第44話 文化祭 4

「いや~悪いね。ほんと」

「そんな怪我してるのによくそんなヘラヘラ出来るなお前」


 夕焼けが室内を照らし、どこからか五時を知らせるチャイムが聞こえる。

 病院のベッドで海斗は相変わらずの調子で笑っていた。

 あの後、海斗は救急車で病院へと運ばれ、検査の結果、足を骨折していた。頭部の方は特に何も問題はなかったという。

 だが、念のため数日間病院に入院することになっていた。

 その……まぁ……退屈だろうと思って、今俺はお見舞いに来ている。


「ふふふ、まぁ、一応好きな子の前ではカッコつけれたからね」

「この後に告白してたら付き合えてたかもな。お前」

「……はっ! 確かに!」

「はっ! じゃねぇよ。ほんと、お前は自分のこと心配しろ」


 思わず二人で苦笑する。


「だいぶ松葉杖生活も慣れてきたし、明日から学校に戻れるわけなんだけど……」


 笑い声が徐々に小さくなったのを合図に、海斗は俺も聞きたかった本題へと入った。


「問題は……あるな」

「……うん」


 窓の方を眺めながら、微かにほほ笑む。


「何かいい方法を探さなきゃね」

「……」


 薄々、思っていたがその足の負傷では主役を演じるというのは無理があるだろう。

 誰かが海斗のシンデレラ役と変わるといった方法が一番現実的だが、それも残り一週間でセリフを覚えるというのはかなり無理がある。


「なんだかんだみんなに迷惑をかけちゃったな……」


 いつもの余裕そうな顔はなく、沈んだ表情でつぶやく。


「確かにこのままでは劇は……まぁ、無理だろうな」

「……いや、何とかやるよ。幸い僕はシンデレラだ。スカートで怪我している足を隠せるし」

「そんなこと本気でできると……? 隠し通せると思って……」

「やるんだよっ! 僕がやらないと……」


 静かな病室に声が響き渡る。いつもと違う様子にビクッと反応してしまった。

 

「……ごめん。でも、クラスのみんなにごめんなさい、中止しようって事は……」

「まぁ、できないな」


 海斗はリーダーシップもあって、クラスのみんなからの人気も高い。そして、こいつはその期待にとことん答えてきた。自分のことなんて二の次。まったく物語の主人公かよって感じだ。

 最近までは俺もその雰囲気に流されながら、海斗を見ていた。ただ、最近話す様になり、関わり、意外な一面も見るようになって思う。こいつは背負い込み過ぎだ。


「……じゃあ!」

「頼れよ」


 シーツを握っていた海斗がポカンと俺を見ている。


「……その、カフェでブツブツ練習してくれてたおかげで、セリフは……何となく覚えてるんだよ。まぁ、シンデレラ役を譲りたくないってのなら話は別だが」

「……え、だって」


 相変わらず判断を渋る海斗にじれったくなりわしゃわしゃと頭を掻く。


「お前は凄いよ。周りからの助けにはいつも答えて、抱え込んで。でも、俺もお前も同じ高校生なんだ。ただの高校生なんだよ。全て完璧だなんて大人でも無理がある。それに、それ以前に……その友達……だろ? 俺らは」


 なんか言ってて恥ずかしくなってきたな。顔とか赤くなってない? 大丈夫そ?

 思わず目を反らすと、なぜか海斗が笑い出した。


「おま、バカにしてんの?」

「いや、違う違うよ。あはは、そうか僕達は友達だったね」

「あのなぁ……」

「いや、ごめんごめん。確かにそうだなって思っただけだよ。……うん、ちょっと意地になってたね」

「やっと分かったか」

「まぁね。それにしても、湊に気付かされるとは思わなかったな……。やっぱり変わったね、湊は。うん、僕が優先するものはシンデレラをやることじゃない。みんなと協力して文化祭を成功させることだ」

「……いいんだな。後からやっぱやりたいって言っても譲らんぞ」

「さっきと言ってること矛盾してるじゃん湊」


 ぽこっと海斗は俺の肩を軽く叩いた。


「それにしても、勢いでやるといったもののクラスのやつらは賛成してくれるかは不安だな……。こんだけ言っといて無理とか言われたらどうしよ」

「やっぱそういうところは変わってないかもね。大丈夫。明日、僕から言っておくから」

「それは助かる。じゃあ、時間もそろそろだし帰るわ。明日、気を付けて学校来いよ」

「うん。また明日」


 海斗に挨拶をした後、近くに置いていたカバンを肩にかけその場を後にすると、廊下の隅に見知った顔が。


「何してんだ百瀬。そんなところで」


 隣の自販機で買ったと思われる二本の缶コーヒーを手に、彼女はどこか浮かない顔をしている。


「その……お見舞い……に来たんですけれど。ちょっと怖くて。私のせいで……」


 自分をかばって怪我させてしまったことに責任を感じているのだろう。缶コーヒーを握っている手は少し震えていた。


「あのなぁ、百瀬。本当にあいつがそんなこと思っていると思うか? さっきもカッコつけれて良かったって言ってたくらいだぞ。その……大丈夫だ。きっと。あ、なんならナースのコスプレでも……」


 言っている途中で口を塞ぐ。

 やば、これセクハラになったりしないかな。


「あの……用意してます」

「やる気満々だなおい」

「てへっ」

 

 荷物から衣装を取り出す百瀬に冷静にツッコミを入れる。お互い気が緩みクスクスと笑い合った。


「よしっ! ちゃんとお礼言いに行ってきます。……ありがとうございます」

「おう」


 そう言って百瀬と別れる。

 数分後、廊下にまで聞き覚えのある男の歓喜の声が聞こえたが、少し笑って後は聞いていないふりをした。


***


「いやーほんとあの時はめちゃくちゃ焦りましたよ」

「俺もだ」


 机にあるケーキを食べながら、神代の言葉に俺も頷く。

 あの後、神代のグレードアップテストの役に立つかと思い、家にあったコーヒーの参考資料を渡しに向かったのだが、偶然神代の母親がケーキを買ってご馳走してくれるということになり、今家にお邪魔してこうして駄弁っている。


「そういえば……あの時は私のことかばってくれてありがとうございました」


 そう言いながら神代は俺の手を握る。体温を感じる温かい手は俺の手と比べるととても小さい。


「おう、ま、まぁな。でも別にそんな感謝されるほどでもないぞ。なんか反射的にっつーか……」

「へ、へー? 先輩は反射的にも私を守ってくれるんですね。えへへ」


 あ、これいつものパターン。

 小悪魔みたいににやついている神代。ほっぺにクリームついてるけど言わないでおこう。


「それにしても先輩がシンデレラですか……なんかウケますね」

「ほんとそれな」

「私、ウェイターなんで衣装着て写真撮りましょうよ。男女逆転で!」

「俺は人形じゃねーぞ……。ってほらそろそろ勉強しないと。明後日グレードアップテストだぞ」


 そう言い、コーヒーの参考書を鞄から出していると後ろからほっぺに温かい感触が伝わった。どうやら神代が両手で俺の頬を抑えているらしい。


「何してんだ?」

「う、うるさいです! ……あの先輩、このテスト合格したら文化祭の日少し時間を空けておいてください」


 俺は神代の手を頬から話す。振り向くと、神代の顔はどこか赤いような気がした。


「まぁ、いいが……。大丈夫なの? ってかちゃんと合格できるの? 普通に時間空いてるけれど」

「しますよ!? 余裕の満点でしますよ! それにこれは……私の覚悟みたいなものですから」

「そうか。ならそういうことにするか。じゃあ、まぁ始めるぞ」

「……はい!」


 神代の返事を聞き俺達は勉強を始める。コーヒーの種類。バリスタとしての作法。お客様への対応。いろんなことを教えていたような気がするが頭にはさっきの言葉がずっと残っていた。

 

 これは俺にとっても都合のいい展開になった。是非、合格してもらわないとな。……まぁ、合格しなくても言う予定だけれど。


 だって、俺はその文化祭の日にこのクソ可愛い後輩に告白すると決めたのだから。


***


 どうも砂月です。あと二話で終了します。

 どうぞ最後までお付き合いください。

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