第36話 トリック・オア・トリート

 ハロウィン当日。

 店内はかぼちゃの置物や、お化けのポスターなどが飾られている。

 BGMもいつもの穏やかな曲とは違い、ほんの少しホラー臭がするものへ。


「よーし、結構人も来てるみたいだな……準備は出来てるか?」


 そっと窓のから外を覗くと、かなりの数の子どもやその保護者たちが。

 ちらほら簡単な仮装をしている子もいる。

 SNSで告知したおかげもあって、今年は去年よりもにぎわいそうだ。


「オッケーです!」

「私もー」

「僕もだよ」


 各々返事が返ってきたので、俺も頷く。

 今回のプログラムは前半がクッキー作り、後半が仮装を交えてのお菓子パーティーとなっている。

 すると、海斗が「あっ」と何か思い出したようだった。


「そういえば言い忘れてたんだけど、今日僕の親戚の子が来るらしいから、その時は可愛がってあげてね」

「了解。また、来た時に紹介してくれ」

「うん。分かったよ。それじゃあ……湊、掛け声頼むよ」

「え……俺?」


 掛け声なんてリア充のやることじゃないか。

 それに友達とかいなかったからやり方が分からないんだが……。

 周りはじーっと俺の様子を伺っている。これはもうやるしかねぇな。

 まぁ、見よう見まねだ。


「よし、そ……それじゃあ始めるか!」

「「「おー!!!」」」


 嚙んじゃった……てへ。

 ……でも、たまには良いな。こういうのも。


***


「あ! おにーちゃん!! おねーちゃん!! 久しぶり!!」


 外で待っていた人たちを中へと案内していると、一人の男の子がスタスタやって来た。そして、この声には覚えがある。


「ええ!! まさと君!?」

「え? まじ?」


 思わず驚く俺と神代。

 まさと君は俺達が夏に花火を見に行った時に出会った子だ。

 迷子になっていた状態を神代のおかげもあって……いや、もうほとんど神代のおかげで送り届けることができた。


「また会えたねー! 元気だった?」

「うん! めちゃくちゃ元気!」


 その後、きゃっきゃとお喋りをする二人。

 相変わらず神代は子どもを相手にするのが上手いなーっと感心していると、近くに寄りかかった海斗がこちらへやって来た。


「あ、いたいた。まさとー。湊君達に今日はお世話になりますって言うんだぞー」

「今言ったもん……多分」

「……へ?」


 またもやポカンとする俺と神代。


「えーっと……紹介するよ。まさと。俺の親戚の子ども」

「「ええええええええええええ!!!!」」

「別にそこまで驚くことかい……?」

「いや……実はだな……」


 この後事情を説明すると、海斗もまさと君が迷子になった話は聞いていたらしく、さっきの反応に納得してくれた。


「へぇ~偶然ってあるものなんだねぇ~。体育祭の練習の時、まさと君を持ち上げたって話が出た時はまさかね……って思ってたけど……そっかぁ~」


 ふむふむと頷くと、笑いながらこちらを見つめてきた。


「改めてお礼を言わせてもらうよ。ありがとう」

「おいおい……もう過ぎた話だって」

「そうですよ~。気にしないで良いですって」

「ねぇー! 早くお菓子作ろうよー!」


 俺達が話していると、待ちきれなくなったのか、ぶぅぶぅ文句を言いだすまさと君。


「ほら、みんなも待ってるし始めようぜ」

「……そうだね。それじゃあ、仕事で返させてもらうとするよ」


***


 前半のお菓子作りは前日にあらかじめシミュレーションしていたおかげもあって、進行もテンポよく行うことができた。

 問題の百瀬には神代と俺が交代で徹底的に張り付き、余計なことをさせないように警戒していたので大丈夫だろう。……いや、これ子どもより手間かかってない!?

 何はともあれ、色々あったものの次は後半戦だ。


 海斗はドラキュラの衣装に身に包み、俺は図書室とかに置いてある本のあの赤と白のボーダーの服のやつに仮装した。忘れずに眼鏡もかける。

 俺もかっこいい仮装が良かったが、近くの店にこれしかなかったのだ。無念。


「さて、準備は整ったが……女子陣はまだか?」

「まだ……のようだね」

「おいおい……もう始まっちまうぞ……」


 女子が子どもたちを見ている間、男子が先に着替え、入れ替わりで行っているのだがそろそろ始めないといけない。

 あと、もう一つ不安な点が。破廉恥な格好したり、させたりしてないよな?

 百瀬、割とコスプレに関しては常識が外れるからな……。一応保護者がいるんだから頼むぞ……。

 ほんとエッロイやつじゃありませんように。

 いつもなら全然ウェルカムだけど今日はダメだ。いつもなら全然ウェルカムだけど。


「「お待たせしましたー!」」


 奥から店の中へやってくる二人にそっと振り返る。

 だが、不安は杞憂だったようだ。

 神代は多分ノケモンと思われるキャラクターのアニマルコスチューム。いつもより小動物感が増している。

 百瀬は王道の魔女の格好だ。まぁ、ちょっと露出が多いと思うが、前神代に見せてもらった写真と比べると健全な方だ。


「ふう、良かった」

「何がですか?」

「いや、こっちの問題だ」


 神代から目を逸らすと、横で発狂する二人。


「あああ!!! 真鳳きゃあいいいい!!」

「あああ!!! 百瀬さんんんん!!!!」


 ほんと大丈夫か後半……。

 ため息をついていると、神代がこちらへ寄ってきた。


「せんぱーい、どうですか私の仮装」

「お、おう。良いと思うぞ」

「……可愛いですか?」

「……え? ……まぁ、うん。おう……可愛い」

「ふふふ、先輩初めて可愛いって言ってくれましたね~。『良い』って言葉はいつも言ってくれるんですけれど」


 ぴょんぴょん喜ぶ神代。本当に小動物みたいだな。

 ……それにしても何だろう。たった可愛いって言っただけなのにめちゃくちゃ胸がドキドキする。

 少し前からのこの違和感はなんだ。


 ……いや、今は仕事に集中だ。


***


 最初は心配していた後半戦も難なく進行することができた。

 つい忘れそうになるが、普段はしっかりしている人たちなのだ。たまにねじ外れるのが玉に傷だが。だけに。


「……ふぅ、なんとか終わりそうだな」

「ほーれふね(そーですね)」

「神代、ちょっと食いすぎじゃねぇか?」

「ほんなたへてまへんよ!(そんな食べてませんよ!)」


 そんな口もぐもぐさせながら、しかもポケットいっぱいにお菓子詰め込んで言われても説得力ねぇよ……。

 少し恥ずかしさを感じたのか、神代は近くのジュースを手に取り、ゴクゴクとお菓子を流し込んだ。


「ぷはーっ、最高です。天国です」

「子どもより百パーセント楽しんでるよな。お前」

「もう、うるさいですぅー」


 むぅっと唸っている神代。

 俺も流石にお菓子を食べたせいか、喉が渇き、近くにあった紙コップにジュースを入れる。

 すると、トコトコお菓子を食べながらまさとくんがやって来た。


「お、まさと君楽しんでる~?」

「うん、楽しい! 今日はありがとう!!」

「おー! お礼が言えるなんて偉いですね~」


 神代がまさと君の頭を撫でていると、まさと君がはっと何か思い出したようだった。


「あ、そういえば僕、質問ある」


 なんだ? ハロウィンについてか? ふっふっふ……任せろ。

 俺はこの日のためにあらゆるハロウィンの記事を読んできたのだから! なんでも答えてやろうではないか少年!


「いいよ~何でも聞いて~」


 ニコニコしながらそういう神代。だが、その質問は俺達の予想外の物だった。

 ……そう、いつかの時みたいに。


「おにーちゃん達、まだ付き合ってないの?」

「「ブフーッ!!」」


 これもまた同じくいつかの時みたいに、同時に吹き出す俺と神代。

 ……ほんとこの子油断ならないわ。

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