第43話 文化祭 3
「シンデレラよ、お前さんのドレスはこの長い針と短い針が夜に重なる時に消えてしまう。それまでに戻ってくるのだぞ」
「分かったわ! ありがとう! 魔法使いのおばあさん! さぁ、武道会ではどんなことが起こるのかしら!」
「おいおい、海斗! そこ舞踏会だよ! どこの魔王と戦うつもりなんだよお前!」
「あ、悪い悪い。言い間違えた」
そして、クラスにワハハと笑い声が響く。
金髪のウィッグをかぶり、綺麗なドレスを身にまとう海斗。こいつ顔が中性的だから普通に美人顔になるんだよな……。
文化祭まであと一週間。
役者陣もかなり仕上がって来ていて、教室では本番のステージを意識した練習が始まった。
「次は『いけないっ、もう十二時だわっ!』だな」
「いけないっ、もう十二時だわっ!」
最近、海斗はカフェにやって来てはセリフをブツブツ覚えている。
話を聞くと、練習しているところを家族に見られるのが恥ずかしいということらしい。まぁ、役がシンデレラだもんな。
そのせいで聞いている俺もセリフを六割ぐらいは覚えるようになってしまっていて、このように準備時間に一人でこっそり次のセリフ当てゲームをしている。
裏方も特に問題なく、リハーサルの日には間に合いそうだった。
こういう行事ごとって割と積極的に参加する人と消極的な人でクラスの中が悪くなったりするからな……。順調に進んでいるようで微かにホッとする。
そう思いながら舞台で使う背景にペンキをぬりぬりしていると、もう残りのペンキが無いことに気付いた。
「金岡先生、ペンキ切れそうなんで買ってきて良いですか?」
「ああ、いいよ。ついでに他にも足りないものがあったら買って来て。そんで職員室で外出許可出すの忘れずに。後レシートも」
「了解です」
うちの高校の近くにはホームセンターがあり、この文化祭の期間中は申請を出せばそこで買い物をすることが出来る。
金岡先生からお金をもらった後、校舎を出て、ホームセンターに向かっていると正面から大きい木の板をえっさほいさと運ぶ生徒たちとすれ違う。
こういうことも、この期間だけの特別感がある。
例えるなら、学校休んだ日に見る昼のバラエティ番組みたいな。
そんなことを考えながらホームセンターで買い物を済ませて、来た道を戻っていくとコンビニが視界に入った。
先週までは寒い日が続いたのだが、今日はなぜか暑い日が戻ってきている。
「……アイス、食いてえな」
暑さのせいで考えることもせず、俺は吸い込まれるようにコンビニに入り、求めていた品に手を伸ばす。すると手が重なったことに気付いた。
「あ、どうぞ……って神代?」
「え、先輩!?」
***
「美味いなー」
「そーれすねー」
「なー」
神代も俺と同じように買い出しを頼まれ、アイスの誘惑に負けたらしい。
俺チョコチップ。神代はバニラのアイスを選んだ。もちろんこれは学校のお金じゃなくて自腹だ。
前には重い材料を一緒に持って学校へと向かう男女の生徒達が。
ぼーっとアイスを舐めていると、神代が呟く。
「もし、私があと一年生まれるのが早かったら、あんなふうに先輩と過ごしてるんですかね」
「どーだかな。同じクラスになってたか分かんねぇし、なってたとしても俺はこんな性格だからな」
大人になったらこの一年の差なんてどうでも良くなるのだろう。ただ、今この時は何か越えられないような壁みたいなものがある。
「それに神代が後輩だったから、俺と神代は知り合ったわけで……あれっ、なんかこれ恥ずかしいこと言ってね?」
「ふふっ、何照れてるんですか先輩。……そうですね。こんな可愛い後輩に出会えて本当に先輩はラッキーですね!」
「……ああ、くそまたそれかよっ。でも、その……まぁ、出会えて良かったよ」
どこか気恥ずかしく、頭を掻いてごまかす。
するとさっきまで威勢の良かった様子とは打って変わり、急にオドオドし出す神代。
「……あっと……えーっと……そんな本気で言われたらこっちも困るっていうか」
「何、照れてんの?」
「先輩のアホ!」
「お相子だな」
「……むぅ」
ほっぺを膨らまし不機嫌そうな神代。あざといが可愛いなこいつ。
でも、からかわれてばっかりだからな。こっちからもたまには仕返ししてやらねば。
「さて、そろそろ行くとするか。クラスの人達にも迷惑がかかるしな」
「そうですね」
アイスの棒をごみ箱に捨てた後、俺達はまた来た道を並んで歩きだす。
「そういえばバイトのテスト勉強はしてるのか?」
「ふふっ、順調順調! ……っと言いたいところですけれど、覚えることがいっぱいありすぎて正直きついです……」
「また、なんかあったら手伝ってやるからいつでも言えよ」
「……ふふ、はい! じゃあ、今日よろしくお願いしますね」
「今日かよ!」
「だっていつでもって言ったじゃないですか!」
「……言った……な。言った」
「へへへ」
そんなこんなで話していると、もう学校に戻っていた。
やはり行きとは違い、楽しい時間というのはあっという間だ。……そろそろ認めないといけないのかもしれないな。何だかんだ神代が……。
「先輩、ぼーっとしてどうしたんですか?」
「いや、何でもない」
校門を通り抜けると、外で作業をしている生徒達。見ている感じ、教室や廊下では狭くて、作業が出来ないような大掛かりな背景や道具を製作しているようだ。
結構な高さのある脚立に登って、作業する男子生徒もちらほら。こちらまでちょっとヒヤッとしてしまう。
それにしても他のクラスも気合入ってるな。これは負けられん。
「おーい! 湊! それに神代さんもお疲れ」
外に駆けだしてきたのはもちろん海斗だ。衣装は着ておらず、いつもの姿の。ただ、化粧は落としていないようで少し色っぽい。
「お疲れっていってもアイス食ってただけだけどな」
すると、ピョンピョン神代が跳ねだす。
「きゃー! 海斗先輩可愛い! どうしたんですか!?」
「あはは、まぁ色々あるんだよ……」
苦笑する海斗に俺も思わず同情していた時だった。
「真鳳こんなとこにいたんだーってみんなもいるんだ」
「お、おっす」
ふらふらとウェイターの恰好で現れたのは百瀬だ。
さすがスタイルがいいだけあって服を着こなしている。海斗を見つけると少し動揺した様子を見せたが、またすぐに普段通りのテンションで話しかける。
そこから五分ほど、あまり落ち着かない雑談をしていると百瀬が呟く。
「そういえば、私達のところの割引券あるからみんないる?」
「え、いいのか?」
「いいですよ~。減るもんじゃありませんし」
ポッケからゴソゴソと何かを取り出そうとする百瀬。
その時だった。
「みんな危ないッ!」
威勢よく叫ぶ海斗。
その瞬間、俺も事態に気付く。
反射的に横にいた神代を抱きしめ、後方へ転がる。
同時にダーンッ! と何かが倒れた音が響いた。
「大丈夫か! 神代!」
「は、はい。でも二人は……」
そうだ! 海斗!
「おい、大丈夫か二人とも!」
「あはは……いててて」
駆け寄ると海斗は百瀬をかばう形で大道具の下敷きになっていた。
「黒沢君!」
「百瀬さんが無事なら良かった。また、コスプレ見たいから……なんて」
「今からどかすからじっとしとけ! 神代そっち側持ってくれ!」
「分かりました!」
二人で起き上がらせようとするがかなり重い。
近くにいた人にも助けを要請し、何人がかりかで倒れていた大道具を持ち上げる。
「二人とも怪我は!?」
思わず叫ぶ俺に、今にも泣きそうな百瀬が答える。
「私は何とも……だけど黒沢君が!」
見るとツーッと頭から血がたれ始めている。とても大丈夫そうには見えない。
「ははは、僕は何……と……」
そう言って海斗は百瀬の体へと倒れるように意識を失った。
「俺はこいつを保健室に連れていくから、神代は先生呼んできてくれ!!」
「はい!」
周りは騒然としている。
あー、くそ。こいつがなんでこんな目に合わなきゃいけねぇんだよ!
悔しさにムカつきながら、俺は海斗をおぶってその場を後にした。
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