第2話:義妹の理想の男性像

「と言うわけで、親父様。俺はこれからボンクラ王子をアルヴィーナの好みに仕上げると言う大義を国から任されましたので、伯爵家の仕事を別の者に託す許可をいただきたく、お願いにあがりました」


「なるほど。それで期間は?」

「王子が成人されアルヴィーナと婚姻を結ばれる前までです」

「約2年か……。報酬は?」

「……私の欲しいものを、と」

「それは?」

「まだ考えておりません」


 これは俺に対する報酬であって、伯爵家に対する報酬ではない。

 金にしろとか爵位にしろとか言われても無視だからな。


 俺は少し身構えたが、親父様はふむ、と考えてそれ以上突っ込まなかった。

 どうしたことだ。この金の亡者のような伯爵が金を口に出さないとは。


「では、こうしよう。お前が伯爵家のために働けない1年間、国へはその損害賠償金を請求する。もしお前が王子を調教することができないのであれば、お前はそれを倍にして国に返済し、身を粉にして生涯伯爵家のために働け」


「……」


 うん?俺がそれを倍返し?んで、生涯伯爵家のために働く?


「お前がうまく王子を調教してアルヴィーナがそれを認めれば、お前に選択肢をやる。このまま伯爵家の息子として領地のために働くか、王子の側近として働き、損害賠償金をわしに払うかだ」


「……」


 いやいやいや、どっちもおかしいじゃねぇか。


 ってか、国に損害賠償金を請求するってなんだ?

 国のために働けるってのは名誉なことじゃないのか?

 やってることは調教師テイマーと同じだけど、立場は側近だぞ?


 しかも失敗したら、受け取った賠償金の倍額を払って、生涯伯爵家のために身を粉にして働く?


 ふざけんな。


 とはいえ、俺は養子な訳だから伯爵家のために働くってのは、当然といえば当然だ。

 いや、損害賠償はどう考えてもおかしいけどな。


「アルヴィーナが王妃になれば、それだけでもかなりの額の支度金や陞爵もあり得るのでは?」

「む?そうだな……そうなるとあの事業の展開も考えられるか…となると……」


 ああ、また取らぬ狸の皮算用が始まってしまった。

 こうなるとしばらく戻ってこないのが親父様だ。

 親父様は金勘定は異常に長けているけれど、それ以外は割とどうでもいいらしい。

 伯爵の爵位も「都合がいい」から使っているようなもので、なんというか金儲け以外にあまり野心がない。もらえるものはなんでももらうけどな。


 俺を養子にしたのも「投資」ぐらいにしか考えていないから、息子扱いもされた覚えがない……とはいえ、別に迫害されたことも、奴隷のように扱われたこともないが。

 雇うより安く済んだというのが親父様なりの考えだったらしい。


 まあね、タダ働きだし。学校も俺の努力の末の奨学金だし。


 でもさ、養子縁組の用意って結構金かかるんだぜ。

 俺の教育にも学園に行く前まで結構な人材使ってたし。長い目で見ればっていうけど、ほんとかね。

 まあ、俺としては棚からぼたもち状態だったからいいけど。


 頭がいいんだか悪いんだか、わかんねーよ。


 まあいい。交渉は親父様に任せておこう。

 あの宰相相手にどこまで食い下がれるか、わかんねえけどな。




「おい、アルヴィーナ」


 俺はアルヴィーナにもこれからの動向を告げておこうと、部屋に向かった。


「エヴァン!んっふっふ!婚約破棄してやりましたわ!王宮はどうでした?」


 アルヴィーナは部屋で優雅にお茶を飲みながら、侍女とトランプをして遊んでいた。

「きゃあ、エヴァン様、いらっしゃいまし!」と侍女たちの黄色い声が聞こえたが無視する。


 アルヴィーナの侍女たちはサリー、メリー、それからローリィという。どれも精鋭で(まあ、俺が訓練したんだけど)油断すればすぐに何かしら技をかけようとする。


 断じて色仕掛けをかましてくるわけではない。


 どこを目指しているんだか、腰にはヌンチャク、エプロンには鉄板仕込み、腕にも足にもナイフやら何やらを隠している。アルヴィーナの護衛兼侍女として任せられる女性軍だ。


「ああ。残念だけどお前、まだ破棄されてねーから。宰相から王子をお前の好みの男になるよう調教しろって言われた」

「えぇっ!?そんなバカな!計画と違うわ!」


 ものすごく得意げにでかい胸を張ったアルヴィーナが、一瞬にして青ざめて頭を抱えた。


 残念だったな。お前は有能すぎたらしい。おいそれとは手放してもらえねえぞ。


「計画では、『王族を婚約破棄するとは不敬罪だ!』って激昂されて、実家を追い出されて、それで私は国外追放されて晴れて平民になって自由になる予定だったのに!」

「平民?」


 無理だろ、それ。俗書の読みすぎだ。

 簡単に言うけど、平民って大変なんだぞ?


 親父様と奥様(おふくろ様とは呼ばせてもらえなかった)がお前みたいな金蔓、そうそう手放すとは思えねえしな。

 それに知らなかった俺の勉強不足だけど、王子の公務、お前全部把握してるだろ。

 追放の前に口封じされるって。


「まあ立場は王子の側近なんだけどな。で、お前の好みの男ってどんなだ?まさか、あれの顔が嫌いとかは言わないだろ?仮にも争奪戦で勝ち取ったくらいなんだし」


 侍女たちが顔を赤らめて、ひゅっと息を止めて口を塞いでいるが、女ってほんと恋愛話好きだよな。

 アルヴィーナも侍女たちに睨みを効かせて顔を真っ赤にさせている。


「当時は私、子供だったんですわ。誰が一番かを競うというから参加したのに、優勝してみれば賞品がなんて!それから6年も苦汁を飲まされて!今回ようやく切り捨てたと思ったのに……!」

「知らなかったって、お前。王宮で王子の顔合わせのお茶会っつったら婚約者探しに決まってんじゃねえか。ま、確かに10歳じゃ無理もないけどな。キラキラした顔に見惚れても仕方ない」


「ちっ、違います!あんな顔、全然好みじゃないですわ!子供の頃は確かに可愛らしい顔をしていましたけど、今は当時の面影も虚しく、チビデブで不潔、ウッキウッキ猿みたいにうるさいし、手も足も顔も毛深い猿だし、まともに言語も使えない猿だし!口臭、体臭なんて嗅覚を崩壊させるレベルだし!股間ばっかり強調して品の欠片もありませんのよ!脳内にケジラミでも飼っているんじゃないかと疑いますわ!」


 ――王子なんだけどな、一応。まさかと思うけど、王子の前で猿、猿、連発してねえよな?


「おまけになんですの、あのしょぼい魔力とへっぴり腰の剣術は!」

「ああ、うん。それな……」


 11年ほど前。当時の俺は貴族令嬢なるものをあまりよくわかっていなかった。


 5歳の頃のアルヴィーナは、両親からほったらかしにされて、役に立たない乳母と陰険メイドだけで世話をされていたから、愛情に飢えて両親の反応を得たいがために我儘を言い、癇癪を起こす可哀想な貴族子女だった。


 俺の覚えている平民の「家族」は絆が深い。両親と子供は一緒に寝たり何をするにも一緒にするから、貧乏でも愛情に溢れて幸せを感じる子供は多い。


 だから親父様と奥様からアルヴィーナを丸投げされた時、俺は義妹を本当の家族として扱った。

 どこに行くにも連れ回し、できないことがあれば手取り足取り教えて出来るようにし、何をするにも一緒にやった。


 当然アルヴィーナは俺に懐いて、あれこれ普通の令嬢がやらないことをやるようになって、必死になって俺について歩いた。


 思えば、初めて自分を認識してくれる人間に出会ったんだ。

 見捨てられないように必死だったのに違いない。

 意外と負けず嫌いで、剣の使い方や魔法の練り方まで俺に教えてくれと強請り、同じように訓練するうちにアルヴィーナの魔力も腕力も、それに比例して上がっていった。


 それが令嬢として間違っていると気づいた時には遅く、アルヴィーナはになった。


 親父様と奥様にど叱られて、俺は慌てて「貴族令嬢とは」という教本を読み、当時学園にいた公爵令嬢に影のように張り付いた。実際の影もついていたが、見つからないように隠れていると、隠密のスキルも上がっていった。


 そこで令嬢らしい振る舞いとやらを(俺が)学び、アルヴィーナに伝授したのだ。

 黒歴史だけど、女装もしたよ。

 二度としたくないし、生まれ変わっても女なんてごめんだけどな。


 余談ではあるが、公爵令嬢ともなると表情筋が鋼でできているのか、それともそういう特訓があるのか、俺と同年の公爵令嬢は常にマネキンのような笑みを張り付けていた。

 思わずそういう顔面補強魔法でもあるのじゃないかと疑ったくらいだ。


 そしてお茶を嗜み、おほほと上品に笑っているだけなのかと侮っていたが、蓋を開けてみると全くの誤解だった。


 公爵家では毒に慣れるための訓練や、足腰を鍛えるための筋トレ(頭に百科事典を乗せ、カーテシーの姿勢のまま1時間とか)、拷問かと思われる薄く伸ばした鉄板入りのコルセット(暗殺防止の防具)で身を縛りつけ、鉄芯の入ったハイヒールを履いたまま全力疾走をする特訓(誘拐された時のためらしい)に、アイスピックのような髪飾りの扱い方まで学んでいて、どこを刺せば致命傷になるかという、人体模型を吊るした部屋での立ち回り方まで学んでいた。


 公爵令嬢は常に危険に晒されているらしい。こわ。


 夜中にあの部屋に入ったら、ぶら下がった首吊り死体みたいなマネキンを見て俺でも泣くと思う。


 小さなペーパーナイフで的確に急所を切り裂いていく彼女を見て、公爵家は絶対敵に回すまいと心に決めた。そんな彼女は学園を卒業後、他国へと嫁いで行ったが。


 まさか、暗殺者として送られたわけではないだろうな。


 高位貴族令嬢侮るべからず。

 以来、俺は無闇矢鱈に令嬢に近づくのをやめた。


 公爵令嬢を元に伝授した作法は王族の作法に基づいており、貴族のものとは全く違ったということを知ったのが、数年前。


 全くもって後の祭りだが、役に立っていると思う。


 もともととんでもない美形に生まれたアルヴィーナは、あっという間に王族さながらの威圧感を持つ美麗で優秀な伯爵令嬢に出来上がり、当然王族ボンクラたちの目にも留まった。


 奇しくもボンクラ王子はアルヴィーナと同年で、王宮でのお茶会に招待された。そこで婚約者探しの初顔合わせの際、美しいアルヴィーナに目をつけ尻尾を振りまくったってわけだ。


 当然のことながら、俺はアルヴィーナに「目指すなら、とことん上を目指せ」と常々言い聞かせていたがため、国の頂点を目指すならばと、王子妃位争奪戦に参戦してしまったというわけだ。


 本人曰く、誰が一番の貴族令嬢かを競ったものだと思っていたのだとか。


 後悔先に立たず。


 10歳になる前までの、約4年の貴族令嬢の特訓は付焼き刃ではあったものの、アルヴィーナは見事に自分のものにし、優秀な成績で学園に入学した。


 俺の時とは違って、父親は流石に奨学金で入学しろとは言わなかったようだが。


 侯爵家の娘を尻目に婚約者に祭り上げられたアルヴィーナは、滅多に伯爵家に戻ってくることはなく、王宮と学園を行き来した。学費も生活費も国が出してくれるということで、親父様も奥様もどうぞ、どうぞと両手をあげた。


 つくづく、子育てのできない義両親だ。なんでこれで伯爵やってられんのかわかんねえ。


 まあ、伯爵家の収入は、この先10年はおそらく大丈夫だろうけど。それまでにアルヴィーナが王妃になっていれば、俺は安心して平民に戻れるな。……親父様が許してくれればの話だけど。


 アルヴィーナが伯爵邸からいなくなって、少し寂しいなと感じた俺は、情報を繰りながら伯爵家をますます盛り立て、アルヴィーナは素晴らしい、というような噂を流し、どれほど素晴らしい令嬢か一般市民にもわからせた。いずれ国母になるなら、それなりに好かれていたほうがいいだろうし。


 一緒に剣を握った伯爵家の私兵たちも「お嬢様はただの令嬢ではない」と常日頃から言っていたし、俺が散々連れ回して平民の暮らし向上に手を貸してもらっていたから、人々に知れ渡るのは対して時間はかからなかった。


 伯爵領は芸術と商売の街だ。道は舗装され整備されているし、伯爵領の兵士は俺が訓練をしたからそこそこ頼れる。安心して商売ができるのから他国からさえ商人が訪れる。


 人が行き交い情報が飛び交い、今や国で「アルヴィーナ様以上に崇高な方はいない」「アルヴィーナ様こそが王妃になるべく女神のような令嬢だ」「アルヴィーナ様がいれば国は安泰だ」と褒め称えない街はないと断言してもいい。


 間違っても批判しようものなら、あっという間にその領地は物流が滞り滅びる(物理的に俺が滅ぼす)からな。


 が、まさか国のトップである王子があそこまでボンクラとは思いもしなかったし、アルヴィーナに全くその気がないなどとも気づきもしなかった。


「で、お前の好みはどんな男なんだ?」


 おしめこそ替えてはいないが、アルヴィーナは俺が育てたようなものだ。

 出来る限り理想に近い形で幸せになってもらいたい。


またしても侍女たちがキャアキャア真っ赤になって騒いでいる。

 アルヴィーナは視線を泳がせながら真っ赤になって口ごもった。


「わっ……わたくしの理想の男性は、その、エ、エヴァンよ。エヴァンのように魔法も剣も強くて無口だけれどやる時はやるという有言実行の方で、背が高くて優しくて。でもでも、誰にでもというわけじゃなくて、わたくしだけを特別に思ってくれる殿方がいいの!頼り甲斐があって、隣を一緒に歩いてくれるような方じゃないと嫌だわ。権力と立場だけあっても、剣も魔法もダメで頭も悪い猿以下の男なんて、下水に流して浄化されてしまえばいいんだわ!」


 王子、いつの間にか猿以下にされてるし。


 この領地の下水は地下へ流れて、そこにいるスライムが汚物を食べ浄化する。


 浄化された水はそのために作った地底湖にためられ、サラマンダーが水を沸騰近い湯に換え、立ち上った蒸気が濾過器を通って冷やされて、また上水路へと戻ってくるという仕組みだ。


 これも俺が考えたエコシステムの一つなのだが、特許を取り使用料を取って、王都にも普及している。上下水道を作ることで、魔力のない人達にも最低限の生活基準を満たすことができ、伝染病や感染症が減った。他領でも使えるように簡易エコシステムを現在考案中だ。


 これだけでも伯爵領は潤っているのだが、まあこの程度で親父様が満足することはない。


 またしても余談ではあるが、これを機にテイマーという職種も増え、俺が指導をしたことで一応国の魔導士の資格ももらった。


 で、今はスライム養殖場の運営も手がけているから、実は非常に忙しいのだけど、まだ公認されていないので、知っているのは俺の下で働く少人数だ。魔物を領地の地下で養殖してるなんて知ったらみんな驚いちゃうからね。



 閑話休題。



 つまり人間が下水路に落ちたら、普通は生きて戻ってくることはない。あっという間にスライムに捕食され骨すらも残らないだろう。万が一助かっても最終的に落ちるところはサラマンダーの火の海地獄だしな。


 そんなわけで「お前なんか下水に落ちろ!」というのは「死んじゃえ!」というのと同義語なわけだ。知っているのは伯爵領の人間だけだけど。



 それにしても好みの男性が俺とは。

 やはり刷り込み効果が出てしまったか。親鳥に懐く雛と一緒だったからな。


 だが、それなら王子の躾もなんとかなるか。


 俺が学んだ通りのことをさせればいいのだからな。

 あと、清潔大事。

 毎朝、乾布摩擦させよう。


「よっし。任せとけ。俺がボンクラをお前好みに仕立て上げてやる」


 俺は有言実行の男だからな。


「そうじゃない……」とつぶやくアルヴィーナの声は、スケジュールを考える俺には届かなかった。




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