第19話

「あーあ。今日は学校に行きたくないなあ」

 僕が呟くと、ユイはきょとんとして尋ねた。

「何だ? 今日は何かあるのか?」

「……持久走だよ。10Kmも走るなんて、考えただけで辛くなるよ」


 ユイはそれを聞くと、笑いながら言った。

「なんだ、そんなことか? 勇者をやっていた頃は一日中走り回っていたから心配ないぞ!?」

 僕は自信満々のユイを横目に見てから、もう一度ため息をついた。


「まあ、真面目に走らない人も結構いるし、僕もぼちぼち頑張るよ」

「何を言っている!? やるからには全力をだすものだぞ!?」

 僕は急に不安になった。


「ユイ、全力で走ったらどのくらいで10Km走れるの?」

「計ったことが無いから分からないぞ!」

 ユイはいつにも増して元気だ。

「ユイはただでさえ、関口先生に目を付けられてるんだから、周りに合わせて目立たないようにしないと……」


 僕がそう言うと、ユイは首を横に振った。

「与えられた試練は全力で取り組むのが私のやり方だ!」

 ユイはにっこりと笑っている。

「とりあえず、学校に行こう」

「そうだな」

 ユイと僕は学校に向かった。


「……おはようございます」

「おはよう! 葉山、どうした? なんか表情が暗いぞ!?」

「ユイちゃん、今日持久走でしょ? 憂鬱で」

 葉山さんもため息をついている。やっぱり、持久走が好きな人って少ないんだなと、僕はほっとした。

「僕もだよ」


 そう言って落ち込んでいる僕と葉山さんを尻目に、ユイは胸を張って言った。

「私はいつでも万全だぞ!」

「うふふ。そうですね。ユイちゃんらしいです」

 葉山さんの顔に笑みが戻る。

「さあ、授業の準備をしようか!」

 ユイはカバンから教科書を出して、机にしまった。


 体育の時間になった。


「皆、準備体操はきっちりとやるように! 手を抜くんじゃ無いぞ!」

 関口先生は自転車に乗って張り切っている。

「えー!? 先生自転車なの!? ずるい!!」

 女子達が騒いだが、関口先生がジロリと声の方向を見ると静かになった。


「伊口、お前は男子と同じ距離を走れ! 体力的には問題ないだろう?」

「先生、ユイちゃんが可哀想です!」

 葉山さんの言葉をユイが遮った。

「私も10Km走りたいと思っていたぞ! 受けて立つ!!」


 持久走がスタートした。

 ユイは、早速猛スピードで走り出す。

「まて、逃がさないぞ! 伊口!」

 関口先生も自転車でユイのことを追いかけた。


「……え、僕たちのこと忘れてない? 関口先生……」

 僕がそう言うと、葉山さんは笑いながら答えた。

「まあ、マイペースで走れるから良かったです」


 僕たちが折り返し地点に着いた頃、ユイが何故か後ろから走ってきた。

「え!? ユイ、なんでこんな所に居るの!?」

「暇だから、二週目を走っているんだ! 関口なら、一週でバテて学校の前で待っているぞ!」


 ユイのことを甘く見ていたのは、僕だけじゃ無かったらしい。

 自転車より早いって、やっぱりユイはただ者じゃ無いなと思いながら、僕は重い足で走り続けた。

「そろそろ先に行くぞ、葉山、晴人」

「頑張ってね、ユイちゃん。私も、もうちょっと速く走ろうっと」

 僕は葉山さんにも置いていかれた。


 僕が学校に着いた時、他の男子生徒は半分くらいがもうゴールしていた。

 女子達は、距離が短い事もあったせいか半分以上いる。

 ユイは、ファンから手渡されたタオルで汗を拭っている。

「ユイ、早かったね」

「こんな距離、大したことないぞ? 関口、大丈夫か?」

 関口先生はぐったりとしている。自転車でも全力疾走は結構キツかったらしい。


「伊口、調子に乗るなよ? 今回もダントツで早かったが、次は分からないからな?」

 ユイは、もう関口先生のことを呼び捨てにしている。後が怖い。

「授業も終わりだし、汗もかいたし、早く教室に戻って着替えるぞ! もう昼ご飯だ!!」

 持久走を終えたユイは誰よりも早く、嬉しそうに教室に戻っていった。


 ユイの背中を睨み付けている関口先生に気付かないふりをして、僕たちも教室に帰っていった。


 

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