第15話

 今日は節分だ。

「ユイ、帰りに恵方巻きと豆を買って帰ろう」

 学校が終わって、僕はユイに言った。


「豆か? なんでわざわざ豆なんか買うんだ?」

「今日は節分って言って、豆まきをして恵方巻きを食べて、健康を願う日なんだよ」

「へー。変わった風習だな」

 ユイは面白そうだとニコッと笑った。


 スーパーに二人で入り、買い物かごを持った。

「こんなに大きな海苔巻きなら、五本もあれば足りそうだな!」

「ユイ、それ2人前の太巻きだよ? まあ、いいか」

 僕は大きな恵方巻き五本と、普通の恵方巻きを一本、買い物かごに入れる。


「この臭い魚は何だ?」

「鰯の干したのだよ。節分の日に家の前に飾るんだ」

「そうか、やっぱり変わってるな、この世界は」

 僕たちは最後に大豆を買った。

「もう、残りが少ないね」

「そうだな」

 ユイは残っていた三つの豆をすべて買い物かごに入れた。


「じゃあ、お会計してくるね、ユイ」

「分かった。レジを出たところで待ってる」

 僕たちは買い物袋を抱えて、スーパーを出た。


 家に着くと、僕は台所に買ってきた食べ物を並べた。

「今日は、お吸い物だけ作れば大丈夫だね」

「そうか。今日は海苔巻きだけか」

「恵方巻き。年ごとに決まった方向を向いて、何もしゃべらずに一本食べきると良いことがあるんだって」

「そうか。豆はいつ食べるんだ?」

 僕は豆を取り出して、一袋をユイに渡した。もう一袋は自分で持った。

「豆は、鬼は外っていいながら、投げるんだよ?」

「そうか! ちょっともったいないな?」


「鬼は外!!」

 ユイが投げる豆は、ぶつかったら大分痛そうな音がした。

「ドアを開けて、外に投げるよ! 鬼は外!!」

「鬼は外!!」

 豆を半分投げ終わったところでユイは言った。


「豆、食べても良いか? まくのはもう十分だろう?」

「うん、いいよ」

 僕がそう言うと、ユイは右手で豆をひとつかみすると口の中に放り込んだ。

 ボリボリと良い音がしている。

 

「結構美味しいな、豆」

「うん、そうかも」

 僕も少しだけ、大豆を食べてみた。香ばしくて素朴な味だ。


「じゃあ、そろそろお吸い物をつくるよ」

「分かった。豆を食べて待ってる」

 ユイはボリボリと豆を食べながら、座った。


「はい、お吸い物出来たよ」

「おお!」

「で、これが恵方巻き」

「なんか、色々入ってるな!? 美味しそうだ!!」

 ユイは興味津々と言った様子で、恵方巻きの断面をのぞき込んでいる。


「じゃあ、いただきます!」

「いただきます!」

 ユイと僕は今年の恵方を向いたまま、もぐもぐと大きな海苔巻きを食べた。

「うん、美味しい!」

「ユイ、しゃべらないんだよ……って、僕もしゃべっちゃった」


「まあ、細かいことは良いじゃ無いか。この恵方巻きという食べ物は美味しいな」

 ユイはご機嫌で、二本目に手を伸ばした。

 僕は一つ目の恵方巻きでお腹いっぱいだったから、お吸い物を飲んで、ユイのことを見ていた。


「それにしても、ユイはよく食べるね」

「ああ、沢山動くからな」

 ユイはニカッと笑って、腕をまくった。


「そういえば、アルバイトは順調?」

「佐藤さん達は良い奴らだ。楽しいぞ! 晴人も一緒に働くか!?」

「僕は無理だよ。勉強もあるし」

 ユイは僕の言葉に首をかしげた。


「勉強は学校でやっているだろう?」

「みんながユイみたいに出来るわけじゃ無いんだよ」

「ふうん」

 ユイは結局五本の恵方巻きを食べ終えてから、僕に言った。


「いつもありがとう。晴人」

「どうしたの? 急に」

 ユイは、はにかみながら言った。


「拾ってくれたのが晴人で良かった。美味いものを沢山食べさせてくれるし!」

「そんなことないよ。ユイも働いて食費を稼いでくれてるじゃ無い」

「そうだな!! 私も頑張っているのだぞ!! 褒めてもいいぞ、晴人!!」

「はいはい。偉いよ、ユイ」


 こうして節分の夜は平和に終わっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る