第26話:国王の召喚
「エヴァーーーン!!貴様、なにをしたっ!?」
朝食を終えて、そろそろ王宮に行こうかと思った矢先、親父様が突撃してきた。ここ数日、例のミスリル鉱山持ちの大富豪とどこかに出掛けていたから、戻ってきているとは思わなかった。
「親父様、おはようございます。アルヴィーナの意識が戻りました」
「それどころじゃない!」
えー。自分の娘で王妃候補なのにその扱いか。一週間も意識が戻らなかったの知ってるよなぁ?隣でしらっとして佇むアルヴィーナは、胡散臭そうな目で父親を見ていた。ま、当然といえば当然だわな。
「私も早く縁切りしたいな」
ぼそっとつぶやくアルヴィーナを小突き、俺は笑顔で親父様に対応した。
俺たちは昨夜のうちに婚姻届にサインをした。まだ誰にも言ってないが、今日城に行った後で教会に届け出をして速攻で森に籠るつもりである。その際にサリーたちメイドには告げる事になるが、あいつらのことだからきっとついてくるだろう。暫くは野宿になりかねないので、このままここで待機してもらう事になるかもしれないけど。
「なんですか、朝っぱらから。ドラゴンでも攻めてきましたか?」
「ドラゴン如きでこれほど慌てるか!陛下から直々召喚状が届いたわ!お前宛だ!一体なにをやらかした!?」
竜より陛下の方が怖いのか。
「陛下からですか。特に覚えはありませんが…」
宰相からじゃなくて、いきなり国王から?え、マジで?俺、謁見したことないんだよね、王様。影薄いからなあ、あの御仁。いつも宰相の方が出張っているから作り物の王様なのかと思ってたけど、やっぱりいたのね。
となると、昨日の王子の幽体離脱のことかな。もしや本気で王宮腐海に沈んだか?だったら話は早いんだけどな。とっとと浄化して恩を売ってお役御免にならないかな。あ、じゃなかったらそのまま腐海に沈めといて、逃げるか。それとも、とうとう王子が魔獣になったとか?王宮なら、騎士団も魔導士団もいるんだから、なんとかなるだろ?まさか、浄化されて消滅したとか?
「だから目立つなと、あれ程言い聞かせたのにっ!
無茶苦茶いうなあ。そうか、学生の頃の目立つなっていうのは金絡みだったのか。ヴァンのおっさん、相当やらかしたんだなぁ。まあ、伯爵毛が潰れるスレスレだったっていうから相当だったんだろうな。親父様のトラウマになってるみたいだし。
「問題があるんなら速やかに対処しろ!例の大富豪のお嬢さんが明日お前に会いにくるからな!それまでに容姿も整えておけよ」
あっ、親父様!それはアルヴィーナの前で言っちゃダメなやつ!
隣から冷ややかな冷気が漂ってきた。俺はごくりと喉を鳴らす。昨夜の失態に続き今朝のこれは…っ。
「大富豪のお嬢さん?」
「そうだ!喜べアルヴィーナよ。お前の義兄がいつまでも独り身でいるから、よくない噂が立つ前にわしが直々嫁を用意したのだ。お前は心置きなく王家へ行って、さっさとわしらの塔城禁止令を解消して来い。王族にものが売れんでは、今後の商売にも影響してくるのだ。わかったらお前もさっさと王宮に行き、媚を売ってくるがいい」
やばいな、すっかり忘れてた。アルヴィーナに気づかれる前に片付けておこうと思ったのに。色々ありすぎてすっかり頭から抜け落ちてたわー。
「お父様。わたくしのよくない噂というものは、どこのどいつが流しているものでしょうか?」
ああっ、アルヴィーナが令嬢モードに入った!言葉遣いが怖い!ヤバい。3人のメイドたちはすでに隠密モードに入って気配を消している。
「い、いや。まだ噂は立っておらんが、お前が嫁入りを嫌がる素振りを見せるからだな。周りがうるさくてわしの商売に影響が、」
「お父様の商売ですか。わたくしが、これほど伯爵家に有利になるようにことを進めていても、こうるさい小蝿が、周りに群がっているということですのね?わたくし名義の商会がいくつあるかご存知でしょうか、お父様?その全てを敵に回しても飛び回る小蝿でしたら、わたくしが自ら潰して差し上げても宜しくてよ?それで?お兄様の縁談というのは、わたくしの耳に入っておりませんが、一体どこのアバズレをお兄様に当てがおうなどと考えているのでしょうか?何せ次期王妃の兄になる方の嫁ですもの、わたくしもしっかり吟味させていただきたいと思いますわ。さあ、どちらのお嬢様でいらっしゃいますの?教えてくださいな。下手な爵位の方ではございませんわよね?ああ、この国にわたくしのお兄様に懸想しようなどという命知らずなご令嬢は居ませんわねえ。よもや敵国だったり、帝国に目もかけられないような国の方ではありませんわよねえ、お父様?どこぞの鉱山王なんて裏で名を挙げているような犯罪者の親玉の引取先のない売れ残りのお嬢様ではないですわよねえ?それこそ国外追放でも望んでいるのなら別ですけれども、まさか犯罪に手を貸しているなどと言いませんわよね。わたくしの婚約もお父様の立場も以前とは段違いにまずい事になるとご存知ですものねえ、お父様?」
「い、いや、その」
どこまで知っているのか、ひどく滑らかな口調で恐ろしく冷酷な視線を実の父親に向けるアルヴィーナに、流石の親父様もタジタジになった。
令嬢モードのアルヴィーナを敵に回したら、たとえ公爵家でもこの国では生きていけないと知らないのだろうか。奥様ですら、アルヴィーナは居ないものとして捉えつつも、動向は伺いながら絶対回避を続けているというのに。
というか、俺の縁談も実は手のひらコロコロだったような発言があったような…?
「あー、アルヴィーナ。この件については気にするな。さあ、王宮へいざゆかん」
「お兄様?お兄様と大富豪のお嬢様の間に、いつの間にそんなお話が上がったのかしら?わたくしが知らない内に何やら纏まりつつあるのでしょうか?」
「い、いやいや、そんな話は全くないよ?ねえ、親父様?」
「う、うむ。いや、その…」
ここは誤魔化すところでしょう、親父様!?
「
「じゃ、親父様!俺とアルヴィーナは王宮へ参上しますんで、後はヨロシク!」
俺はアルヴィーナの腰を抱き、転移魔法を使った。
◇◇◇
「どういうことよ!エヴァン!どこの女と会う約束なの?またあのクソ親父が無理難題を押し付けたのね!?今度は何!?どこぞの大富豪のお嬢様って、お見合いの話なの?何度潰せばわかるのかしら、あの狸は」
「こらこら。ここはもう王宮なんだから、淑女のマナー忘れるなよ」
はっと我に返ったアルヴィーナは、瞬時にして淑女の仮面を被った。うん、いつ見ても完璧だ。何度も潰してたんだね?アルヴィーナ。俺の知らないところで何してんの。
「わたくしというものがありながら、どういうことですの、お兄様?何処の馬の骨ともわからない女と
「いや、君まだ一応殿下の婚約者……」
「では、とっとと
にっこり女王のように微笑んだアルヴィーナは扇子を広げ、大股で国王の執務室へと向かっていった。その姿さえも様になってるけど、怖い。
「アルヴィーナが国王陛下に謁見を求めます。案内なさい」
突然現れた俺たちに一瞬警戒をしたものの、騎士や侍従はアルヴィーナの姿を確認するとパッと顔を赤らめ、アルヴィーナと俺を恭しく先導した。
すでに王宮を手中に収めてる感じがするのは俺だけだろうか。
俺、もしかして、すでに尻に敷かれてる感じ?あれ?いつの間に?
「あの、アルヴィーナ様。ご病気だとお伺いしていましたがもうお加減は宜しいので?」
先導していた官吏の一人がチラチラと振り返りながら、アルヴィーナの機嫌取りをした。まあ、黒いオーラを醸し出してるからね。仕方ないけど。あ、それともこいつ、アルヴィーナのファンかな?顔を覚えておこう。
「ええ、ご心配おかけしましたね。もうすっかり全快しましたの。今なら騎士団の皆様と鍛錬もできますわ」
「そ、そうですか。それはよかった。それで本日は」
「陛下直々にお兄様に勅令が届きましたのよ。わたくしも長く休んでいましたから、ご挨拶をと思いまして」
「ああ…。エヴァン殿、あのシンファエル殿下のことだと思うのですが」
「ああ、うん。多分そうかなと思ってました。とうとう魔物になりましたか?」
「は?い、いえ。魔物には…まだ、なっていないかと、思いますが…。僕は下っ端なのでよくわからないんですけど」
まだなってない、ということは、なりつつあるということなのか?こんなのんびりしてて大丈夫かな?とりあえず、この辺に瘴気は感じられないけど、アルヴィーナの千里眼なら何かわかるか。
チラリとアルヴィーナを見ると、心得たとばかりに頷かれた。
「昨日、エヴァン殿がお帰りになった後…」
「おい!余計な話をするな!」
「はっはい!すみません」
護衛としてついてきた騎士が後ろから遮って、官吏を黙らせた。つまり国王から直々に話が下るということだろうか。宰相はどうしたんだろう。というか、なんか閑散としていないか?いつものような賑やかさが足りない気がするんだが。
閑散とした通路を歩き、俺たちは謁見の間ではなく、王の執務室まで通された。ふむ。やっぱりシンファエル王子絡みだな。誰にも聞かれたくないってことだろう。ああ、やだなぁ。胃がいたい。今度は何やらかしたのかな。
大体俺、国王とか偉い人に会えるような存在じゃないはずなんだよ、本来なら。平民だったんだぜ?まあ、20年くらい前の話とはいえ。伯爵家の養子だって言っても、やってることは雇われ代官と変わんないし。おっかしいなあ。平凡よりちょっと上を狙ってたはずなのに、どうしてこうなったんだろう。
「エヴァン殿とアルヴィーナ嬢がお見えです。入室の許可を」
国王の執務室の前に控える騎士に官吏がそう伝えると、中からドアが開いた。
「ようやく来たか!入れ!」
国王ががなり立て、激オコなのがわかった。
俺がゴクリと喉を鳴らし、失礼しますと部屋に入ると、アルヴィーナも後ろに続く。そして目の前には目に涙を溜めた王様が顔を真っ赤にして、俺たちを睨みつけていた。
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