第22話:過去の過ち
尋問室をでたエリクソンは、疲れ果てた顔で執務室に戻っていった。
自分の恋愛結婚を押し通したエリクソンは、燃えるような激情を体験している。だが、たとえ16歳の少女の一途な恋心だったとしても、それでは仕方ないねと看過するわけにはいかなかった。
そもそも、弟に国王の地位を押し付けたのは自分の我儘だったのだ。
エリクソンは当時公爵家の嫡男で、可愛らしい現在の妻ターニアと大恋愛をしていた。ターニアは子爵家の次女で、身分が釣り合っていなかったのを色々な策略をねりに練って、ようやく手に入れたのだ。
それなのに、先代の王が隣国に戦争をけしかけた。
ザール国は山脈に挟まれ農作物が育ちにくい。しかも瘴気の森と呼ばれる場所がいくつかあり、常に魔獣に悩まされていたため、資源と平和を求め、国土を広げようとした。そこまで聞けば民を想う良い王だと想うかも知れないが、戦略は杜撰なもので猪突猛進の戦いを挑んだのだ。
しかし、隣国には帝国の息がかかっていた。それを知らず、ただ闇雲に押しかけた我が国はわずか数日で帝国の軍事力の前に陥落した。王族は全員絞首刑になり、帝国の属国へとなったものの、帝国にこの国は旨味を感じられず、国内で施政者を立てよと告げられた。
そこで我が公爵家が注目された。私がまだ10代だったせいもある。帝国の姫君と年齢が適合したせいもあり、父は私を押したのだ。私にはターニアという愛しい婚約者がいるというのに。
何年もかけて手に入れた愛すべき恋人を手放すのは、どうしても考えられなかった。なぜ今更、私が国のために犠牲にならなければならないのかと、恨言を吐いた。妻であるターニアは逃げようと言ってくれたが、私は奸計し弟を王座に押し上げた。
素直で人を騙すことも疑うこともしなかった弟バルタを煽てあげ、帝国の姫君カレンティエと引き合わせたのだ。私は持病を持っているという設定を立て、しかも子が出来ないかもしれないと医者もグルになり、帝国は弟を国王に引き上げたのだった。
うるさいことを言う父上には病気になってもらい、田舎に押し込め、共に帝国の属国となった隣国に伝手を使いこっそりターニアを送り込んだ。そこで貴族籍をもらい、隣国で隠すように生活をさせた。私は妻を隠すために宰相になり、子供が作れない設定を押し通した。隣国の女性と結婚はしたが、妻とは別居していると公に話した。
その時は、私が宰相になりお前を助けるからとバルタに言ったものの、まさか自分の弟がここまで間抜けだとは思いもしなかったのだ。公爵家の次男だと言うのに帝王学も知らなければ、魔力もなく、剣も使えず経営学すら学んでいなかった。一体これまで何を学んでいたのか。
しかし幸い帝国の姫カレンティエは気が強く、それなりの頭脳も持ち合わせていたため、国王は飾りでも問題ないと考え、実質の女王としてこの国に君臨した。その方が帝国にとっても都合が良かったのかもしれない。特に否やも上がらなかった。
その影響力のおかげか友好国に囲まれ平和を満喫しているザール国だが、その実は帝国の傀儡だ。だからこそボンクラな王でもなんとか凌いできた。王妃の采配もあり、戦後この国は瞬く間に発展していったが、敵国の侵入を阻むほど防衛に徹してもいなかったのも確かだったのだ。
そんな時に起きたのが、高位貴族の婚約破棄事件だった。
高位貴族子息が次々と篭絡され、国家機密が敵国へ渡っていった事件は、未だ記憶に浅い。その中心になったのがマリアンという僅か16歳の少女。今のアルヴィーナ嬢やセレナ嬢と同じ歳でありながら、次々と貴族子息を食い物にしていき、我が国の情報を手に入れた。
その被害の筆頭になったのが侯爵令嬢ライラとハイベック伯爵家のサリヴァンだった。
サリヴァンは男の私から見ても色気のある男だった。令嬢のみならず、夫人や平民にも人気があったのだ。
だが、サリヴァンは顔は良かったけれども頭は少し軽かったと見える。侯爵家と伯爵家の合同事業の支度金に手をつけマリアンに宝石を買い与え、その事業についても詳しく話し、契約書まで与えてしまった。幸か不幸か集団婚約破棄事件が大騒ぎになり、国外脱出寸前のマリアンも捕まったのがせめてもの救いだった。
その後については、誰もが知っているだろう。
突如現れたアルヴィーナ嬢は、兄であるサリヴァンによく似ている。顔だけかと思いきや、中身も伴っていたから非の打ち所がなかった。そして、その後ろに影のように立っていたのが平民上がりのエヴァンだった。ハイベック伯爵が養子を取ったことは把握していたが、平民だと聞いていたためあまり注目はしていなかったのだが、どうやら伯爵領が盛り返したのは彼のおかげだったようだ。
ザール国の4大公爵のうちの一つ、バベル公爵の娘がエヴァンと同期だった為、その頃の話も調べた。そこで恐るべきことに、彼が奨学金制度を使って這い上がった平民であるにもかかわらず、その当時でもありえないほどの魔力と頭脳を持っていたのだ。本人は目立たないようにと、ひたすら姿を潜めていたのだが、公爵令嬢や周囲の高位貴族から見ればかなりの異分子に映った事だろう。まるで手加減をするかのように周囲に探りを入れ、常に上位5位の位置を狙っていたらしい。トップではなく、5位。そこにどんなこだわりがあったのだろうか。
エヴァンは高位貴族のマナーを全て把握し、どのような状況になっても取り乱すことはなかったという。さりげなく高位貴族を立て、低位貴族にも手を差し伸ばし、悪巧みをする貴族には徹底的に潰しにかかる。エヴァンが学園に在園中、学園はまるで修道院のように規律ただしく礼儀正しかったのだという。小さな不正ですらあっという間に全てが明るみにでて、高位だろうが低位だろうが攻撃され叩かれ、下手をすれば潰されるのだ。
恐ろしくて誰一人として不正をするものはおらず、その6年は学園の黄金時代と呼ばれた。
黄金時代の学生から現在の騎士団長や魔導士団長、多くの精鋭な人物が現在の国を担っていることからもわかる。そのエヴァンを後ろ盾に持ったアルヴィーナが王宮でも恐れられ、崇められるのは致し方のないことでもあったのだ。
もしその時代に王子が生まれていたのなら、この国は今まで以上に安泰で、宰相も若者に後を任せとっくに定年退職をしていたに違いない。
「今更だがな…」
はあ、と何度目かになるため息をつき、妻に会いたいなと思う。宰相なんてとっととやめて、隠居すれば良かったのだ。娘二人はさっさと隣国で嫁に出した。でなければ、王妃に何を言われるか判ったものではなかったから。
妻の家族ごと隣国に移住させ子供達を預け、隣国の学院に入れて向こうで結婚をさせた。 王妃は何も言わなかったが、バレていたかもしれない。だが、私は宰相という立場で自身を犠牲にしたつもりでいる。
アルヴィーナ嬢がシンファエルを毛嫌いしているのは言わずもがなだ。ひどいことを押し付けようとしているのも判っている。自分は逃げ出したくせに、16歳の少女にこの国の行く末を押し付けているのだ。しかも平均以下のボンクラ王子にだ。
「詰まるところ、私は何も変わっていないのだな」
弟もバカだが、その息子にはわずかな脳みそすらないときた。これで少しでも王妃の能力を受け継いでいれば良かったのにと思ったが、実はその王妃も問題があって帝国から押し付けられたのだろうか。
いや、それでも我が国では王妃の采配がなければここまで来れなかったと思うが。
「そろそろ潮時かな、私も」
とにかくシンファエルの後始末だけはしなくては。この際、馬鹿な甥とフィンデックスの令嬢をくっつけてしまってとっとと逃げてしまおうか。そうすれば少なくとも、彼らとアルヴィーナ嬢は幸せになれるんじゃないか。
あとは帝国に任せてしまってもいいんじゃないか。どうせこの国は王家の血筋がどうとか関係ないんだし、何かあれば帝国が黙ってはいないし。
「とりあえず、殿下の件の報告は済ませないとな…。カレンティエ王妃殿下も怒るんだろうな。あのお方は怒ると怖いんだよな……でもあの王妃の子供でもあるんだよな?なんとかしてもらいたいものだが」
私はイヤイヤながら立ち上がり、国王の私室へ向かっていった。ちょうどお茶の時間だろうから、王妃殿下もいるんだろうし。
一人でぶつぶつ呟く宰相の執務室で、その様子を横目で見ながら扉付近に空気になって佇む侍従は、実家に帰って領地に引っ込むよう家族に伝えようと決心するのだった。
◇◇◇
「な、な、な、な」
と吃るのは、王妃である。
宰相から詳細を聞いた王妃は真っ赤になって言葉が紡げないまま、泡を吹いて後ろ向きにひっくり返ってしまった。
「カレンティエ!?」
王は慌てて王妃を抱き起こそうとするが、宰相は身動きせずその様子を見ていた。
ーー血圧高そうだったもんなぁ。最近落ち着いたと思っていたんだけど、やっぱり無理だったか。だけどここまで自分の息子が暴走したんだ。親としての責任をとってくれ。
「兄上!どういうことだ!」
「どうもこうも。アルヴィーナ嬢が
「っ!したみたいだよって、兄上!なぜ目を離したんだ!アルヴィーナ嬢より
「いやいや、
「な、な、な」
「ああ、王妃殿下は高血圧で倒れたから医者呼んだ方がいいね?そこの君!侍医を呼んでくれ」
「は、はいっ!」
扉付近に立っていた騎士にそう頼み、王に向き直る。
「
「ど、どう言った、処罰だと?」
「ええ。朝っぱらから侯爵令嬢に欲情し、令嬢が意識を失ってもなお腰をふり続けていたそうですよ。由々しき問題ではありませんか。私は宰相としても伯父としても、これ以上殿下の人非道な行動を看過するわけにはいきませんが。陛下のお考えは?」
「な、あ、兄上っ!?」
「ここではあなたは国王です、陛下。私は宰相にすぎません。王子殿下はあなたの後継となるお子でしょう?最終的責任は親に、采配は王に委ねられるのです。決断を」
「そ、そんなっ…か、カレンティエ…。カレンティエはっ!王妃の意見は」
「わ、わたくしはっ!」
それまで泡を吹いていた王妃がすくっと立ち上がった。顔はまだ真っ赤で目の焦点もあっていない。大丈だろうか。わなわなと震えて握る扇子がバキッと折れた。
「わたくし、実家に帰らせていただきますわっ!」
「カレンティエ!?」
「あんなの、私の息子じゃない!ケダモノよ!」
王妃は口から泡を飛ばして大股で部屋を出ていった。ちょうどその時慌てて走ってきた医者は、入れ替わるように出ていった王妃を見て、王を見て、宰相を見て。また王妃を見て慌てて踵を返していった。余計な問題には首を突っ込みたくないという気持ちはわかる。私も今すぐ踵を返して逃げ出したい。
呆然と残された王は、ワナワナ震えながら兄を睨みつけ。
「ふ、不敬だ!不敬罪だ!国外追放だ!国から出ていけ!兄上のバカ!」
と、実の兄に向かって叫んだ。
その言葉、待っていたんだよ。エリクソンは内心ほくそ笑んだ。
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