第32話 体育祭 3
「いやぁ~随分派手に転びましたね~。やっぱり先輩は期待を裏切りませんね」
「くっそ、何も言えねぇ」
マジで恥ずかしすぎるんですけど。あんなに念入りに準備体操した意味よ。
近くの水道で汚れは流したが、じりじりとまだ傷が痛む。
すると、俺と並ぶ形でベンチに座った神代はゴソゴソとカバンを探りだした。
「私が通りかかって良かったですね、これは。はい、先輩。絆創膏です」
「わりぃ。助かるわ」
「湊、大丈夫かい? 擦り傷とはいえどうしようか……」
「いや、大丈夫だ。もう一回やらせてくれ」
神代から絆創膏を受け取り、足に貼っていると海斗が話しかけてきた。
まだ、なんもしてないからな。傷も痛むが別にそんだけだ。全然我慢できる。
「オッケー。湊がそう言うなら。じゃあ、もう一度あっちから走ってみようか」
「了解」
今度は念入りに靴紐を結び、再びさっきの地点に立ち、スタートの準備を行う。
「それじゃあいくよ! よーい……ドンッ!」
「ッッ!!!!」
海斗の声が再び発せられ、俺は前を向く。
もうカッコ悪いところは見せられない。
自分に出来るだけの力を振り絞って、腕を振り、足を前へ、前へと進ませる。
久しぶりの運動に全身の筋肉は「おい、フザケンナ」と逆ギレしているのを無視し、がむしゃらに走った。
***
「おっそっ!!!!!!!!! え!? どうしたらあんなおっそいセンスない走り方出来るんですか!? 逆に芸当ですよ芸当!」
「あーもううっせぇ!! 一生懸命走ってんだよこっちも!」
ゴールした瞬間、神代に罵声を浴びせられ耳が痛い。
そう、俺は体力にはそこそこ自信はあるが、運動センスが絶望的にないのだ。
「なんですかあの腕の振り方!! なんかもうズッダンズダンじゃないですか! 姿勢もグッダングダンだし!!」
「なんだズッダンズダンとかグッダングダンって!? 説明下手か!! ちゃんと分かる言葉で説明しろよ」
「だからもうズッダンズダンでグッダングダンなんですよ!! 先輩のグッダングダンさがにじみ出てる走りでしたよあれは!」
「だからグッダングダンって何だよ!? いや、良いことじゃないってのは分かるけど!!」
「まぁまぁ、二人ともそこらへんにしてさ。湊もまだまだ体育祭までには時間があるし、これからフォームを直していけばきっと上手く走れるようになるよ。ま、それなりの努力は必要だけれどね……」
俺達がブーブー言い合っているのをなだめるように海斗が話し出す。
「僕もそんなに運動がずば抜けて出来るってわけじゃあないけれど、一応運動部としてアドバイスは出来ると思う。……そういえば、神代さんは運動出来たりするの?」
すると、待ってましたとニヤニヤし出す神代。
「ふっふっふ、海斗先輩。実はこう見えて私、それなりに運動できるんですよ。もちろん今回の学年対抗リレーも出ます! えへへ」
「本当かい? それなら心強いよ」
神代が海斗と話しているその時。一瞬……微かにだが、胸にチクリと何かがつっかえた。
何だこの感じ。あまりよくない気分だ。
「おーい、聞いてる? 湊」
「……ん? あぁ」
少し気を取られていたせいで話を聞いていなかった。
「じゃあ、まずはスタートダッシュからやっていこうか。湊はスタートから姿勢が真っすぐだからそこを直していこう。コツは最初は姿勢を低めにして徐々に上げていくこと。分かったかな?」
「なるほど。やってみる」
「オーケー。じゃあ、ここからはもう本当に練習あるのみだね。頑張っていこう」
相変わらずの爽やかフェイスで海斗がそう言うと、神代も「おー!」と、威勢よく声を上げる。
「いやぁ、私こういうの憧れてたんですよね~スポコン漫画みたいでっ。何だかワクワクします」
「走るの俺なんだけれどね……」
「任せてください。これから休日はみっちり私達が特訓に付き合いますから」
「……は?」
え、何かの聞き間違いカナ?
「おいおい、嘘だろ。そんなこといつ決まったんだよ」
「え、さっきだけど……。あ、やっぱり聞いてなかった?」
話聞いてなかったあの時か……。
でもまぁ、今更やっぱやりたくないです。家帰ってだらけていたいですとも言えないしな。
覚悟を決めるか……。
***
前に湊先輩が通り過ぎるのを確認し、私は勢いよくスマホの画面をタップする。
「神代、今何秒!?」
「十九秒です。だいぶフォームは良くなってきましたが、まだ高校生の平均タイムにもいってませんね」
「これ以上は足もげるぞ……」
あれから数時間は練習している。正直ここまでぶっ通しでやるとは私も少し予想外だ。
スマホのストップウォッチ機能をリセットしゼロに戻していると、湊先輩はぐでーっと力が抜けたように地面に倒れた。
コミュ力以外に弱点が無いと思っていたけれど、また新たな先輩の一面が見れてなんかこそばゆい気持ちだ。先輩は見られたくなかっただろうけれど。
「神代さんの言う通りフォームは良くなってきてるよ。後はそのフォームに慣れて走りまくることだね」
「先が思いやられるんだが……。ま、ちょっと喉乾いたから水飲んでくるわ」
呼吸を整えながら、ヨロヨロと体を起き上がらせると湊先輩は水飲み場へと向かって行った。
「最初はああ言ってたけれど、すんごい努力家なんだよね、彼」
近くのベンチに腰を下ろしていると、海斗先輩が話しかけてきた。
「そうなんですか? 大体のことはそつなくこなすような気はするんですけど……」
「僕が去年、彼と出会った時……まぁ、体育のテニスの時間だったんだけれど、その時もこうやって必死に練習してたよ」
「へぇ、ちょっと意外です」
「まあ、男子高校生ってのはかっこつけたがる生き物だからね。特に女子の前でだと……なんてね」
「女子の私にはちょっと分かりませんが……」
男の子というものはそういうものなのだろうか。それにしてもまだまだ私の知らない湊先輩がいるんだなぁ。
知りたいなもっと。そして、出来るなら独り占めしたい。
足をぷらぷらさせながら待っていると、湊先輩が駆け足で戻ってきた。
「よし!!! もう一回!!!」
そう言って湊先輩はまたスタートの地点へと駆けていく。
いつの間にか自分が一番熱くなっちゃってるのに気が付いてないんだろうな。
少し口元が緩むのを抑えながら、私もゴールに向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます