第16話:突然舞い込んだお見合い

 執事長に親父様の行方を聞くと、数日前から商談に他国へ行っているという。帰宅は夜遅くになるということで、帰ってきたら連絡をもらうことにした。その時間を利用して、俺は緑竜との契約内容を紙に書き出し、うまく竜のことだけは隠し、代わりに瘴気が溢れて魔人が出たということにした。王子の状態はほぼ魔人と言っても間違いないからな。


 ついでに明日の宰相との面談の書類も作り、今後の情報のやり取りについても考え直した。まずは王族との契約を解消させるように誘導し、俺は伯爵領から出ることに決める。養子縁組の解消だ。その書類も親父様との土地分配の書類に混ぜ、準備を整えた。




 数時間後、商談を済ませて帰ってきた親父様はやけに機嫌が良かった。これなら、瘴気の森の話もすんなり行くかも知れない。


 俺はそう思って面会を持ちかけたのだが、話は意外な方向へ流れていった。


「ああ、エヴァン。ちょうどいい。お前にも、そろそろ婚約者が必要だろう?ちょうど今日の商談先の娘さんが行き遅れらしくてな。お前にどうかと言われたんだ」


 は?


「こ、婚約者ですか…?」


 しかも行き遅れとさらっと言わなかったか?


「ああ。お前もいつまでも一人でおると、アルヴィーナに良い噂が立たん。とっとと王子と結婚してくれれば良いものの、アルヴィーナはお前がそばにいるから嫁に行きたくないと駄々をこねているのだろう?だからお前が、王子の再教育などとくだらないことに時間を使わねばならんのだ。違うか?」

「いえ、あの……しかし」

「この伯爵領はお前が運営しろ。爵位は元平民のお前に譲ることはできんがな。名前は伯爵に置いておいてやろう。都合がいいし、面目もたつ。代官としてなら、俺よりお前の方が領地の運営はうまいだろう。だからその娘さんを嫁にもらい、俺は領地の収入の20%を給金として受け取ることにした」

「ちょっと待ってください。給金20%!?40%は国にとられるのに親父様に20%も渡ったら、領地は立ち行き行かなくなりますよ!」


 どこの悪代官だ!領地のことを何もしておらず、このまま保てばあと10年は裕福に暮らしていけるものを。どれだけ収入があるかわかってていってるんだろうな。国でも作るつもりか!強欲にも程があるぞ。というか代行官である俺が給料をもらうべきだろう?


「そこはお前の度量の見せ所ではないか。これまで学校にも行かせ、良い暮らしをさせたんだ。親孝行がわりに老後の面倒くらい見せてもらわんと割に合わん」

「ええぇ…?」


 学費は奨学金からだし、卒業してからそれも全額納めたはずだ。それから国に貢献し、領地も盛り立ててきた。十分借りは返しただろう?俺がいなくても、今の領地の収入があれば、あんたの老後は安心安定だってのに。


「まあ、その嫁になるお嬢さんもちょっとばかりお前より年上なんだが、年上女房は鉄の草鞋カネのわらじを履いてくるというし」


 それをいうなら、鉄の草鞋カネのわらじを履いてでも探せだ!嫁に鉄の草鞋カネのわらじを履かせてどうする!


「年上って、どれだけ行き遅れてるんです?」

「確か36…いや、38だったかな」

「それ、出戻りの間違いじゃないですかね!?」


 思わず素が出たじゃねーか。年上って、ちょっとどころじゃねえだろうが!俺26歳だぞ!?親父様の方が歳が近いだろう、それ!行き遅れって烏滸がましくないか!?


「美人らしいぞ?」

「普通に考えて、38まで嫁に行かなかったお嬢さんが美人だったら、どこかおかしいところがあるって考えませんか!?性格とか、性癖とか!」

「とにかく一度お会いして、相手に決めてもらえ。お前から断る事は許さんぞ」

「そんなっ」

「相手はミスリルの鉱山を持つ大富豪だ。粗相は許されん。わかるな?」

「あ、後継は!どうするんですか?その、アラフォーのお嬢さんでは難しいのでは?」

「お前のタネを持った者が後継になるわけないだろう。後継はアルヴィーナに任せておる」

「!」


 チッ。当たり前だ。俺自身、後継になるとは思っていなかった。親父様からすれば当然俺の子供なんぞ必要ないに決まっている。つまり、アルヴィーナと王子の婚姻は親父様の中では確定で、すでに皮算用に含まれているということか。


 俺自身はアルヴィーナがいる限り親父様の使い勝手のいい道具でも構わなかったが、自分の実の娘までも使おうとするのは許せない。その間にできるであろうと予想をつけた考え方も許せない。何より、あれとアルヴィーナが睦み合うのを考えたこと自体、死に値する。


「アルヴィーナは、今の殿下では満足していませんし、このままなら婚約破棄ですよ」

「ならば、あれは放逐するしかないな。王家の役に立たず、我が家でも役に立たない。…ああ、でも金はずいぶんかけたんだよなあ。ひとまず魔力も多いし、顔も良いからな。他国に売り込んで金持ちの次男でも与えるか」


 こいつ。

 親としての自覚も愛情のかけらも持ち合わせていないのか。俺は両手を握りしめて魔力の放出を抑えた。


「……私が断った場合、どうなりますか?」

「そうだなあ。違約金として一生働いても払えないだけの金額を払ってもらうか、奴隷商に売りつけるか。ああ、そこの大富豪はなかなか苛烈な気性の持ち主でな。下手したら監禁されて拷問にあうかも知れないなあ。何せ娘を袖にしたとなればなあ」


 ブレないな。やっぱり金か。ってかその行き遅れの娘さんが嫁に行けないのは、主にそれが原因なんじゃないのか?


 しかし親父様。


 これは、あまりにも考えがなさすぎる。


 何せ領地を経営しているのはこの俺だ。親父様は何一つとして領地の経営する事業について首を突っ込んだことがない。下水についても地下に何があるかなど知らなければ、領地と瘴気の森との線引きについても知らないだろう。なにせ、商売と金にしか目が向いていないからな。


 そもそも俺が、親父様の実の息子を領地で使っていることすら知らないのだ。実はこれは違法である。


 廃嫡追放した血筋の者は、その領地で匿ってはいけないと法律で決まっているのだが、親父様は全く意に介していない。法律くらいは知っているだろうが、息子がどこで死に絶えようが知ったことではないと放っておいたせいだ。放逐された息子は国外追放を言いつけられていたのにも関わらず、自領の貧民街で暮らしていた。


 そこへ俺も知らなかったとはいえ雇ってしまったのだから、バレたらそれ相応のお咎めがある。しかし領主は親父様で、俺は養子という肩書きだが結局は代行官と変わらない。全ての雇用契約、事業契約は領主の認知のもとに行なっているのだ。つまりお咎めは親父様に降りかかる。


 しかも。


 俺はもう未成年の子供ではなく、自分で養子縁組を切ることができる。次期領主としての確約もされていないし、養子縁組の際の契約にもそれは記されていない。それを今までしなかったのは、恩義を感じていたからというのもある。だけど、ひとえにアルヴィーナが成人するまでは見守りたいというのがあったからだ。


 これで踏ん切りはついた。書類はたった今この手にある。


 俺は考えを巡らせた上で、慎重に言葉を選んだ。


「瘴気の森を私に預けてくださるのなら、そのお見合いを一度だけ受けて立ちましょう」

「瘴気の森だと?」

「ええ。親父様もご存知のように、伯爵領にはいくつかの瘴気が湧き上がるスポットがあります。これまでは押さえつける方法でなんとかしてきましたが、本日久しぶりに領地の見回りに行きましたところ、西の森で複数の瘴気沼が発生しており、凶暴な魔獣が住処を作っておりました。


 これは国に提出しなければならない案件です。今日はアルヴィーナも連れていたため、いくつかの沼は浄化できましたが、アルヴィーナは魔力切れで寝込んでしまいました。目が覚めるまで王宮での公務はできませんので、宰相には報告をしなければなりません。


 これが続くとなると流石の私も、アルヴィーナに毎回負担をかけられません。私が王子の再教育をしてる間、担当をつけてくださるようにお願いしていたはずですが、どうやらその者では手に負えなかったと見受けられます。ですから、今後のため、結界で切り捨てることを考えた方が良いのではとご意見を伺いに参った次第なのです。でなければ、領主である親父様の名で宰相殿に文書を送り、然るべき対処をして頂かなければ、無過失責任処分対象物件となりましょう」

「…そ、そうか…ふむ」


 わかってるよ。俺の代理なんて用意してなかったんだよな。だからあそこまで被害が広がっていたんだよな。それを国に報告したらどうなるかなんて、この人は考えていないんだよな。だって金にならないんだもんな。んで持って、なんの罪かもわかっていませんよね?


「それは、あれか。賠償責任とか関係してくるのかね」

「そりゃもう。下手をすれば魔人が生まれる可能性もありますから、そうなったら賠償責任どころじゃありませんね」

「魔人…」

「ええ。人間が瘴気を浴びすぎて魔物に変化した形態のものです。国からは領主責務として討伐をするよう命令されますし、それができない場合は王宮魔導士もしくは討伐隊を組むことで資金を要求されます」

「……む」


 魔人第一号は王子になるところだったから、その場合の過失はいくらになるのかな。


「そ、そうか。そんな土地はあっても役に立たんどころか、」

「害になります」

「それをお前はどうすると?」

「それを私の名義にして仕舞えば良いのです。ハイベック伯爵領から切り離して仕舞えば、親父様に損害は出ませんし、近隣に被害が出た場合は私が責任を取って伯爵領に賠償金を支払うことになります。そのためにはもちろん、私は伯爵との養子縁組を解消しなければなりませんが」

「西の森というと、山脈に挟まれたあの土地か」

「はい」

「キャラバンも通らんのだろうな」

「現在のところ森と村の間は草地になっていますが、大蛇パイソン系、蜘蛛型の魔物の被害が上がっていたので立ち入り禁止エリアになっています。冒険者が数人入り込んだようですが、帰ってきたものはいません」

「わかった、好きにするがいい。だがその前にお嬢さんには会ってもらうぞ」

「わかりました。ありがとうございます。ここに書類を作成しましたので了承のサインをお願いします」


 これでとっとと手続きをとって、あの森を俺のものにすれば、ドラゴンについてはとりあえず問題はない。竜と契約を結んでから、例のいかず後家の人と会ってみるか。魔物や竜を見ても俺と結婚するというならあの森に家を建てて住んでやる。それでも食いついてくるなら意外と馬は合うかもしれない。嫁にする気はないが。


 全く相手にしたくはないが、どこで役に立つかわからない。会うだけ会ってみよう。


 こんな話をアルヴィーナの耳に入れたら魔力暴走どころか魔王が生まれるかもしれんけど。 

 親父様は知らないかも知れないが、俺は結構、根に持つ方なんだ。恩も忘れないがあだも忘れないからな。


 さあ、ここにサインをと渡した書類を見もせずに書き込んでいく。その中には養子縁組解消の旨も書かれているし、西の瘴気の森だけでなく、周辺一帯の草原も含まれている。実はその土地は領地の主要の町より広いと親父様は知っているだろうか。


 飼い犬に手を噛まれるというのはこういうことを言うんだ。

 俺を舐めてかかると痛い目に遭いますよ、親父様?


 



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