第38話 偶然
「それじゃあ、お疲れ様でーす」
「本当に送らなくてもいいのか?」
世話焼きの先輩はそう言ってくれるが、まだ片づけが残っているとおじさんとの電話で話していたのを聞いてしまったのでそうにもいかない。
……まぁ、ほんとはもっと先輩と話していたいけれど、今日は我慢だ。
「大丈夫ですよ。まだ夜と言っても、八時過ぎですよ? お父さんじゃあるまいし」
「まぁ、そうだが……気をつけてな。じゃあ、また明日」
「はい、また明日」
私はとびっきりの笑顔でまたねをし、トコトコ歩き出す。次の電柱でそーっと後ろを振り向くと、まだ先輩はこちらを見ていた。
もう一度手を振ると、先輩もまた手を振り返す。
そして、思うの。ああ、好きだなって。
***
「はぁー、危うく告白しちゃうところだった……」
なんとなく家に帰りたくなくて、私は公園のブランコにて一人反省会をしていた。夜の公園といっても横にはショッピングモールがあるということもあり、公園内は街灯が立ち並び明るい。規模も大きい公園のため、人もそれなりにいて安全だ。
「だってさー、まさと君があんなこと言っちゃうからさー。ちょっと私も気になったわけでー」
ブランコの周りには人がいないので、思わず思っていたことを口に出す。
まぁ、先輩には全然伝わらなかったけどね……はぁ。そもそも給料上げて欲しいと思ってたって何なの! 私そんなに卑しく思われてたの!? まぁ、お金はあった方が嬉しいけれど!!
でも、あそこで話さなかったことにしたのは私がビビりだったからなわけで……。
……やっぱり告白して振られるのは怖い。
仮にもし、告白が失敗したらその時、私達は元の関係に戻れるのだろうか?
また、お昼ご飯一緒に食べたり、勉強教えてもらったり、今日みたいにケーキ食べたり……。
そして、もう少し、もう少しと先延ばしにしてしまう。一歩踏み出さないといけないのに。
「はぁ……ぽんこつすぎるよ私……」
すると、お腹がぐうと鳴った。悩み事をしていてもお腹は通常運転らしい。
思わず恥ずかしくなり、周りを見渡すが、近くには人はいない。
そろそろお家に帰らないとな……。この公園は規模が大きいこともあり、出入り口は複数存在している。
私はぴょんとブランコから小さく飛び、来た道とは逆のショッピングモール側へと歩き出し始めたその時だった。
「今日は僕に付き合ってくれて嬉しかったよ。百瀬さん」
前方から海斗先輩と絵里が見えた。
手には荷物を持っているところを見ると、バイト後、隣のショッピングモールで買い物でもしたのかな。
せっかくだから声をかけようと思った時だった。
「少し……話があるんだけれど……いいかな」
私は反射的に近くの遊具に隠れてしまった。それにしても話って何だろうか。次のコスプレのイベントについて会議でもするのかな……なんて。
絵里はいつも海斗先輩の前では扱い雑いけれど、私の前だとたまに話題に出すこともあって仲は悪くないと思うんだけどな。けれど、絵里も深くは話さないし、少し気にはなるんだよなあの二人。
それにしても盗み聞きなんて、なんか悪いことしてるような気分。でも、今更出ていくのも変だし……。
なんて思っていると、
「まず、今日は僕に付き合ってくれてありがとうね」
「黒沢くんがしつこいから仕方なくね。しつこい男は嫌われるよ? ……ってモテてるのが腹立つけれど。本性がコスプレになると性格が変わったように目の前が見えなくなるって女子達が知ったら……」
「ははは、まんまブーメランな気もするけれど……。うん、確かにそうだね。でも、僕が夢中になるのは百瀬さんのコスプレだけだから」
「はいはい。次の会場でもまた目立つようなことしないでよね。恥ずかしいんだから」
「はは、でもあんな露出のある衣装着ててはずか……ゴホァ!」
絵里のお得意脳天チョップがお見舞いされた。
海斗先輩ってたまにアホだからな……私が言うのもあれなんだけれど。
それに、絵里の行動見てたら忘れそうになるんだけれど、海斗先輩一応先輩だよ!? めちゃくちゃボコボコにしてるけれど一応先輩だよ!?
「ほんと懲りないよね。で、話って何なの。もうっ」
「へへっ……ごめんね。じゃあ、言うよ」
相変らずあんなに鈍い音が聞こえたのに、爽やかな笑みを浮かべる海斗先輩。
ただ、絵里のことをもう一度見つめた時、少し雰囲気が変わったように思えた。
「僕は君のことが好きだ」
自分が言われたわけじゃないのに、思わず息が詰まるような感覚を感じる。
海斗先輩が絵里に好意があるのは分かっていたけれど。
すると、クスクスと絵里が口に手を当てながら笑った。
「黒沢君が好きなのは私のコスプレでしょう?」
「もちろん、君のコスプレも好きだけど、百瀬さん、君が好きだ」
「……そう」
本当にこれ盗み見てていいのだろうか……。でも、これめちゃくちゃ気になる。
音を立てぬよう最大限に注意しながら、様子を伺う。
さっきまでは人の声がちらほら聞こえたが、いつの間にか周りの声も静かになっている。
そんなことを思っていると、ちょうど九時になったのか、隣のショッピングモールもお店が閉まり、看板などの明かりが消え、周りは一気に暗くなる。
まるで劇中にスポットライトが当たるようなそんな緊迫感。
タイミングは丁度その時だった。海斗先輩がそっと手を差し出す。
「だから、僕と付き合ってください」
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