第32話:危機的状況

「ねえ、エヴァン。このまま森に居着いてもいいんだけど、領地がなんか騒がしいのよね」


 ひょっとしたら追っ手が来ているのではないかと、嫌な予感がしてアルヴィーナが千里眼を発動させた。


 瘴気の森についてから数時間、俺は緑竜改めシャムロックとともに森の浄化に励んでいたが、何せ竜はでかい。あっという間に瘴気の森の隅々まで飛んで周り、容赦無く魔力を浄化のために吸い取られた。魔力はまだまだ大丈夫とはいえ、精神的にボロボロだ。


 これまではできるところを無理なく満遍なく、と浄化していたのにいきなり奴隷のように扱われてヘロヘロだ。


 俺、お前の主人だよね!?と尋ねたくなったのは無理もない。


 瘴気の森は以前とは打って変わって清浄になり、もしかしたら聖域と呼んでもいいのでは?と首を傾げるレベルなんだが。聖地化させるっての、冗談ではなかった感じ?


 その間、アルヴィーナには河川の浄化をお願いしていたが、森全体の浄化と河川の浄化では規模が違い、アルヴィーナは暇になってしまったらしい。そこでちょっと千里眼で周囲を確認してみようと思ったところで、領地から砂埃が舞い、多量の人員が移動しているのを見てとった。


 因みに川は聖水になってキラキラしている。

 これ、そのまま流しっぱなしでもいいのかな。下流の方で問題起こらないよね?


「なんかさ、暴動?集団移動みたいなことになってるんだけど、何かあったのかしら?」


 えぇ。俺結構疲れてんだけど、まだ問題あるわけ?何が起こったのさ。ああ、腹減ったなあ。


「集団移動って何だよ?親父様がまた無理難題を領民に押し付けて、みんな嫌気がさして逃げ出してる所?」

「あれ?ローリィとメリーがエヴァンのこと探してるみたい?」

「ん~?じゃあ、王宮から何か届いたかな?」


 国王の売り言葉に買い言葉で出て来たから、おそらく引き止めようと、魔道士か騎士の誰かが動いたんじゃないかな。でも行かないよ?アルヴィーナ(と俺)をこき使うばかりの王家がどうなろうと、別に知ったこっちゃないし。まあ、ごめんなさいって言うなら謝罪だけ聞かないでもないけど、アルヴィーナの嫁入りは絶対ありえない。誰にでも腰を振る王子の妻になんか、誰がするものか。


 かぶから人参どころか牛蒡ごぼうになったらどうしてくれるんだ。


「だから先に、婚姻届出すべきだったんだ」


 が、ひとまずメリーやローリィは大切な弟子だし、彼女らの意思も聞く予定だったので、念話のチャンネルを開いた。


 <おーい。メリー?どうした?>

 <エヴァン様、居たーーーー!!どこほっつき歩いてるんですかっ!?今どこです!?こっちはなんかエライコッチャになってるんですけど!?王様から書簡が届いて、姉様が王城で腐海を留めるって言って出て行って、ローリィがなんか余計なこと言って領民がパニクって暴動起こしちゃってるんですけど!?助けてくださいよーーーーっ!>


 ものすごい勢いで、なんかすごい状況中継が入ってきた。


「おい、アルヴィーナ。なんか色々エライコッチャになってるらしい」

「ちょっと辿ってみるわ」

『ああ、そういえば東の方角で新たな瘴気の森が現れたようだぞ?』

「なんだって?」


 シャムロックも当然のように千里眼?みたいなのを使っているようだ。ここから東って、王宮方面だよな。王子の奴、やっぱりまだ瘴気を飼ってたか。今度は何になったんだ?


『お?あれはあの時のゴブリンではないか』


 ゴブリン?って、まさか。


「シンファエル殿下のことか?」

『ああ、あの時の小蝿だ、汚らわしい塊の』

「殿下だな」

『ほう。あの薬玉がそう作用したか…』

「……薬玉…?待て待て。そう作用したかって、どう作用したんだ?」


 すっごく嫌な予感がする。あの緑色の薬玉を与えたから大丈夫だと思い込んでいたが、もしかして……逆?


「まさかと思うけど、あの薬玉、人体に有害とか言わないよね?」

『…どうだったかな。人に食わせたことはないからな』

「おい!?」

『死ぬか生きるかの瀬戸際だったじゃないか。生かせと言うから生かしただけだ。じゃなかったらアレは今頃沼の藻屑だっただろう?』

「それはそうだけど!危険なものなら一言そう言ってもらいたかった!」


 だからといって何かができたわけじゃないが、少なくとも心構えができたはずだ。


『だいたいあの薬玉は、不浄なものを祓う力があるのだ。どう作用するかはそのものによって変わる。よって結果は我にもわからんのだ』


 不浄なものを祓うって…。聖水みたいな役割なのか。不浄なものを祓うつもりで不浄なものを作り出すってどんなだ。

 あるいは、不浄なものばかり溜め込んでるから、それを祓うために体外に瘴気を放出し続けてる?王子そのものが不浄ってこと?不浄なものでできた王子から、不浄を取り払ったら何が残るんだ?生き霊?


 うわぁ、考えると怖い!


「アルヴィーナ!城の様子を探ってくれないか?」


 急ぎでアルヴィーナにそう頼みながら、俺はメリーと念話をつなげた。


 <今アルヴィーナに城の方を探って貰ってる。領地はどうなってる?>

 <みんな怒ってますよう!王宮に殴り込む気満々です!>

 <なんでそんなに怒ってるんだ!?昨日まで普通だっただろう!>


「エヴァン!王宮に瘴気が溢れてる!魔導士団と騎士団が色々抑えてるみたいだけど、繁殖のスピードが尋常じゃないわ。森ができ始めてる!湧いて出てるのは魔獣じゃなくて、魔虫とか植物系の魔物ばかりみたい!あと、小さい魔物。ゴブリン?大量のゴブリンが!助けないと!」


 ゴブリン?なんでゴブリンが…。まさか王子と絡んでないだろうな?


「チッ、面倒くさいことを…!転移でいくと瘴気のど真ん中に出るかも知れないな。どの辺まで瘴気が迫ってる?」

「待って、えっと。瘴気が湧いて出てるのが北の塔で一番濃いのがそこ。王子は、……あれ?王子は王子宮にいるみたいだけど…寝てる?まさか、死んでる?」

「はあ!?」


 原因が王子じゃない?北の塔と言ったら牢のあるアレか。ということはセレナ嬢…。


「なあ、王子とセレナ嬢むつみあったって言ったよな」

「うん。私もそれ考えた」

「まさか、セレナ嬢に瘴気を…」


 あいつ、感染させたのか!


 <メリー!俺とアルヴィーナが城に行くから、お前たちは伯爵邸に帰って待ってろ>

 <だめですよ!私も行きます!姉様が城に向かったんです!瘴気を留めるからエヴァン様を呼んでこいってアキレスに乗って行っちゃいました!それに領民も城に向かってるんです!止めないと!>


 チッ。サリーの奴、正義感ばかりは強いからな。仕方ない。


「アルヴィーナ!まずは領民を止める。シャムロック!頼む、領民たちを抑えたいんだ。俺たちを背にのせて飛べるか!?」

『我になんの得があると言うんだ?』

「うぐぐ。もう一つ好きな場所を浄化してやる!これでどうだ!?」

『ふむ。仕方がないな。その場所も我のものになるんだな?』


 そんな勝手なこと、できるわけないだろうが!俺はただの……待てよ。国王に恩を売りつけてやろう。言うことを聞かなかったら、瘴気の浄化はしないと脅せばなんとかなるかも?王でいたいのなら、暴動を抑えて瘴気を浄化する、一個ぐらい土地を分けてくれても問題はないだろう。どうせシャムロックが欲しいのは森だ。王宮が欲しいとかいうわけでもないし、宰相もいない今ならちょっとくらいの無理は通りそうだし。いざとなったら、シャムロックの餌にしてやると言えば……。


「大丈夫だ!急ぐぞ!」


 もう知らね。一か八かだ。このまま領民たちを城に向かわせたら、被害はますます大きくなってしまう。流石に領民たちが魔人になるのは避けたいし。歩いて行ったら、1日じゃ城までつかねぇかも知れないけどうちの領民、体力だけはやたらあるからな。せっかく手塩にかけた領地なんだ。領民を失う訳にはいかない。


『約束したぞ。ならば乗れ。だが我は飛ぶだけだぞ?』

「わかってる。それで十分だ。黙って飛んでくれた方が良い』


 アルヴィーナは「えっドラゴンに乗るの?」とウキウキ顔だ。こいつ昔っから高い所好きだったしな。いそいそとドレスの裾を捲し上げてドラゴンの背によじ登った。ドレスでそれができる義妹が恐ろしいよ。


 <メリー!王宮に瘴気が湧いて出た!領民たちを引き止めてくれ!誰も近づくなと!>

 <できるだけ阻止しますけど、みんな怒り心頭なんで聞いてくれないんですよ!早くこっちきてください!>


 のんびり構えている暇はなく、俺もシャムロックによじ登り、その背の棘突起スパイナルソーンの間に腰を下ろした。手綱があるわけでもないから、落ちたらと思うとゾッとするが仕方がない。アルヴィーナは比較的滑らかで細身の首元に跨り抱きついている。大丈夫か。あんなので。


 まあ、アルヴィーナだからな。あいつ、空飛べるし。


 そう、アルヴィーナは何度かワイバーンに振り落とされたことがあり、ある日モモンガのように飛ぶことを覚えた。ある程度の高さがないと飛べないが、リンゴの木から落ちた時も、優雅に地面に降り立っていたし、もしかすると子供の頃から飛べたのかも知れない。


 あいつの魔法はよくわからない時がある。魔法なのかスキルなのかも分からないし。

 あまり深く考えたらいけないのかも知れない。アルヴィーナだしな。


『では、行くぞ』


 ばさりと翼が広がり、いきなり急上昇した。ほんの一振りか二振りで森の上空に出て、領地の街が視界に入った。まるでパレードのように人が街道を歩いていく。中には馬に乗り、牛に乗り、訓練場の方からワイバーンの群れも目に入ってきた。思っていたより大群になっている。暴動を起こすほど苦労はさせていなかったはずだが、なぜだ。


 <メリー、今から領民の鎮圧に向かう。メリーとローリィは理由を探してくれ。何が理由で暴動を起こした?理由がわかれば妥協案も出せるから調べてくれないか>

 <理由!?理由なんて一つしかありませんよ!国王陛下とバカ王子がエヴァン様とアルヴィーナ様を国外追放したと思ってるからです!エヴァン様を王に、アルヴィーナ様を王妃に、と叫んでますぅ!!>

「はあ!?」


 思わず顎が落ちるところだった。


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