第31話 体育祭 2

 カフェから近くの公園のベンチに座りながら、ジャージ姿の俺は黒沢がやってくるのを待っていた。

 かなり広いこの公園はショッピングモールのすぐ横に存在しており、休日は親子連れや子どもたちがサッカーをしていたりと賑わっている。

 さっき自販機で買ったスポーツドリンクを飲んでいると、前方から俺と同じようにジャージ姿の黒沢がやって来た。


「やぁ、皆川君。いい天気になって良かったね。これは良い汗をかけそうだ」

「どうかお手柔らかに頼むぞ……」


 相変わらずの爽やかな顔をして伸びをする黒沢と、もうすでに体が重い俺。やっぱ帰っちゃダメですか。うん、ダメだよな。


「さてと、じゃあ準備体操でもしてから始めようか」

「はいよっと……」


 俺も重い腰を上げて、黒沢に続き準備体操を始める。


「なんだか一年生の頃を思い出すね。でも、あの時話しかけていなかったらこうして話すことはなかっただろうし。ちょっと悪いけど、皆川君って少し話しかけにくい雰囲気合ったし……」

「結構爽やかな顔してずばっとしたこと言うなお前……。別に俺がコミュニケーション下手なだけだ。人よりちょっとな。それにそろそろ君付け止めないか? なんか気になって仕方がない」

「確かに同い年だしね。じゃあ、皆川……いや、湊君で。僕も下の海斗かいとでいいよ」

「お、おう」


 まさか下の名前で呼び合うことになるとは……さすが黒沢。陽キャは違う。


「さて、それじゃあそろそろ始めていこうか」

「そうだな」

「あれ~! 湊先輩何してるんですか~!?」

「げ」


 まさに走り出そうとした時、後ろ側から名前を呼ばれた。間違いないこの声は……。


「こんちは~それにしても奇遇ですね~」


 そう言いながら現れたのはもちろん神代だ。服装はラフな白のスウェットにジョガーパンツを着ている。


「湊、彼女は?」

「バイトの後輩だ。名前は神代真鳳。神代、こっち俺のクラスが同じか……海斗だ」

「へー、先輩友達出来たんですね。あ、どうも一年の神代です」

「うん、神代さんだね。よろしく」

「それで……先輩達はここで一体何を? 運動っていうのは服装で分かりますけど……」

「ああ、それはね……」


 状況を説明しようとする海斗の口を急いでふさぐ。そして、ぐっと体を引き寄せ、神代に聞こえないようそっと耳打ちをする。


「ちょっとリレーのことは話さなくていいって」

「え? なんで」

「なんでって……。知られたら……まぁ、色々めんどくさいんだよ」


 また神代の事だ。俺の弱点が分かればずっとからかわれるに違いない。うわ、想像したら改めてめんどくさっ。


「そうかな? 神代さんもきっと協力してくれると思うよ」

「いやでもな……」

「まぁまぁ、そんな恥ずかしがらなくても大丈夫だって」

「あのー! 何二人でコソコソ話してるんですかー?」


 長らく放置されていた神代はついに待ちきれなくなったのか、ブーブー文句を言いだした。


「あのね神代さん……」


 するといつの間にか海斗は掴まれていたのをすり抜け、神代のほうに近づくと、説明を始めだした。


***


「えええええ!!!!! 先輩学年対抗リレー出るんですか!?」

「……まぁ、そういう事になる。悲しいことに」

「いや~先輩のことだから二人三脚とかで無難にやり過ごすと思ってたんですが意外ですね」

「エスパ―?」

「は?」

「……いや、何でもない。そもそも俺が一番こんな状況になってしまったのが驚いているくらいだ。自分の運のなさが怖い」

「確かに占いの時もそうでしたけど、先輩って結構不幸体質ですよね……。でも、先輩って言うほど運動苦手なんですか? なんか体力はありそうな気がするんですけど。ほらっ、花火大会の時まさと君おぶってたし」

「湊は体力はあるんだけれどね……」


 神代の質問に苦笑いしながら答える海斗。


「まぁ、見てもらった方が早いか。ちょっとそこから走ってもらえるかな?」

「え、まじ?」

 

 こいつ正気か? 後輩の目の前で醜態を晒すことになるんだけど。さわやかな顔してやっぱえぐいわこいつ。


「ほら先輩早く早くっ。先輩の華麗な走りを見たいです! 私は」


 ニヤニヤするのを無理やり抑えながら急かす神代。こいつ絶対楽しんでるわ。

 ……仕方ない。ここまで来たら吹っ切れてやる。海斗と神代から大体百メートルくらい距離を取りスタートの準備を行う。


「じゃあ、そこからここまでねー。よーい……」


 海斗の声が耳に届くと、少し気が引き締まる。まぁ、もう運動できないのはばれてるわけだし、神代にはからかわれない様にそれなりに『っぽい走り』を見せて誤魔化そう。


「ドンッ!」


 掛け声と共に俺は地面から前へと視界を移動させる。そして、その一瞬、視界に映ったものが背中をぞくりとさせた。靴紐がほどけていたのだ。


「あ、やべっ」


 気づいた時には時すでに遅し。

 思いっきり紐を片方の足で踏んでしまった俺はそのまま前方へ、ズサアァと聞くだけでも痛い効果音を立てて転んでしまった。


「湊ー!」「せんぱーい!?」


 遠くで俺を呼ぶ声が。

 あの……やっぱり帰っても良いですか? っていうかお願いします帰らせてください。

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