第33話:エヴァンの両親
<ちょっと待て!なんだそれは!?>
<私に怒鳴られても、知りませんよ~!兎に角、みんなを止めてくださいよ~!!>
うむむ。俺が国王でアルヴィーナが王妃?みんなオレ達が兄妹じゃないって知ってるってことか?それほど知れ回ってるとは思いもよらなかった。
『シャムロック、領民たちの先頭で降りてくれないか』
『わかった。必要ならば皆を焼き払っても』
『!?お前火も吹くのか?』
『火を吹くわけではないが、魔力で焼却することはできるぞ?お主だって火魔法は使うだろう?』
確かにそうだけど!不思議はないけど!
『焼き払わなくていいからね!?』
『では数人、食せば暴動も収まるのでは』
『一人でも領民いなくなったら、契約切るからな!?』
『……むう』
緑竜のくせに人喰いとか!こえーよ!ベジタリアンじゃないのかよ!?
この国では赤竜は石を食べ、青竜は水を好み、緑竜は草食だと言われている。赤竜の血縁にあるサラマンダーは確かに石や炎を好んで食べるし、青竜は見たことはないが、おそらく海に住んでいると聞いた。これだけでかい緑竜が生きているというのは、肉食じゃあっという間に世界が食い尽くされてしまうだろうと理解してのことだった。
『絶対食べちゃダメだからな!?』
『わかった。だが、後で美味しい水を頼むぞ』
『水なら幾らでもくれてやる!』
さっきアルヴィーナが川の水、聖水に変えてたし。
◇◇◇
ゴッと風が荒れ狂い、鼻息荒く走り出していた領民の元に影が落ちた。後ろの方から悲鳴が聞こえ、徐々に悲鳴が大きく広がっていくのを聞いて、先頭にいた領民が何事かと振り返った。
先頭を切って駆け出していたのは鍛冶屋の男だ。ずんぐりした体格に、そろそろ老年に入る頃かと思われる白髪の混じった頭だが、その体はまだまだ若い者には劣らず、ガッチリした両腕は現役の職人と思わせるには十分だった。その手には大剣と盾を持ち、少し縮れた赤髭をたくわえている。その隣には金髪のすらりとした女性が弓を背に丸盾を持っている。尖った耳を持ち、緑の瞳とスッと通った鼻筋が美人だった面影を残しているものの、中年の女性らしくちょっと下半身がぽってりしており、走り慣れていないせいか息を切らしていた。
この世界には、純粋なエルフやドワーフ族は既に存在しないと思われるが、先祖が人間種ではない血も混じっている。時折先祖返りで、エルフやドワーフの血を色濃く残した人種も生まれていたから、特別騒がれることもなかった。この二人はドワーフ族の血を分けた者とエルフの血を分けた者だと見た目から理解できる。そして先頭にいることから、おそらく発言力も高いのだろう。皆がこの二人についてきている。
「あなた!上よ!」
エルフの血を引く女性の方が叫びながら頭上を指した。
十数メートルにも及ぶドラゴンの影に皆が目を丸くして足を止める。中には恐怖に体を縮こませるものや、叫びながら今きた道を戻るものもいた。
「ド、ドラゴン!?」
鍛冶屋の男も上を見上げて、後ろから迫り来る軍団に手を挙げて止まらせる。
「みんな、止まれ、止まれぇ!大地の主が現れた!!」
怒声をあげる鍛冶屋の男に皆が足を止め、息を潜めた。
ばさり、ばさりと空中で羽ばたいたシャムロックはゆっくりと地上に降り立った。土埃が立ち、皆が顔を背けたり手で顔を覆ったりする中、鍛冶屋の男は目を細め、シャクロックの顔を見ようと上を向いた。
『なるほど。土の民の生き残りがいたか』
『主様が山から出てくるとは、一体…』
シャムロックがニヤリと笑いながら羽を休め、エヴァンが飛び降りた。
「父ちゃん!母ちゃん!?」
「エ、エヴァンか!?」
◇◇◇
なんと、先頭を切って走っていたのは俺の生みの親だった。
そう、俺が5歳の頃、伯爵に金で売り飛ばした薄情な親である。とはいうものの、俺も弟妹のためになるならと了承したのではあるが。それに鍛冶屋にいるよりはいい生活をしていたのは確かだし、しばらく仕送りもしていたから縁が途切れたとか、仲が悪いとかいうこともない。
弟妹たちもすでに独り立ちをして、それぞれの家庭を持っているとも聞いた。流石に、俺が領主の養子になったこともあり、気軽に声をかけて話すほど近しい関係でもなかったが。
まさかそんな生みの親が、暴動を引き起こした主犯になっているとは思いもよらなかった。領主から金をもらって生活を立て直したはずなのに、恩を仇で売るとは。
「何してんだよ!領民をこんな危険な目に合わせて!」
「危険なものか!わしらの息子を国外追放などにしたのが悪いんだ!」
「その息子を金のために売ったのはどこのどいつだよ!」
「あの時は仕方なかったと言っただろう!お前の兄弟姉妹のためだ!だが今回は違う!話は色々噂で聞いた!お前はまるで石炭のような扱いを受けているではないか!許されたことではないぞ!」
鍛冶屋にとって石炭は、24時間休むことなく燃やし続けなければならない大事な火種だ。でなければ高温にするのに何時間もかかってしまい、仕事が立ち行かなるため、石炭のように働くということは休みなく使われるということで、まあ、つまり奴隷のようにこき使われていると揶揄される。
『おお、エヴァンよ。お主、土の民と森の民の合いの子だったのか。どうりで我と波長が合うと思ったわ』
「は?土の民と森の民って?」
割って入ってきたシャムロックの言葉にアルヴィーナが目を丸くする。
『ドワーフ族とエルフ族のことだ』
「えっ!?エヴァンって妖精だったの!?」
「違うっ」
妖精言うな!俺は人間だ!
確かに何十分の1か、何百分の1の割合でドワーフとエルフの血は混じっているが、断じて妖精ではない。その間に人間の血も混じっているし、もう色々ミックスなのだ。
たまたま容姿と魔力量は先祖返りなのか、他の俺の血筋よりも多く、体も頑丈で色々な能力が人間離れしているというだけの話だ。それを言うなら、アルヴィーナの方が歴史をたぐれば妖精とか聖女とか何かしら人間じゃない種族の血が混じっているのに違いない。俺に負けずとも劣らない能力を持っている。
『我の気を引いたのも、まんざら間違いではなかったと言うことか。納得、納得』
うんうんと頷くシャムロックだが、なんの事やらさっぱりだ。とにかく今はそれどころじゃない。領民はどうやらドラゴンが襲ってきたわけではないことに安心し、俺とアルヴィーナの姿を見て理性を取り戻しつつあったようだ。
「なんでぇ。エヴァン様、生きてるじゃねえか。誰だよ、エヴァン様が死んだって言ったのは」
「お嬢様も一緒だな。なんだ、国外追放とか、嘘だったのか?それともこれから逃げるのか?」
「誰だよ、早とちりしたの?考えてもみりゃ、この国からエヴァン様がいなくなったら国が回らねえだろ?そこまでバカな王じゃなかったって事だよ」
「エヴァン様が振られて自棄になったって聞いたからチャンスとか思ったのに」
あはは~、と笑いが起こりその笑いが後方にも伝わっていく。いやあ、死刑宣告も受けたし、国外追放は望んだことだけど。まあ、言ったらまた暴走するから黙っとこう。
なんか聞き捨てならないことをほざいたやつもいたが、概ね理解されたらしい。ほっと息をつく。
「あー、みんなにも聞いてもらいたい。王宮で瘴気が発生して、急激な速さで瘴気の森に変わって行っている。俺とアルヴィーナはこれからそれを対処しにいくから、みんなは王宮付近に来ないように!いいね?」
「えっ?エヴァン、お前本当に瘴気の森に行くつもりなのか?」
すっかり毒気の抜かれた父ちゃんと母ちゃんが顔を見合わせた。
「ああ。一応、シンファエル殿下の側近というか、教育係みたいなの任されてたし。クビになったとはいえ、あれから瘴気が湧いて出てくるのはまあ、俺にも一端があるしね」
まあ、どっちかと言えばこのシャムロックのせいでもあるけど。いなかったら死んでたし。笑えない冗談だったからな。
チラリとシャムロックを見上げるが、おすわりの姿勢で首を傾げているシャムロックに罪の意識は全くない。
「あ、ああああの、お義父様、お義母様!わ、わたくしアルヴィーナと申しますわ!お兄様、いえ、エヴァンの義理の妹をさせていただいていますの!あっでも、もう兄弟じゃないんですわ!あの、ふふふふうふうふ、ふうふ」
アルヴィーナ吃りすぎ。怪しい笑いになってるよ。
「ああ、お嬢様、もちろん知ってますよ。いつも領地のために結界やら浄化やらありがとうございます」
「あの、あの、エヴァンとわたくし、実は今朝、けけけけけっけこっ、けっこ、」
「あーーっ!いたいた!エヴァン様、お嬢様ーーっ!」
言動不明のニワトリになり始めたアルヴィーナだったが、後方からの大声に遮られた。汗だくになったメリーとローリィだ。どうやらここまで走ってきたらしく、ヘロヘロになっていた。
「メリー、ローリィ?どうして転移使わないんだ?」
「わ、私の魔力には限りがあるんですっ!朝からどれだけ探したと思って……ってドラゴンーー!?」
ああ、また騒々しいのが来た。そういえば、サリーが王城に駆けつけたと言ってたんだった。
「アルヴィーナ、サリーが王宮にいる。急ぐぞ」
「わ、わかった。お義父様、お義母様、また後でご挨拶に参ります。みなさん、領地は頼みましたよ!」
「わかったよー、アルヴィーナ様!エヴァン様!パパっと浄化してきてくださいね!」
「ハイっ!」
「メリー、ローリィ!こっちには
「ええ~~!私も戦いたいですぅ!」
「ローリィ!領民においたをする奴がいたらそいつらは警備隊に、怪我をした人たちには治療を頼む。俺が帰ってくるまでだ!ちゃんとできたら、今度魔獣狩りに連れて行ってやるから」
「ほんとですか!?約束ですよ!魔獣狩り!!」
戦闘狂気味のローリィが大好きな魔獣狩り。大袈裟な魔法を使うのと血みどろになるのとで、あまり頻繁にはやらせないのだが、たまには鬱憤を晴らさせないと闇魔法を使うからな、こいつ。なんで治癒魔法を使える奴ってみんな、闇魔法も使えるんだろう。不思議。
ちょっとげっそりしたメリーを肩に担ぎ上げて、ローリィは領民を指揮し始めた。警備隊の連中はローリィのことをよく知っているから大丈夫だと思う。
「おい、エヴァン」
アルヴィーナがもの言いたげに振り返りながらもシャムロックに跨ったのを確認すると、父ちゃんと母ちゃんがこそっと話しかけた。
「お前、お嬢様に手ェ出したのか?」
「だ、出してねえよ」
「でもよ、お父様、お母様って呼ばれたぞ?嫁になるのか?」
「……あー。うん、まあ。それについては、また後で。ちょっと王様と話もあるし、それも詰めてくるわ」
「そうか。つまりそう言うことなんだな?」
「ま、まあ…。でも迷惑はかけないから」
「いや、そう言うことじゃないんだが、まあ、楽しみにしてる。無事に戻ってこい」
「ああ。わかった」
俺はシャムロックによじ登ると、王宮に飛ぶようにお願いをして領地を離れた。
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