第24話:潜んだ闇は

『エヴァンお兄様はわたくしのものよ!渡さないわ!わたくしのものよ!』




 アルヴィーナの体に入り込んだやつがいる?誰だ?


 俺たちが瘴気の森に入ってから、伯爵領に戻ってくる間に?いや、それはない。だって俺は転移魔法を使って戻ってきた。じゃあ、館に帰って来てから?


 結界を解いて、アルヴィーナの部屋の扉を開けると同時に3人のメイドが転がり込んできた。こいつら、扉に耳を押し付けてたな。防音結界張っておいてよかった。


「こら」

「ひゃわわあぁっ!すみません、エヴァン様〜!メリーが気になって仕方ないっていうから」

「わっわたしのせいにしないでよっ!元はと言えばローリィが!」


「ああもう、そういうの良いから。それより、俺とアルヴィーナが帰って来てから誰かこの部屋に入れた?」

「え?い、いえ。誰も入れておりません。私たちの誰かはずっとこの部屋にいましたし」

「そう…。それじゃ、アルヴィーナが寝てる間におかしな動きとかあった?寝言でも良いんだけど?」

「いいえ。死んだように寝ていらっしゃったので、気にかけてはいたのですが、寝言どころか身動き一つとっていませんわ」

「というか、エヴァン様!?なんでお嬢様、また白目剥いて倒れているんですか!?」


 ローリィが大慌てでアルヴィーナに洗浄魔法を唱えた。




 ◇◇◇




?そう言ったんですか?」

「なんてことでしょう!どこのどいつがお嬢様を呼び捨てに!」

「詰るのソコじゃないしぃ」

「うん。でも、心当たりもないんだよね」

「え。どこぞで落とした女性に恨まれてるわけじゃ…」

「落としてないからね?お前ら、俺のことなんだと思ってんの?」

「歩くまたたび?」

「顔面凶器?」

「ハエ取り紙?」


 随分じゃねーか、おい!?


「だってエヴァン様ですよ?知らないうちに撃ち落としてるって考えられません?」

「魔物と間違えて殺しちゃったとか?」

「人と魔物の違いくらいわかるし!?殺人じゃないか、それ!」

「いやあ、囲まれちゃうとわかりませんよ?中には妖怪っぽい御令嬢だっているかもしれないし?」

「妖怪っぽいって…。囲まれたこともねえよ!一体どこでそんな情報を」

「屋敷のメイドの中でもエヴァン様を狙ってる人多いんですよ?知らないんですか?」

「神出鬼没ですからねえ、エヴァン様」

「知らねーよ!」


 メイドに狙われるってなんだよ、それ!こえぇ!


 疑わしい目で俺を見てくる3人だが、知らんものは知らん!アルヴィーナ以外の女に興味もなかったし、特に馴れ合った覚えもない。仲がいいと言えるのなんて、せいぜい肉屋のおばちゃんくらいだ!オークが取れた時によく卸すから。そもそも、あのおばちゃんはアルヴィーナの大ファンだし。


「だとしたら、アルヴィーナ様に嫉妬している誰かでしょうか」

「王子絡みだとすれば、考えられるな」

「う〜ん。エヴァン様の隣にいつもアルヴィーナ様がいらっしゃるから妬ましく思ったのかしら。でも、乗り移るってことは、その人すでに死んでるってこと?」

「いや、生き霊ということも考えられるんじゃないです?」

「い、生き霊?なんか、魔獣より厄介になって来てない?」

「眠っている間に愛しのエヴァン様に会いに来て、空っぽのアルヴィーナ様を見つけて入り込んだとか」

「それ、幽体離脱より怖ぇし!愛憎以外、考えない!?」

「だって、『アルヴィーナなんかに渡さない』ってことはそれしかないでしょう?」

「…うっ」


 俺は額に手を置き天井を見上げた。


 確かにそうだ。俺の気が付かないところで何かしら恨みを買ったのかもしれない。いや、恨みというか、なんだ、えっと。恋情?慕情?みたいなやつか。でも学生の頃ならいざ知らず、最近はそういうことで呼び出されることも減った。バッサリ切ってるし、相手にしないからわからない。


「必要ないと思って覚えなかったけど、闇魔法も覚えておけばよかったな」

「闇魔法?これ、闇魔法の一種ですか?」

「わからん。でも闇魔法に乗っ取りとか入れ替えの禁忌魔法があるのは知ってる」

「……闇魔法といえば、フィンデックス侯爵家の十八番おはこですよね」

「「「っ!!」」」


 サリーの言葉に俺たちは目を剥いた。そういえば。セレナ嬢が闇魔法を使ったんじゃないかと噂になっていたっけ。王子がやらかしたとばかり考えていて、令嬢まで気に留めなかった。


「フィンデックス侯爵夫人。ハイベック伯爵家長男サリヴァン様の元婚約者だったってご存知ですか?」

「ええっ?いや、知らなかった」

「私の両親の話では、サリヴァン様はお顔が非常によろしかったそうで、有名なお方だったそうです。女好きなところがあったようで、当時は色々な女性を侍らせていたようですが」

「うわあ、最低…」


 やらかして廃嫡になったのは知ってる。隠れて領内の水道局の所長をさせてるのは秘密だが。名前も変えて、今はヴァン・ウォータークロスさんだ。それほど格好いいとも思わなかったけど、苦労してるからなあ。今では目つきは悪いし禿げてるし、スライムオタクだけど。そういえば親父様に似てるかな。主に体型が。でもおかげで誰にも気づかれていないという事なのか。それなら地下に隠す必要もあまりなかったかな。


「で、フィンデックス侯爵夫人は、そのサリヴァン様の婚約者になったことを自慢しまくっていたそうなんですが、結婚間近でマリアンとかいうどこぞの男爵令嬢にトンビに油揚げされたのだそうです」

「ああ〜、他の女に乗り換えたってやつ?それで廃嫡になったの?人生棒に振ったわぁ」

「両親も詳しいことはわからないんですけど、まあそのサリヴァン様が廃嫡になって、フィンデックス侯爵夫人はどこぞの子爵の3男を婿に貰ったそうなんです。ただその方があまり美麗な方ではなかったらしく、一子を儲けて以降お子様はいらっしゃらないそうです」

「ああ、なんか繋がった。それがボンクラのシモのお相手だった侯爵令嬢か」

「ですね」

「えっ、じゃあ、その侯爵令嬢様がアルヴィーナ様を乗っ取ったと?」

「そのセレナ様なんですが、ずっと魅了魔法や闇魔法の練習をしていたらしくて」

「どこでそんな情報手に入れるのさ、サリー?」

「ふふっ。メイドの横の繋がりを馬鹿にしてはいけませんよ?」


 悪い顔で笑うサリーを見て、やっぱり女って怖いと思う。


「だけど、それじゃアルヴィーナを乗っ取って俺をたらし込む理由にはならないぞ?欲しいのは王子だろ」

「…それもそうですね」

「でもでも!普通に考えて、あの猿王子とエヴァン様と比べたら、エヴァン様取りません?」


 3人は俺の顔を見て、それから頷いた。


「顔だけ見ればそうでしょうけど〜」

「おい、ローリィ」


 どういう意味だ。


「もし侯爵夫人がハイベック伯爵家を嫌っているんなら、その御令嬢がエヴァン様を選ぶことはないでしょうね」

「でもそのお母様は顔が全てだったわけでしょ〜?エヴァン様を絡め取ってフィンデックス家に取り入れたら」

「ちょっと待て。ここにいるのが、もしたとえセレナ嬢だったとしても、体はアルヴィーナだ。フィンデックス家とは関係ないじゃないか」

「あ、そっか」

「じゃあ、アルヴィーナ様と王子の仲の邪魔をして?あれ?でもそれもおかしいですよね?だってアルヴィーナ様も猿王子もお互い嫌いあってるのに。っていうか、ほとんど寝とった状態だったから、そのまま押せば自分が王子妃になっていたわけで」


 つまり。

 ここにいるのがフィンデックス侯爵令嬢である線は薄い、ということか。



 それから色々考えたが、やはりどれもしっくり来ない。未だ目を覚まさないアルヴィーナ(肉体)を見て俺はため息をついた。まるでおとなしくなってしまったアルヴィーナの魂を目を閉じて感じる。アキレスの背に乗っていた時のように、後ろから回された手の温もりを感じて俺は自分の腹に手を置いた。


「必ず元に戻してやるから、待ってろ」


 とはいえ、魂がどれほどの期間肉体から離れていられるのか。俺は奥歯を噛み締めた。


 誰一人としてアルヴィーナの部屋を出ていくつもりはなく、メリーが食事を部屋に運んできた。時間だけが確実に過ぎていき、なんの解決策もないまま日が沈む。


 俺はアルヴィーナ(肉体)を覗き込み、ちゃんと息をしているかを確かめる。大丈夫。まだ生きてる。


 どれほど魔力を持っていようと、どれほどの魔術を駆使しようとできないことはある。俺は聖魔法を使えないし、闇魔法も使えない。呪いも解けなければ、精神関与魔法も使えない。


 浄化魔法を使ってアルヴィーナに取り憑いたかもしれない瘴気を排除する。王子だって俺に気が付かない微量の瘴気を体内に囲っていた。そのせいでこの一週間、毎日のようにおかしな現象が起きていたのだ。アルヴィーナの魔力が暴走した時に何かを取り込んだ可能性もある。緑竜が何かをしたという可能性だって捨てきれないし。


 あの森と、緑竜と、王子と、アルヴィーナと俺。手がかりはこれだけだ。


 気がつくと、メイドの3人が眠りこけていた。一人はたったまま船を漕ぎ、後の二人はテーブルに突っ伏している。その違和感に俺は頭を捻った。


「なんだ?」


 次の瞬間、くらりと目眩がして何かの魔力関与がされたことに気がついた。しまった、と思った時には俺は膝から崩れ落ち、意識が暗転した。


 最後に考えたのは、アルヴィーナと闇魔法のことだった。



◇◇◇



 ふと、アルヴィーナが目を覚ます。むくりと起きあがると、あたりをぼんやり見渡した。


「エヴァンお兄様?」


 テーブルの方を見ると、メイドたちが眠っている。一人は床に座り込んでいる。


「エヴァン?」


 窓際に視線をよこすと、床に倒れ伏したエヴァンの姿があった。


 アルヴィーナはベッドからおり、静かに足音を立てないようにエヴァンに近づいた。窓から差し込む月の光がエヴァンの顔を照らす。


 キャラメルブロンドの髪は、月明かりの元では鈍い銀色に見える。横顔を覗き込むと、すらりとした鼻、長いクルンと巻いたまつ毛が視界に入った。額にかかった髪をそっと分けると額には小さな傷跡があった。アルヴィーナの知らない傷だ。いや、アルヴィーナは何も覚えていないのだから、当たり前だった。


 うつ伏せに倒れていたエヴァンをヨイショと起こす。床に座りエヴァンの頭を膝の上に置くとその端正な顔がよく見えた。耳たぶにはピアスの後。その一つには小さな石が埋め込まれている。なんとなく薄い唇を想像していたのが、実は形の良い肉厚の下唇をしていた。情の厚い人は唇も厚いと聞いたことがある。


「綺麗な顔」


 アルヴィーナはそっと顔の輪郭を指でなぞり、まぶたに触れ鼻筋をたどり、唇に触れた。


「この唇で愛の言葉を紡いで、誰かにキスをしたのかしら…?エヴァンを私にちょうだい?」


 妖艶に微笑んだアルヴィーナの口元から紫色の吐息が漏れる。


 そしてゆっくりエヴァンに顔を近づけた。


 

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