第45話 文化祭 5

「さぁ、そろそろ聞こうか」

「……」


 店の中で俺と親父が見守る中、神代は真剣なまなざしで机にコーヒーカップを戻す。

 本日はグレードアップテストの日だ。

 先ほど筆記試験を行ったが、採点をしてみるとそちらは何とか合格していた。

 この利きコーヒーをきちんと当てることが出来たら試験合格だ。

 すると、ぴしっと神代が左のコーヒーカップに指を指す。


「左のコーヒーがソソール。真ん中がムーンドッグス、最後の右がここのカフェのオリジナルブレンドです!」

「……それで、いいんだな」

「はい!」

「……自信はあるんだな」

「あります!」

「……そうか。最後に聞くがほんとに」

「もういいですって!!!」


 ……はい。ちょっと緊張をほぐそうと思っただけなんだけどな……。


「結果は……」


 場の緊張は最高潮に上がる。

 まるで時間が止まったように。

 じっとこちらの目を見つめる神代。

 ……よし。では、そろそろ言わなければならんな。


「結果は……親父が知ってるので俺は知りません!! すまん」

「はぁ!?」


 思わず困惑する神代に親父が噴き出す。

 そう、このコーヒーを淹れたのは俺じゃなくて親父だ。

 まぁ、さんざん俺が試験官みたいな雰囲気だったからな。当然だろう。

 そこへ親父が悪い悪いと言いながら向かってきた。


「ごめんな~。神代ちゃん。こっちも一応経営だからな。俺が審判をやらなければならんのよ」

「別にそこは隠す必要なかったんじゃないですか!?」

「いや~なんか面白くって。ごめんごめん」

「もおおおお~」


 すっかり試験気分は消え去ってしまったが、仕切り直しと親父が席をする。

 今度こそ、本当の結果発表だ。


「えー……。それでは結果発表をしたいと思う」

「……!」

「……ふっ。まぁ、合格だ。おめでと、神代ちゃん」


 瞬間、神代の顔はぱっと明るくなる。


「ううぅ~! やったー!!! 先輩! 私やりましたよ! どんなもんです! やっぱり私最強だわ~!」


 しゅっしゅっとシャドーボクシングをする神代に思わず呆れてしまう。誰と戦う気なんだよ。

 それでも中々難しいテストを一発で合格するのは素直に褒めてやらんとな。


「おめでとさん。これで神代もグレードアップだな」

「うふふ、もっと私を崇め奉っても良いんですよ~」

「調子に乗るな」

「あでっ」


 コツンと軽くチョップをお見舞いすると、頭を抑えながら再び話し出す神代。


「先輩、あの約束忘れてませんよね?」

「忘れてねぇって。……まぁ、俺もちょっと話があるからどちみち都合が良かったというか……」

「……?? それってどんな……」

「あ、いや何でもない。気にしないでくれ」

「なんか変ですね。まぁ、いいや。ところで先輩……。私、合格したのでなんか祝ってくださいよ~」

「祝っただろ。今さっき」

「あ! 偶然明後日は文化祭ですね! 文化祭って確か屋台とか美味しいものいっぱいありますよね!」

「お前、まさか……」

「はいっ! コンプリートするつもりです! ありがとうございます! 先輩!」

「いや、俺何も言ってないんだが……」


 まったくこいつは……。

 だが、こう甘えられるのも悪くないなと思ってしまう俺がいるんだよな。

 ほんと、この小悪魔には敵わん。


***

 

「見よ! サイズがぴったりだ! やはりあなたがシンデレラで間違いない!」


 ついに文化祭当日とななった。

 思えば役者がチェンジとなって、最初はクラスのみんなも戸惑っていたものの、海斗のおかげで俺がシンデレラになる方向へ話を動かすのは容易だった。きっと俺だけの力だと無理だっただろう。

 そして、完成度に至っても完璧とまではいかないが、十分形になるクオリティにまでは上げることができたと思っている。

 

「あら……ほんとだわ! ……その、なんか丁度いいサイズだわ!」


 こんな風に少しセリフが抜けた時はアドリブだが、クラスのみんなはそれもまたウケると許可してくれている。何がウケるのかは知らん。

 

「こうしてシンデレラは王子様となんやかんやいい感じになりましたとさ」


 ナレーターを務める女子のアナウンスが響き、劇は終わりを迎える。

 とりあえず大きな問題はなく終えることができたとホッとする。

 劇は二十分近くあるのだが、やっぱりすべての時間集中するのはかなり疲れるものだ。

 最後に役者全員で礼をした後、拍手の音を聞きながら俺は舞台裏へと移動した。

 着なれないドレスのせいで少しの移動でもかなり時間がかかる。

 金髪のウィッグを取りながら、舞台を下りた後、教室へ戻ろうとすると、見知った顔が。

 出し物のウェイター姿が妙に似合っている神代はニヤニヤしながらこちらを見ている。


「お迎えに来ましたよ。お姫様」

「……あら、ご親切なこと。それでは食事の方はあなたがしてくださるのかしら?」

「何言ってるんですか先輩。ほら、早く行きますよ」

「自分が不利になったからってまともになるの止めてくれるか」

「あーあ―聞こえなーい。ほらほら先輩、写真撮りましょ! そのウィッグかぶって!」

「ああ、もう分かった。分かったから」

「ほーら! 文化祭はまだまだこれからですよー! はい! チーズ!!」


***


 お互い衣装を教室に片付けた後、約束通り神代とのグルメツアーが行われた。

 ほんとこいつ胃袋どうなってんだよ……。

 ……楽しいからいいけど。


「ん? 先輩何にやついてるんですか?」

「ばっ……別に何もねぇよ」

「あ、ここはチョコバナナ屋さんですって! 映えますよ! これは!」


 いや、まだ食うのかよ……。そんなことには気にせず、そそくさと教室へと入っていく。

 ……そういえばここ、俺が一年だった時の教室だな。

 確かあの隅っこによく席替えが当たってたけ。

 まだ二年になって一年も経っていないのに、かなり昔のことのように感じるから不思議だ。

 それほど二年生になってからの出会いが刺激的だったんだろう。


「どーひはんへふは、へんはい(どうしたんですか? 先輩)」


 振り向くと、チョコバナナをもぐもぐしている神代が。

 そうだ。俺の周りの環境が変化したのも神代がきっかけだ。そして、俺はこの今の環境が嫌いじゃない。


「何もない。ちょっと昔のこと思い出していただけだ」

「ほーれふは。へんはいもひひまふ?(そうですか。先輩もいります?)」

「いるいる。超いる」


 神代からチョコバナナを受け取り、俺も口へ含む。しっとりとしたバナナの感触にチョコの甘さがよく合う。甘いものはお腹がいっぱいでも食べてしまうから不思議だ。


「さて、次行っちゃいますかー!」

「……へいへい」

 

 まぁ、振り回されるのも悪くない。

 俺も残りのバナナを口へと放り込み、鼻歌交じりに歩く神代の後を追おうとすると、女子生徒に止められた。

 

「……あの、お代金まだいただいていないんですが……」


 あ、やっぱ俺のおごりなのね。


**

 

 その後も、食べ物だけでなく屋台にも顔を出したり、劇を見たりと楽しんだ。

 楽しい時間というのはあっという間で、気づけばもう夕方になっている。

 だが正直言うと、そろそろあの約束の時間だ。

 いつそういう話をしようかとドキドキしてしまっている俺がいる。


「ちょっと喉乾いたな……」

「私、買ってきましょうか?」

「いいのか?」

「ええ、たくさん食べさせてもらいましたし。それぐらいしますって」


 そう言うと、神代は自販機の方へ走って行った。

 よし、今のうちに深呼吸でもしておこう。

 五分間だけ……五分だけ男見せろよ俺!


「あ! 湊じゃないか! 文化祭お疲れ様!」

「ひぇ!」


 いきなり声をかけられ驚きながら振り向くと、海斗松葉杖を使いながらこちらに向かって来ていた。


「ははは、驚かせてごめん。それにしても、シンデレラ良かったよ。他のクラスにも評判でさ。あ、良かったらそこで話さない?」

「まぁ、少しなら」


 神代も今行ったばかりだし、帰ってくるには少し時間がかかる。

 ここでじっとしているのもどうもソワソワするしな。

 そう思い、俺達はすぐ近くにあるベンチに座り、話を始めた。


***


「うしし……お汁ことコンポタージュ! 絶対先輩嫌がるだろうなぁ~うしし」


 ……あ、でも片方私が飲むのか! やっちゃったなこりゃ……。

 それにしても試験の合格にこぎつけて、文化祭のデートも誘ってみたけれど楽しかったな……。先輩がデートと認識しているかは分からないけど……。

 校舎から出ると夕日が私を照らすと、同時に五時のチャイムが鳴った。一応、決まりではこの五時に文化祭は正式に終了となる。

 子どもの頃からこのチャイムが鳴ると、それまでの楽しい時間が終わるようで少し切ない気持ちになる。

 すると、スマホの通知音が鳴った。

 内容は午後班が片づけも終えたから、クラスは自由解散ということらしい。


「……後は告白だけ」


 意識した瞬間、足取りが一気に重くなるように感じた。

 大丈夫。大丈夫。

 五分だけ……五分だけ素直になって私!


***


 さっきの場所に戻ると、先輩が海斗先輩と話しているのが見えた。

 どっちも先輩だから呼ぶとき地味にめんどくさい。

 

「せんぱ」

「んで、湊って好きな子いないの?」


 海斗先輩のその言葉に思わず建物の陰に隠れる。

 さっきの声は聞かれていないようでホッとする。

 それにしても……協力ってそういう意味か!

 しかし、見えるのは後ろ姿で二人の表情は読み取れない。

 ただ、その先の返事が気になってしまいそーっと様子を伺う。

 

「まぁ……いるっちゃいる」


 いるのーーーーーーー!!!!!!?????????

 その時、聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが入り混じって、私はもう何が何だか分からない。


「それって、神代さんだったり……する?」


 海斗先輩の言葉に反応するように私もごくりと唾を飲む。


「んー。まぁ……その……可愛い後輩だとは思ったが特に何もなかったな」


 ……あ、聞かなきゃ良かった。


 その言葉を聞いた時、力が抜けるように持っていた飲み物が地面へと落ちる。


 カランカランと空しい音が響いた。

 

 頭が空っぽになり、何も考えられない。


 なのに、目から熱いものを感じどうしていいかわからず、咄嗟に私は走り出す。


 ……何してるんだろう。どこへ行くんだろう。

 ああ、ほんと耳を塞いでおけば。

 先輩を好きにならなければ、こんな気持ちにならなかったのに。


☆☆☆


どうも砂月です。次回最終回です。

なんとかカクヨムコンには間に合いそうだ……。

最後まで走りぬきます。よろしくお願いします。

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