第42話 文化祭 2
「ほらよ、ホットコーヒー」
「ありがとう」
ちょっと引きつったような笑顔の海斗の前にホットコーヒーを置いた後、キッチンへ戻ると奥で仕込みをしている神代がキョロキョロと騒がしい。二人の様子が気になるようだ。
やっぱりなんかあっただろこれは……。俺もそこまで鈍感ではない。うーん、なんだあれか? ついに海斗のストーカーまがいの行動に嫌気がさしたとか? っていっても普通に話してる時は何だかんだ仲が良いように見えていたんだが……。
「……なぁ、神代。あいつら喧嘩でもしたのか?」
「え、そ、そうですかね~。私は何も知らないですね~あはは」
野菜を切っている神代にそっと耳打ちをするが、答えを濁す。明らかに知ってるなこいつ。包丁止まってるぞ。
まぁ、あまりペラペラと喋れない理由でもあるのだろう。
少しため息を吐きながら、カウンターへと戻る。
相変らず空気が重い。お葬式かよってぐらい重い。いや、お葬式って意外と親戚たち明るかったりするか。初めて行った時とかはちょっとびっくりするよなあれ。
「そういえば……俺らのクラスも文化祭の準備が始まりだしたんだが、百瀬のクラスは何するかもう決まったのか?」
とりあえず会話の話題でも出してみるか。……それにしても、こういう事を考えるようになったのも繋がりが増えたからなのかもしれないな。
「私達のクラスはメイド喫茶ですよ~」
「お、百瀬コスプレ好きなんだから願ったり叶ったりなんじゃ?」
「それがですね~メイドやるのは男子なんですよ~。私達は男装のウェイターですね。それはそれで着たいですけどね」
「何というか王道の文化祭ノリだな……」
俺らの文化祭の案でも出たように、男女逆転というのはやっぱり定番のノリなのだろう。……それにしてもいつもの海斗ならここで会話に飛びつきそうなものだが……。
ちらりと横を見るとカタカタと握ったコーヒーカップが揺れている。こいつも案外分かりやすいな。
すると、店の時計に目をやっていた百瀬が呟く。
「……さてと、私もそろそろバイトの時間なので行きますね」
「お、おう」
そう言うや神代にバイバイと軽く挨拶をした後、ドリンクのお会計を終え、そそくさと百瀬は店を後にした。
***
「……っていう事があってね」
「まじか」
あの後、話を聞いてみると今まであったことを教えてくれた。
明らかに疲弊しきっている海斗に神代も心配でカウンターにやって来た。
それにしても海斗ぐらいの何でもできるやつでも、振られる時は振られるんだなと思うと人間関係というのはやはり難しいな。
「まぁ、今日のドリンクは奢ってやるよ。俺の財布から出しとくから。これで元気出せよ」
「はは、ありがとう。ここは甘えさせてもらおうかな」
「そんな気にすんな。時間が解決してくれたりするだろ。きっと」
言葉ではそんなこと言いながらも、人付き合いというものは双方の関係性だと俺は考えている。一方が拒絶したら修復が不可能な時もある。
それが怖くて、以前の俺は人とつながりを持つのを躊躇っていた。
……なら、今はどうだろうか。
矛盾した気持ちに今までは見て見ぬふりをしていたが、そろそろ俺も向き合わなければならないのかもしれない。
***
「海斗先輩、大丈夫ですかね……」
「大丈夫ではないと思うが、恋愛ってそういうもんなんだろ。知らんけど」
「うわ、適当だ」
「だって、したことねぇし」
「……そうですか」
神代の返答に少し違和感を感じたが、キッチンに再び戻り、野菜を切る。
そういえば、あのこと言ってなかったな。
「そうだ、神代。前言ってた給料アップの件だが、通るかもしれないぞ」
「私、別に……。まぁ、いいですけど! 何円アップするんですか?」
なぜか不機嫌な神代。嬉しい話だろこれ。何で怒るんだよ。
「まぁ、時給百円アップだな」
「ほー」
「ただし」
俺はこちらを見る神代に一指し指を立てる。
「グレードアップのテストに受かったらだ」
「……なんですかそれ」
「ふふふ。よかろう。そんなに聞きたいのであれば教えてやろう」
「うわ、めんどくさ」
「課せられる試験は二つ! 一つ目はコーヒーに関する知識を問うテスト! そして、コーヒーの味を問うテスト! ……まぁ、前にやった利きコーヒーだな」
「げえ~勉強ですか~」
「まぁ、やるやらんは自由だ。任せる。まぁ、でも神代にはちょっと難しすぎたよな。ごめんな。神代レベルの試験が用意できなくて」
「……は!? 舐めてるんですか!? やりますよ! やってやろうじゃないですか! 覚悟しといてくださいよ。ほんと」
そう言って力の限り、キャベツを千切りする神代。
そして、俺は思った。
ちょれ~。
***
「ということで配役はこんな感じでいいかな」
黒板の隅にチョークを置くと、海斗はみんなに語りかける。結局、劇はシンデレラをやることになった。それももちろん男女逆転で。
主役のシンデレラはもちろん……
「海斗がシンデレラとかマジウケるわー」
「それなー」
「ははは……まぁ、せいぜい頑張るよ」
人気者というのも大変だな。
「それじゃあ、明日からガンガン文化祭の準備やっていこう! 役者の人達も手が空いたら積極的に裏方の子達の仕事を手伝ってあげて欲しい!」
「おー!」
楽しい時間の終わりを知らせるようにチャイムが鳴り、挨拶をした後、各々生徒は教室を後にする。
上手くクラスも回っているようだし、劇もきっと上手くいくだろう。
俺も明日の準備のため買い出しの品をチェックすると、教室を後にした。
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