第39話 協力者

「……ごめんなさい」


 たったそれだけの言葉なのに、重くのしかかる。

 まるで自分の事のように胸が張り裂けそうだ。海斗先輩も流石に少し堪えられなかったのか唇を噛んでいる。


「今まで異性としては意識してなかったから……。中途半端な気持ちで付き合うのはダメかなって」

「うん……。そうか、分かった」


 俯く海斗先輩。それも束の間、いつもの爽やかな顔に戻り、少し笑いながら話を続ける。


「それじゃあ、今日はありがとう。楽しかったよ。あっ、夜に一人返すのも悪いね。家の近くまで送るよ」

「ううん、大丈夫。お姉ちゃんが近くで働いてるから、そろそろ仕事も終わると思うし、ついでに車で迎えに来てもらうから」

「……そっか。それなら大丈夫だね。じゃあ、また」

「うん。また」


 二人が別れそれぞれの道を歩き出した時、絵里が振り向いて遠慮がちに声をかけた。


「……その……私、これで関係が終わりって言うのはあまり好きじゃないの。……いつも通りっていうか……。いや、それは流石にワガママ……だね」


 絵里はそう言いながら、髪を耳にかける。

 表情では分かりずらいけれど、あの仕草は絵里が動揺している時にやる仕草だ。


「……ははっ、本当にワガママだ。……嘘嘘。僕もそっちの方が有難いよ。……うん、頑張るね」


 振り返っていることもあり、ここからはどういう表情をしているのかは見れなかったけれど、見えなくて良かったのかもしれない。そう私は思った。


***


「ってやばいやばいやばい!! 見つかる! 見つかっちゃう!」


 絵里と別れた海斗先輩はあろうことか、私の隠れている遊具の方へ向かって来ていた。

 きっと、後ろの出入り口の方から帰ろうとしているんだと思うんだけど……。ってどうしよこのままだと見つかる!!!


「ええい!! 何とかなれ!!」


 近くの葉っぱのついてる木を拾い、何とか身を隠す。

 バレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんようにバレません……。


「あれ? 神代さん、そんなところで木なんか持って何してるの?」

「……トリック・オア・トリート……なんちゃって……」


***


「あはは、そうか全部見られちゃってたのか」

「す、すいません……」


 帰り道が近くということもあり、あの後私達は一緒に帰ることになった。前には電柱についている明かりがちかちかと点滅していて、心なしか落ち着かない。


「いやぁ、カッコ悪い所見られてしまったなぁ」


 本当は落ち込んでいるはずに違いないのに、ケラケラといつも通りの笑顔で海斗先輩は頭を掻いていた。


「カッコ悪くなんかないです。その……上手く言えないんですけど勇気を振り絞って一歩踏み出すってすごいことだから……私はその一歩が中々踏み出せないし……。海斗先輩は告白するの怖くなかったんですか?」

「まぁ、そりゃああっちにも気があるって確信がない限り、告白って怖いものだよね。僕も怖かったよ。この関係性がなくなっちゃうんじゃないかって。さっきも百瀬さんはああ言ってくれてたけれど、修復には時間はかかっちゃうと思うし」

「で、ですよね……」

「今まで通りおふざけの延長みたいなノリで終わらせることも考えたよ。……でも、やっぱり自分に嘘をついて青春を終わらしたくなかった。きっと後悔するから……ね」

「……やって後悔よりやらない後悔ってやつですか?」


 海斗先輩は軽く頷く。


「実は百瀬さんは僕の中学校の後輩なんだよ」

「え、そうだったんですか!? 何で二人とも黙ってるかなー」


「ははっ、ごめんごめん。少し昔の話になるけど中学生の頃、僕はサッカー部の大会に行くときに事故に遭ってね。命にはまったく問題はなかったんだけれど、怪我をしちゃってね……。それもちょっと選手生命にかかわるやつ。その頃は辛くて辛くて大好きだったサッカーをわざと遠ざけてたんだ。そんな時、友達の誘いであるイベントに行ったんだ。最初はめんどくさかったんだけれど……」


「絵里と出会ったと……?」


「ビンゴ。確かその時は巨人が出てくるアニメのヒロインのコスプレだったね。俺もその作品は見てて、思わず声をかけたらほんと面白いぐらいに語るんだよ。自分の大好きに精一杯向き合ってる彼女を見てたらさ、なんか恥ずかしくなっちゃって。終わった後、もう一回自分の好きなものに向き合おうって決心したんだ。じゃあ、次の日校門で会っちゃってさ。同じ高校なんだよ? 笑っちゃうよね」


「ほんとですね。少女漫画だと結ばれるに……あっ、ごめんなさい」

「そっか……そうだねっ! 俺も少女漫画の世界に生まれていればなー」


 笑っている姿から少しは心が軽くなったかなと思っていると、海斗先輩はいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「……神代さんは告白しないのかい?」

「どひぇ!?」

「本当にわかりやすいなー。湊のこと好きなんでしょ?」

「べっ、別に好きとかじゃっ! あれです! その頼りにはなるので! その……何というか……」

「はは、もうそれそうですって言ってるようなものだよ。……そうだ、話も聞いて貰ったし協力するよ。神代さんの恋」

「え!?」

「じゃ、俺の家こっちだからまたね神代さん」

「あっ……」


 じゃーねーと手を振りながら、まるで風のように去っていってしまう海斗先輩。

 普段はしっかりしてる人だけど、恋愛に関してはちょっと子どもっぽいところもあるなぁあの人。

 それにしてもやらない後悔……か。

 海斗先輩の言う通り、確かに青春は一度きりだ。……よし、

 

 文化祭、そこで気持ちを伝えよう。


 立ち止まり空を見上げると、電線越しに星空がきらめていて、まるでこれからの私を見守ってくれているように感じた。

 

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