ボンクラ王子の側近を任されました
里見 知美
第1話:ボンクラ王子の側近を任されました
「任されてくれるな?」
王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。
嫌です、と言って逃げ出したいのは山々ではあるが、この国で実質権力を握っている宰相、エリクソン・ハルバード公爵、その人から睨まれて動けないでいる。
人の
そんな人に呼び出され、開口一番王子の側近になれと言われた。
「え、俺…私がですか」
「任されてくれるな?」
「え…お、私がですか」
「任されてくれるな?」
「……」
質問と応答のループに、俺は黙り込んだ。ごくりと喉がなる。
部屋に入るなり威圧され、ガチガチになりながら頭を下げ挨拶をした形である。頭を上げたくても上げられない。
こえーよ。悪いこともしてないのに、なんだってこんなに威圧されなきゃなんねぇんだ!?ここで嫌だと言ったらバッサリ切られるなんてことはねぇよな!?
「エヴァン・ブラックスミス改め、エヴァン・ハイベック。鍛冶職人の息子として生まれ、平民でありながら膨大な魔力を持ち、ハイベック伯爵家の養子になり伯爵領を補佐。その間、王国学園に首席で入学、高成績で卒業したとある。偽りはないな?」
「あ、はい」
「ふむ。その割には過度に目立つこともなく常に裏役に周り、情報操作も上手いと聞く」
「左様で……」
だって俺、魔力を買われて無理矢理伯爵家の養子にさせられて、表向きは領地の補佐、裏では影の仕事してんだもん。
国にはまだバレていないはずだけど、この宰相はすでに知ってそうな気がしないでもない。色々やってるけど、まだギリギリ悪事に足は突っ込んでいないはず。
なんでも俺が拾われる前、伯爵家の一人息子がバカやらかして廃嫡され、国に対し莫大な慰謝料だか損害料だかを払ったせいで、財政難に陥ったらしい。
だから、養子になって長男として書類上は扱われても、金がないから奨学金で入学しろと言われ、頑張りすぎて首席入学した後で、
あまり落とすと奨学金制度から外されるから、と他人の成績調べたり上位の連中と勉強会をしたり色々するうちに、隠密と隠蔽、情報操作が得意になったと言う曰く付きのスキルだ。
落ちぶれていた伯爵家は俺が来てからすっかり立ち直り、今では左団扇といってもいい。伯爵家の商売敵は、徹底的に調べ上げてあらかた潰すか取り込むかしたし、情報操作で領地のためになることならなんでもやらされた。
小麦の品種改良から原価率の割り出し、商品の開発に土地改革、農地の灌漑に地脈調査、高火力魔法を使って透明なガラス瓶を作り、銀を磨くしか無かった鏡も魔法で新たに平面鏡を作り出した。
これをコンパクトにして手持ち鏡に仕上げたら馬鹿売れし、伯爵家の収入に役立てた。
領地改革の一環として平民学校を作り、領民の識字率を上げ、簡単な生活魔法を教え、織物や絵画も発展させた。
伯爵家の直属経営の店は俺の情報操作でうまく切り盛りし、他領でも真面目に働いていた店ほど大繁盛したようだ。
おかげで現在の伯爵領はザール国内で最も住みやすく、芸術と商売の町と言われ活気に溢れている。
商売がうまくいって金の回りが良くなると夫婦仲も良くなったらしく、俺に義妹ができた。
アルヴィーナと名付けられた10歳も下の義妹だが、可愛かっただけに甘やかされ、我儘で癇癪持ちに育ってしまい、親である伯爵夫妻は両手放しで俺に丸投げした。
我儘になる前になんとかして欲しかったが、「これも仕事だ」と言われては仕方がない。
当時まだ5歳だったじゃじゃ馬の義妹の手綱を握り、貴族令嬢としての躾を施し(平民だった俺がなんで貴族令嬢の躾をせにゃならんのか!)10歳の初顔合わせでこの国の王子の婚約者にまで仕立て上げた。
見た目だけは美の女神の化身とまで言われたアルヴィーナにボンクラの王子はのぼせあがった。
アルヴィーナは多少金にうるさいとはいえ、公爵令嬢にすら負けない気品があり(俺比較)、ついでに負けん気もめちゃくちゃ強い。魔力も俺特製の訓練で伸ばしたし、ついでに体術も剣術も(騎士の)平均並には教育した。
王子妃位争奪戦は、アルヴィーナの圧倒的勝利で終わった。
あん時はいい仕事をした、と我ながら満足もした。
幸せになれよ~と義妹の背を押したものだ。
で、つい数日前、そのアルヴィーナが「王子の出来があんまりなので、婚約破棄いたします!」と、堂々と国王と王妃に申し立てしたのだ。
臣下の者からそんなことを言われて、王妃は屈辱で真っ赤になってその笑みを歪め、なぜか王子をタコ殴りし、張り倒された王子は肋骨を3本も折って寝込み、その上王妃に「実家に帰らせていただきます!」と言われ慌てた国王は慌ててアルヴィーナを引き留め、「婚姻式までにきっちり教育するから、お願い待って!見捨てないで!」と泣きながら縋り付いた(らしい)。
この国、大丈夫だろうか。
アルヴィーナほどできのいい令嬢(俺比較)はそうそういないから、わからないでもないけどね。
だけど、その時にアルヴィーナが「お兄様の爪の垢を煎じて飲ませたいですわ!」みたいなことを言ったらしい。
それが国王から宰相の耳に入ったと言うわけだ。
◇◇◇
ボンクラ王子、16歳。名はシンファエル。
まだ立太子されていないため、王族の名は与えられておらず、あるのはファーストネームだけだ。立太子されて初めてザールという王名を名乗ることができる。
この男「私は美しいものが好き~」とひらひら(女性の間を)飛び回る蝶々のような人間で、どちらかといえば宮廷楽士かジゴロと言った方がいい。
アルヴィーナ曰く、『怠慢でチビデブで体臭がひどく口臭もひどい不潔な男』らしい。
え、それほんとに王子?
王子って普通、顔もスタイルも良くてキラキラしてんじゃないの?
誰からもキャーキャー言われてるのが王子かと思ったんだけど。
おまけに、策略とか政略とか、軍事とか国政とかは全く考えたことはないらしく、頭も下半身もゆるいらしい。
頭はへちま(つまりスカスカ)、剣術も魔術も下の下なのに、下半身ばかりは百獣の王(自己評価)ってどんなだ。
そんなのが時期国王になってもいいのか、と思ったらそこは王妃がカバーするのだとか。
なるほど歴代の王妃は皆隙がない。斯くいう現王も、言っては悪いが頭は花畑でいわゆるお飾り国王だ。
外交は王妃が担い、内政は王の兄である公爵、つまり宰相が担っている。
きっと宰相にとっては、その方が国を動かしやすかったのだろうなと安易に想像できる。
アルヴィーナもそういった意味で大いに(主に王妃から)認められ、王妃教育を受けているのだが、その膨大な教育量といったら、ちょっとぽっちゃりかぶ系だった義妹が、すっかり萎びた人参のようになって帰ってきたことで理解できた。
便宜上、義妹は王宮に住まい、そこから学園にも通うため大きな休みにしか伯爵邸に戻ってこない。だから久しぶりに目にした時にはあまりの萎びた感にたまげて、慌てて栄養剤を作って与えた。
「
その間、やらかし系のシンファエル王子は何度もアルヴィーナに小言を言われながら、尻拭いをさせてきた。謁見の間で勝手にどこぞの貴族の令嬢と密会をして、とんでもないサイズのサファイヤのついたネックレスをプレゼントしたり、どこかの商人に王宮商人としての通行手形を渡したり。
その度に、アルヴィーナが慌てて飛び出していき、ことを収めてきた。
それに対して王妃も国王も口出しはせず。
伯爵邸に帰ってくる度に愚痴を聞かなければならないこっちの身にもなってくれ。
おかげで俺も
シンファエル王子が浮気をしたのだ。
それも侯爵令嬢と。
図書室で下半身丸出しのところを複数生徒を引き連れていた教師に見つかった。残念なことに、アルヴィーナもそこにいた。まさか強姦か!?と思いきや、合意の上だとのたまったらしい。
まじか。最近の若いやつ怖え。
「鉄のパンツを履きやがれ!」と我が義妹は流石にブチ切れて王子の尻を蹴り倒し、ボコボコにした上で前歯を砕き、首根っこを捕まえて王宮に差し出した。
そのついでに、婚約破棄宣言をした義妹は伯爵邸に戻ってきて、そしてバトンタッチで俺が王宮に呼び出された、というわけだ。
「其方は、26歳にもなって浮いた噂もないのだが、まさか男色ではあるまいな?」
「違います」
宰相に疑わしい目を向けられて、即答で否定した。
伯爵家の仕事に追われて、恋人を作る暇がないんだよ。あと義妹を躾ける際、実情を知るため女装をして令嬢たちの間に入ったことがあって(俺も若かった)、令嬢の本性を垣間見て以来、あまりその気になれないというのも確かだけど。
女の世界、正直怖い。かといって男に興味があるわけではない。
「王子の側近になれば、婚約者を与えることもできるぞ」
「え、いりません」
「なんだ、好いた令嬢でもいるのか?」
「い、いえ。そういうわけでもありませんが」
「ふむ……。では何を望む?」
何を望むか?考えたこともなかったな……。
ハナタレ小僧だった俺を、無理矢理両親から引き離した
その金で妹や弟を養えるといって涙を流したので、俺も役に立ったのだと納得した。
奴隷商に売られるよりは断然マシだしね。いや、マシだったと思いたい。
その上、伯爵邸では柔らかいベッドと美味しい飯を与えられ、訓練は厳しかったとはいえ全て身に付いたし、貴族しか通えない学院にまで行かせてくれた(奨学金でだけど)。
領地経営のノウハウも身に付いたし、ついでに土地の転がし方も覚えて、魔法も剣も使えるようになった。
まあ、貴族でいうところの人並みには、ね。目立つなって言われてるし。
「あの…なぜ俺、いえ、私なんですか。伯爵家の養子になったとはいえ、元は平民ですし、魔力も剣技も人並みで王子をお護りするほどの力はないと思いますが」
「わしを誰だと思っておる。お主のことぐらい当然調べたわ。
「ああ…それは、まあ。私の使える程度の技でしたが」
「そのお主の使える程度というのが普通じゃないと自覚しておるか?」
「え、普通だと思っていましたが、以下でしたか……?」
おかしい。
学園では平均よりやや上を目指していたんだが、水準間違えたか?
卒業したのも10年前だし、最近の子供って強いのか、もしかして。
「逆だ!其方の魔力は現魔導士団の誰よりも多く、細かなコントロールも士団長より上手い。
剣技は剣聖ほどではないにしろ、騎士団長よりも鋭く腕力もある。
おまけに魔法を剣に這わせる能力は、剣聖も真っ青のレベルだというではないか!」
「まさか」
そんなはずはない。
王国の魔導士団と騎士団には学園の同期の連中がわんさかいる。
あいつらの平均をとって上手い事やったと思っていたはずなのに、どういうことだ。
「お主にしか頼めないのだ。アルヴィーナ嬢を完璧な令嬢に仕立て上げたように、我が国の王子を男に仕立て上げてくれんか」
あれ?側近になれって話じゃないのか?再教育を施せってこと?
「差し出がましいようですが、宰相殿が再教育を施した方がよほどよろしいかと思うのですが」
「わしができるもんならとっくにしておる!できぬから其方に頼んでいるのだ!」
「いや、でも」
それって側近の仕事じゃねえよな?教育係はどこいった。
「でもも芋も飢饉もない!じゃなければ、アルヴィーナ嬢を失ってしまうんだ!あの方を失っては国が傾いてしまう!今でさえ執務が滞って……あ、いや」
「……え」
「……」
そうか。
アルヴィーナが王子の分の執務もこなしていたんだな。
そんで、アルヴィーナが匙投げたもんだから、宰相殿も首が回らなくなったというわけだ。
どうりでカブからニンジンに様変わりするわけだ。
俺の手塩にかけた大きなカブ…じゃなくて義妹がニンジンになるまで痩せこけていった間、あのボンクラは女のケツを追っかけて腰を振っていたというわけか。
「……王子らしく仕上げればいいのでしょうか。それとも男らしく仕上げる方がよろしいのでしょうか」
ついでにゆるゆるの下半身も締め直しましょうか。
「お、おお!引き受けてくれるか!」
宰相の顔が俄かに輝き、ついでに雲から出てきた太陽が禿げた頭に当たって眩しいほどぺかーっと輝く。眩しい。
「この際だ!アルヴィーナ嬢の好みの男に育てていただければ、あのお方を逃すこともあるまい!男らしくでも王子らしくでもいい!アルヴィーナ嬢さえ喜んで王妃になってくれるのであれば、アレはいるだけでも構わん!」
おい。本音が漏れてるぞ、宰相。
「わかりました。なんとかやってみましょう。この件についてはきっちり書面で契約させていただきますゆえ、明日また登城致します」
何をするにもきちんと書面で残さないと、後々言った言わないの面倒も困るからね。
「恩に着る!褒美はなんでも取らせよう!爵位でも領地でも城でも、やり遂げた際にはなんでも申せ!」
「ありがたき申し出。熟考させていただきます」
爵位も領地も城もいらんが、つまるところアルヴィーナ好みの男に仕上げればいいということだな。婚姻までの期間は約2年。
厳しいところだが、可愛い義妹のためだ。
「覚悟しとけよ、ボンクラ王子」
鉄のパンツの方が良かったと思わせてやるからな。
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