第25話:目覚めと聞きたくなかった真実
口元から紫煙の溢れるアルヴィーナが近づいてきた。
もちろん、俺はこんなチンケな闇魔法に引っかかるほど間抜けではない。
ーーとか言いつつ、結構危なかったけど。
ギリギリのところでピアスにつけた防御魔法が発動した。
闇魔法を使うやつは実は結構多い。商売人には特に、軽い暗示魔法や魅了の力を持っている奴がいて、本人も気づいていないことがある。大体商売上手な悪どい商人なんかはこれを持っているから、騙されない様にピアスに魔法無効の防御石を埋め込んであるのだ。アルヴィーナの部屋だからと油断した。催眠魔法は滅多にお目にかかれないが、この魔力を辿れば誰のものかはハッキリする。
魔力紋というのは指紋と一緒で一人ずつ違う。それを逆行して突き止めるのは難しいが、無理ではない。特にアルヴィーナほどの魔力を持った人間の隙をついて乗っ取りを試みるような命知らずな奴はそうそういないはずだ。でなければ返り討ちに遭い、アルヴィーナの聖魔法で大打撃を負うから。下手をすれば命を奪われる。
もちろん、偶然ということもあり得るが(その場合追跡難度が跳ね上がる)、そうでない場合はアルヴィーナが魔力暴走で意識喪失を知っている者で、よほど腹に抱えるものがある人物ということになる。だとしたら、追跡の範囲はかなり狭まることになる。つまり王城内の誰か。可能性として一番高いのはセレナ嬢だが、動機がわからない。俺はそのチャンスを待った。
幸い、アルヴィーナが俺に触れてくれたおかげで、魔力を辿れる。紫色の闇魔法を手繰り寄せ、追跡を開始ーー
「フッザケんじゃないわよーーー!!!」
ーーしようとしたところで、アルヴィーナが耳元で叫び、立ち上がりがてら横っ面を思いっきり蹴り上げられた。
「グフゥッ!?」
アルヴィーナが張り倒した反動で、俺は床を転がりベッドの足で後頭部をしこたま打ちつけ、一瞬本気で意識が飛びかけた。
そしてなにを思ったのか、立ち上がったアルヴィーナが顔を真っ赤にして自身の頬に張り手を食らわし、自分を吹っ飛ばした。
「はぅあっ!?」
俺は目を丸くして、頭をさすりながら反対側に吹っ飛んだアルヴィーナを見ると、豆鉄砲を喰ったような顔のアルヴィーナと視線が合う。
「エヴァン!?」
「アルヴィーナ!?」
「エヴァン様!?」
「お嬢様っ!?」
「ご飯っ!?」
テーブルに突っ伏していたサリーとメリーが飛び起き、床に転がっていたローリィもがばっと目覚め寝ぼけた事を言い、片頬を抑える俺とアルヴィーナを凝視した。紫煙は綺麗さっぱり霧散し、追跡は不発。
だが。
「エヴァン!?」
「アルヴィーナ!?」
「「「お嬢様っ!?」」」
同じセリフを繰り返し、四つん這いのまま、お互いに擦り寄った。
「アル、か?」
「わたくしよ!」
「お嬢様!」
「サリー!」
「お嬢様!」
「メリー!」
「お嬢様!」
「ローリィ!」
「「「なぜご自身に平手打ちをっ!?」」」
おお。息あってんなあ、3人とも。
「あの
ん?今、聞き捨てならん言葉が。
「あの男?」
俺がそう聞き返すと、アルヴィーナはブルブルっと体を震わせ両腕を擦り回した。
「きもっ!まじ、キモい!
………は?
「ま、待て待て待て!猿男って、まさかの王子!?」
「そうよ!どうやって闇魔法なんか覚えたのかしら?ボンクラのくせに!」
「え?あの、女っぽいお嬢様の正体が、」
「クソ王子…?」
「蛇女みたいな、あの動きが、クソ王子…だったと?」
「わ、私ちょっと、吐き気が……っ!」
サリーが駆け出して部屋を出て行った。どうでもいいけど、「クソ王子」ですでに定着してるの?
「わ、わたしは湯浴みの準備をっ!」
「薬草茶をいれてきますっ!!」
メリーとローリィも駆け出していった。
「お、俺、
「王子の奴、幽体離脱してエヴァンに会いに来たのよ。そこで私の体に取り憑いたの。私が気付くのが遅すぎて、ああ!気持ち悪い!」
アルヴィーナが両腕をさすり身震いをした。まあ、わからないでもない。
「昼間っから幽体離脱…?」
「執念だわ!私に嫉妬して、エヴァンを手に入れたかったんだと思うの。たまたま私の体に乗り移ったからあんな事になったけど」
「嫉妬」
「闇魔法に包まれていたけど、あの感情は王子のものだった。追い出すときに聖魔法を使ってやったから押し戻されたはずだけど、無事じゃ済まないかもね。闇魔法なんて正反対の魔力だもの」
「闇魔法といえば…」
俺とアルヴィーナは顔を見合わす。
「「フィンデックス侯爵令嬢」」
「……」
「……」
嫌な予感がする。まさかと思うが、あの
アルヴィーナが目覚めたと聞いて、修練場にほったらかしにしてきてしまった。城の中でまで醜態は晒さないだろうと思ったし、騎士も魔導士もいるから大丈夫だろうと踏んでのことだった。宰相にも伝言は残したし、なんなら従者だって近くにいたはずだ。スカイも謹慎中だから、ワイバーンに乗ってお出かけなんてこともできなかっただろうし…。
いや、それよりもだ。
「あー…アルヴィーナ、その」
「私も行く」
俺が口を開く前に、アルヴィーナが俺に抱きついて顔を胸に埋めてきた。さっきは不意打ちで張り倒されたが、今度はちゃんと受け止めた。
「えっと…。ちゃんと聞こえてた、よな?」
「……うん」
「……そっか」
かなり恥ずかしい。必死だったというのもあるし、いつ地縛霊になるか気が気じゃなかったし。
「すごいドキドキしてる」
うわ。心臓の音聞かれてるし!
「あー、うん。まあ、な。それで、その…まずは、お帰り」
「……ただいま」
「心配した」
「うん、ごめん」
「いや。こっちこそ悪かった。その、全然気がつかなくて、というか、無視して、でもほら、俺、十も上のおっさんだし」
「おっさんでもいい」
「平民だし」
「関係ない」
「えっと、一応戸籍上は、兄だし?」
「養子縁組解消したんでしょ?私、エヴァン好みに仕上げられたし?責任とってよね?」
「あー……」
「今更嘘でした、なんて言わないよね?」
「…言わない」
「……愛してる?」
はあ。たまんね。なにこの甘酸っぱいの。
「アルヴィーナこそ、いいの?」
「エヴァンじゃなきゃダメ。エヴァンがいいの」
くっ。くっそ可愛すぎだろ。
顔隠してるけど、耳まで真っ赤にして。
ネグリジェで抱き付かれてるとか。
胸当たってるんだけど。結構でかいし。ボヨンボヨン。
うわー……。何、この試練。
ちょっとだけ抱きしめてもいい?いいよね?
「アル…。俺の、アルヴィーナ…」
ああ、だめだ。柔らかい。キュッと抱きしめたら「ふきゅっ」とか言ってるし。嫌がってない、よな?
抱擁とかデコチューくらい兄妹としてならいつでもしてたのに、なんで今頃になって意識するかな。鼻血でそう。
キスか。キス、いいかな。いいよな?ほっぺくらいなら、いつもしてるし、大丈夫かな。唇とか、いきなりはダメ、だよな。でも、デコチューとか日常だった気がする。俺、なんであんなに仏の心境だったんだ?
髪に触れて、両手で頬を包んで、上を向かせて。ああ、真っ赤っかだよ、アルヴィーナ。だめだ。やっぱ唇もらってもいいかな。キスだけで止めれるかな、俺。
体を離してちょっと覗き込もうと顔を傾けた時、視界の端に何かが映った。
横目でチラリと見ると、やっぱり。
「お前ら……っ。見るならもっと隠れて見ろよっ!チクショウ」
3人組が鼻血を垂らしながら、床に這いつくばって、キラキラした目でこちらの様子を伺っていた。
最低……。
ひとまず、ネグリジェ姿のアルヴィーナは目の毒なので、メイドたちに任せて湯浴みと殴られた傷の治療をかけ、俺は泣く泣く前のめりになって(なぜとは聞くな!)胃に優しい食事の支度をしに厨房へ行った。
◇◇◇
「で、シンファエル王子がアルの体を乗っ取ったっていうのは、マジか」
オートミールとキラービーの蜂蜜を合わせたポリッジに、アルヴィーナの好きなアップルソースを加えたものを持っていくとあっという間に平げ、貯蔵してあったキャベツのスープとパンナコッタを食べてようやく落ち着いたらしい。相変わらず甘いものが好きだ。
ついでにサリーたちも隣に座って同じ食事をしている。お前ら、メイドとしての立場わかってるか……?
「乗っ取ったというか、王子とエヴァン、魔力で繋がってるでしょう?」
「…あー。結界魔法かけっぱなしだったな、そういえば。筋トレの最中だったし」
「
「誰かに襲われた、とか?」
「襲ったの間違いかもよ?」
「侯爵令嬢が怪しいですよね〜」
「何かして気を失った可能性が高いわね」
「チッ。ひょっとしてまた魔獣化してるかな」
「魔獣化?」
ああ、そうか。アルヴィーナは意識不明だったから知らないんだった。
「ああ。瘴気の森でかなり悪質なの拾ってきたみたいでさ。緑竜の薬玉で治ったかと思ったんだけど、あれ以来、毎日なにかしら体から生えてきててな」
「……もう、魔獣として討伐した方が良くない?」
「一応王子だからね?」
「めんどくさいわね…。じゃあ、そのせいで魂が追い出されたって感じ?」
「今朝は身体中苔むしてた。その前は蚕になって繭の中で永眠しそうになってたし、その前は背中からコウモリの羽が生えてたな」
「……魔菌の温床?」
「明日の朝イチで確認行ってみるよ」
「私も行こうか?」
「あぁ。宰相が心配してたから、その方が良いな。体調は大丈夫そうか?」
「一週間も寝たから、魔力も十分補充できたし、聖魔法で浄化したから大丈夫だと思う」
「そうか。まあ無理しないなら一緒に行こうか」
「そうね。ハッキリさせるためにもそうしよう」
「……本当にいいのか?」
「くどいよ、エヴァン。たとえこの国が滅びると言われても、アレと結婚なんてイヤ。勝手に滅びて」
ま、そうだよな。
ただ、王族との魔法契約も解消しなくちゃいけないんだよな。どうしたものか。
「明日城に行ったら、すでに腐海になってたりしてな」
「あり得る」
それで全滅してたら一気に解決するんだけど。
それが笑えない冗談だったとはこの時の俺は、思いもしなかった。
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