第16話

 学校の休憩時間に、葉山さんとユイの会話が聞こえてきた。


「ユイちゃんはバレンタイン、誰かにチョコあげるの?」

「バレンタイン? なんだ、それは?」

「えっと、好きな人とか友達にチョコをあげたり、交換したりするんだよ」


「チョコか!? あれは甘くて美味いな!!」

 ユイはそう言った後、葉山さんに確かめるようにたずねた。

「プレゼントしたり交換する習慣があるのか?」

 ユイの声が大きくて、僕はドキドキした。


「で、葉山は誰にチョコをあげるんだ?」

 ユイが直球で葉山さんに聞いた。クラスの男子の動きが止まる。

「え、あの、私はユイちゃんくらいしか考えてないかな……?」

 クラスの男子全員からため息が聞こえた気がした。


「よかったら、今日の帰り道にチョコ買いに行かない?」

「いいぞ!! チョコはどれだけあっても構わないからな!!」

 葉山さんが僕の方をちらっと見た。


「あの、帰りにユイちゃんと二人でお買い物行っても良いかな? 伊口君?」

「僕に聞かないでも大丈夫ですよ! ユイ、葉山さんに迷惑かけないでね?」

「分かってる。心配性だな、晴人は」

 僕は一抹の不安を感じながらも、ユイが葉山さんと買い物に行くことを了承した。


 帰り道、ユイと葉山さんは駅のデパートに向かって行った。

 僕は一人で帰って、ユイが帰る前に晩ご飯を作った。今日は回鍋肉だ。

「遅いな、ユイ」

 夜の七時半を回って、ユイのスマホに電話をかけようとした時、ドアが開いた。


「帰ったぞ! 晴人!」

「おかえり、ユイ……って、何!? その大荷物!?」

 ユイは両手に大きな紙袋を提げている。

「ああ、バイト先の皆と、晴人と葉山の分のチョコと、自分用のチョコだ!!」

 そう言いながら、ユイはテーブルの上に上げるために買ったチョコと、自分のために買ったチョコを並べた。どうみても、あげる分の4倍は自分用として買ってきている。


「面白かったぞ!! いろんな色や形のチョコがあるんだな!!」

「……葉山さん、驚いてなかった?」

「驚いていた!」

 ユイは無邪気に笑っている。

「……だよね」

 葉山さんの驚いた顔が目に浮かぶようだった。

 

 僕はこんもりとつまれた机の上のチョコレートの山を、キッチンの一番涼しい場所に移動した。

「あ、何をする!? いまから食べるんじゃ無いのか!?」

「ユイ、バレンタインは二月十四日だよ。それまでは我慢しよう?」

「そういう習慣なのか?」

「うん」

 僕の答えを聞いて、ユイは残念そうに俯いた。


「人にあげる分は、先に渡した方が良いのか?」

 ユイが困ったような顔をして僕の方を向く。

「当日で良いんじゃ無い? あ、バイト先は顔出せるときに渡せば良いと思うよ」

「そうか。分かった」

「味見させてとか、言っちゃ駄目だよ? ユイ」

「……分かった」


 食いしん坊のユイが、ちゃんと食べ物をプレゼントできるか僕は心配になった。



 

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