第37話 勘違い

 カラカラリンとベルが鳴らせながら、可愛い仮装をした子どもたちはカフェを出て行く。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんまたね〜」


 まさと君の質問をなんとか受け流した後、特に問題になるようなことも起こらず、子どもはもちろん、保護者からもウケが良かったようで無事ハロウィンイベントは大成功? で終わった。

 今年これだけの人数が来たって考えると、来年は少しスタッフの人数を足さないとな……。だが、それには人件費がかかるわけで……。親父と相談しないとなこれは。


「くぁ~おつかれ〜」

「はいはい、おつかれさん」


 コスプレである魔女の帽子を取り外しながらこっちへ向かってくるのは百瀬。そして、海斗も丁度、最後の子ども達の見送りを終えたようだ。神代はキッチンで先に洗い物を始めていた。


「今日は助かったわ。予想以上に人が来てくれたのは良かったが、正直ここまでとは俺も思わなかった。お前らがいなかったらと思うとヒヤヒヤするわ」


 いやまぁ、バイトをあまり雇えないここの経営管理の方がヒヤヒヤするけどね。


「ははは、僕たちも楽しかったよ。小さい子たちの仮装も可愛かったしね」


 微笑みながら話す海斗に続いて、桃瀬が遠慮気味に手を挙げる。


「それはそうと、私たちこれから何したらいいんですかね?」

「あぁ、百瀬たちはもう上がってくれて構わないぞ。片付けもそんなないし、夜への引き継ぎとか俺たちしかできないしな」

「まぁ、湊先輩がそう言うなら.それではお言葉に甘えて、お疲れ様でした」

「あぁ、お疲れ様」


 百瀬と海斗に今日のお給料と店のクーポン券を封筒に入れて渡すと、二人は裏口の方から帰って行った。


「……さて、片付けでも手伝うか」


 近くのテーブルに積まれている食器を両手支えながらキッチンへ向かうと、ゴシゴシとスポンジで食器を洗っている神代。

 ただ妙に落ち着いているというか、どこか違和感を感じた。多分、気のせいだと思うが。


「神代も今日はお疲れさんっと……あ、百瀬たちは先に上がらせちまったけれど大丈夫か?」

「はい。大丈夫です」

「そうか。なら良い」


 ガチャガチャ、キュッキュ。

 ジャージャー、ガチャリ。


 二人とも少し疲れていたのか、聴こえるのはお皿を洗う音と流れる水の音。


 ガチャガチャ、キュッキュ。

 ジャージャー、ガチャリ。


 すると急に神代が水を止めた。思わず皿を拭いていた手が止まる。まるで指揮者が指揮を止めた時のような静けさが辺りを漂う。

 思わず目線を横に向けると、何か真剣な顔をした様子だ。


「先輩って私のことどう思ってたり……しますか?」

「……へ? いや、要領良くて仕事ができるやつだなーとは思うけど」

「……ありがとうございます。でも、そういう訳じゃなくてですね」

「え? 何」

「だから……そのですね……」


 もじもじしながら、何か言いたげな神代。神代でも言いにくいことでもあるのか……と心当たりを考える。

 言いにくいこと……言いにくいこと……。


「あ、そうか! 神代そういう事なんだな!」

「……はい、先輩の気持ち……知りたいです」

「う~ん。確かに神代ならいいかもしれないな! 親父に相談してみるか」

「ええ!! そんないきなり親御さんとの挨拶だなんて段階飛ばし過ぎじゃないですか!?」

「は? いやだってここ親父の店だし、流石にそこまで俺には権利はないよ」


 すると、少し不思議そうな顔をしながら神代が口を開く。


「……あの……先輩、なんか勘違いしてません?」

「え、バイト代上げてくれって話じゃないの?」

「へ?」

「へ?」


 どういう訳か目が点になっている神代に思わず俺も思考が止まる。

 すると急にぷぷっと笑いだす神代。え? 何が可笑しいの? とりあえず場に合わせて苦笑いをする俺。


「……はぁ。ほんと先輩は先輩ですね。ほら、そのお皿も貸してください。先輩、洗うの丁寧すぎて遅いですから」

「丁寧なのは良いことだろ」

「夜が明けちゃいますよ。それじゃ」


 すると、再び神代は蛇口から水を流しながら、ひょいひょいと俺の横からお皿を取っていく。

 さすが俺にああいうだけあってやっぱり手際良いなこいつ。


「そういえば、さっきなんてい……」

「あぁー! 先輩、そういえばそろそろ文化祭の季節ですねー!」

「いや、話を遮ぎ」

「私達の学年は出店担当ですけれど、先輩たちの学年は劇でしたっけー!!」

「だから、話をだなぁ……あれ、もう皿ないや」

「ほーら、私がやると早いでしょ先輩っ。これは文化祭の日食べ物をご馳走にならないとですねっ。可愛い後輩のためにっ」


 見ると奥にはピカピカになったお皿が綺麗に水きりに収納されている。俺ならとにかく煩雑に入れてしまうところだが、こういうのにも性格というものは出るなぁと思っていると、急に頬に冷たい感触が。気づくと神代が頬に指をツンと当てていた。


「ほーらっ、よそ見しないで先輩。可愛い後輩がデートに誘ってあげてるんですから」

「また調子に乗りやがってなぁ……」

「良いんですか? 去年みたいに一人、教室で過ごすの悲しくないですか?」

「おまっ、なぜそれを……!」

「え、嘘。本当に一人だったんですか……」


 ……やられた。そうだよね。神代去年、中学生だったもんね。


「ま、まぁそれならなおさら良かったですねーあははは……」

「おい、神代フォロー下手だぞー」

「あ、はい……すいません……」

 

 まったくなぁ……と思いながら、思わず苦笑してしまう。それにつられ神代も「先輩に友達がいないのが悪いんですー」と吹き出した。


「さて、やることも終わりましたし、私もそろそろ上がりますね」

「あ、神代。ケーキが二つ残ってるんだけど食うか? あれだったら貰って行っても構わないけれど」

「食べます!! ここで!!」

「おう、せっかくだ。俺らもハロウィン楽しもうぜ」

「もちろんですっ!」


 コーヒーを淹れて、冷蔵庫からケーキを取り出し、テーブルへと席を着く。テーブルにはかぼちゃの小さい置物が置かれていた。

 きっと神代が気分を味わうため置いたのだろう。


「美味しそうなケーキですね!! 早く食べましょう! 先輩!」

 

 秋の夜長。

 こういうイベント事がワクワクしてしまうのはまだまだ俺が子供だからだろうか。

 お菓子をねだっていた頃から何も変わっていないな。


「何笑ってるんですか。先輩」

「いや、何もない。美味いな」


 俺はそう言いながらケーキの上のイチゴを最後の楽しみに、皿の上に落とした。

 


☆☆☆

 あけましておめでとうございます。どうも砂月です。

 まずは一つお詫びを。前回の話で年内完結を宣言しておりましたが、年末に体調を崩し、執筆をすることができませんでした。申し訳ございません。

 また、再開するのでよろしくお願いします。

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