪をブラッシングして、シャンプーをしてから乾かした。
「ホント、綺麗な髪。ヘアドネーションしてもいいですか?」
坂田さんの質問にユイはきょとんとしている。
「何だ? それは?」
「病気とかで髪の毛を失ってしまった方に、髪を寄付する取り組みです。この店でもやってるんですよ」
「そうか。それは良いことだな。私の髪が役に立つなら使ってくれ!」
ユイがそう言うと、坂田さんはユイの髪を縛って、肩の辺りでザクザクと切り取った。
「ありがとうございます」
「礼には及ばん!」
僕はユイの髪が、あっという間に短くなっていくのを見ていた。
「結構思い切りよく切るんだな」
鏡に映っているユイを見ていたら、僕と映っているユイの目が合った。
ユイはピースをした。
「坂田、軽くなったぞ! 感謝する!」
「まだ全然形を整えてないから、もう少し時間がかかりますよ。あまり動かないで下さいね」
坂田さんは、はさみを取り出しユイの髪をととのえていく。
サラサラと流れ落ちる髪が綺麗に切られていく。
しばらくして、坂田さんはカミソリを出してユイの襟足を剃っていった。
「はい、これで完成です。鏡で後ろを確認していただけますか?」
「おお! さっぱりした!! やるな、坂田!!」
「気に入って下さいましたか?」
「気に入った!!」
席から戻ってきたユイは、ショートカットになっていて、今までとは違う可愛さにあふれていた。
「ユイ、ショートカットも似合うね」
「そうか? とりあえず頭が軽くなって、快適だ!」
「お会計、4500円になります」
「はい、ありがとうございました」
坂田さんに僕はお金を渡した。
「ありがとうございました。また来て下さいね」
「坂田、ありがとう!」
僕たちが店を出るまで、坂田さんはニコニコと笑って手をふってくれた。
「ユイ、ショートカットだと、毎月か二ヶ月に一回は美容院に来ないといけないね」
「何!? そのたびにあの料金を払うのか!?」
僕の発言にユイは驚いた後、しょんぼりしていた。
「明日、学校に行ったら大騒ぎかも知れないな」
僕が言うと、ユイはちょっと表情が曇った。
「また、さくらに沢山写真を撮られそうだな」
その時ユイのお腹が、くううと鳴った。
「お店、入ろうか。もうお昼だし」
「おう! 何処に入るんだ!?」
「インドカレーにしよう」
僕たちは、昼食にインドカレーを食べてから帰ることにした。
「ナン、十枚頼む!!」
「ハイ! 十枚ね!」
お店の人は次々と、焼き上がったばかりの新しいナンを運んできてくれた。
「こんなに食べるお客さん、初めてです。嬉しいね」
「礼には及ばん!」
ユイは、お腹いっぱいになるまでナンを食べることが出来て嬉しそうだった。
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