第27話 利きコーヒー

「先輩お疲れ様です~」

「ほい、お疲れ様」


 夏も後半に入り、七月の頃に比べれば、日の落ちるスピードもかなり早くなったように感じる。

 時刻は六時。

 今日は休日だが、親父が家を空けているので、本日の営業は夕方までだ。


「今日は疲れたな……。そうだ、仕事も終わったし……コーヒーでも飲むか?」

「良いですね! あっ、私がたまには作ります! 先輩、締め作業あると思いますし。どこのコーヒー豆が良いですか?」

「おう、じゃあお言葉に甘えて……。ん~まぁどこのでもいいや」

「かしこまり~」


 神代は軽く俺に返事すると、冷凍庫からコーヒー豆を一袋選ぶ。

 もちろんお客さんには出したりしないが、従業員が休憩する時など、飽きない様に色々な店のコーヒー豆がこのカフェにはストックされているのだ。


「……さて、ラスト頑張るか~」


 あんまり長くかかるとコーヒーが冷めてしまう。さっさと終わらせなければ。

 ぐっと伸びをし、俺は再びレジの計算を始めた。


***


「ささっ、先輩どうぞ」

「ありがとな。いただきます」


 無事に仕事は終わり、神代に出されたコーヒーを手に取り一口啜る。


「おお、ムーンドッグスのコーヒーか」

「え、私ムーンドッグスって言いましたっけ?」

「いや、味で分かる」

「ええ~!? 通ぶってるだけでマグレってことは……?」

「……じゃあ、試してみるか?」


 まだ疑っている顔の神代に対し、俺はニヤリと笑いながら答える。

 ふはは、コーヒーオタクの力を思い知らせてあげよう……。


***

 

 キッチンに移動する俺と神代。机には六個のコーヒー豆が入った袋が用意されている。


「よし、じゃあ神代。適当にここから三つコーヒー豆を選んで、カッティングカップに挽いてくれるか?」

「分かりました!」


 カッティングカップを用意し、コーヒーを挽き始める神代。

 カッティングカップとはコーヒーをテイスティング専用の容器だ。


 ……それにしても入りたての頃は道具の名称どころか、コーヒーの挽き方も分からなかった神代だったが……努力したんだなぁと感慨深い。っといかんいかん、これでは何を選んだか見えてしまうな。

 後はお湯を加えるだけだ。別に何も言わなくていいだろう。

 俺はキッチンを後にし、カウンターへと向かった。


 後ろからは、神代の鼻歌交じりにゴリゴリとコーヒーを挽く音が聞こえる。

 こちらまで漂うコーヒー豆の豊かな香りを楽しみながら、近くの本を手に取り、時間が経つのを待ったのだった。

 

***


「さて、どうぞ。先輩」


 カウンター席で座っている俺の目の前に、小さめのカップが三つ机に並べられた。


「おう、いただきます」


 まずは香り。

 嗅いでみたら分かるのだが、結構違いがある。もうこの時点で一つはどこのコーヒーか分かってしまった。


 次に味覚だ。

 っと言っても、さっきの匂いを嗅いだ時に一つは見当がついている。

 後は二つの味を調べるだけだ。


 左に会ったカップを手に持ち、口をつける。

 ……少し甘い……。そしてコクもあるな……ふむふむ。

 左のカップを置いた後、右のカップに手を伸ばす。

 こっちは少しベリーを思わせるフルーティさがあるな……よし。


 最後に見当がついていたコーヒーも一応確認し、味見をし終る。


「ふむ……これはヨシダ喫茶のコーヒー。……んで、これがムーンドッグスのコーヒー。最後のこれがソソールのコーヒーだな……どうだ? 合ってるか?」

「おお~! 凄いですね! 全部合ってます!」

「ふっふっふ……まっ、これぐらいは出来て当然だな」


 思わず感心し、パチパチと手を叩く神代に、どこか俺も得意げになってしまう。

 するとハイっと勢いよく神代が手を挙げた。


「私も! 私もやりたいです先輩!」

「おっ、やってみるか? ま、素人には早いと思うけどな~」

「ふっ……私もまだまだバイトですが、かなりコーヒーは飲みましたからね……。その挑発受けてあげましょう!」


 意気揚々と張り切る神代。まぁ、一つでも当てれたらいい方だな。


***


 さっきと同じように、六つの中から三つのコーヒー豆を選んで挽き、出来たものを神代の前にそれぞれ並べる。


「さぁ、どうだ」

「いただきます」


 真剣な表情で神代はさっき俺がやったように香りを嗅ぐ。そして、それぞれの味を確認し始めた。


「これは中々、苦いですね……そして、酸味も特徴的……」

「ほうほう」

「逆にこっちはマイルド……。あっ、最後のやつ! このコーヒーが一番美味しい!」


 すべて味を確認し終え、カップを置く神代。果て答えはいかに。


「左のコーヒーがソソール。真ん中がムーンドッグス、最後の右がここのカフェのオリジナルブレンドです!」

「ふむふむ……」

「……ど、どうでしょうか?」

「まぁ……最後のだけ当たりだな」

「あぁ、もう悔しい!」

「いや、一つ当てるのだけども凄いぞ? そして、それがうちのコーヒーってのも素直に嬉しいし」

「まぁ……ここに来た時の……思い出の味でもあるのでっ」


 もじもじ答える神代。

 ああ、俺と神代が初めて出会った時、俺が出したんだっけ……。

 するとパチンと神代が手を叩く。


「よし! 私決めました! これちゃんと当てるまで今から特訓です!」

「お、おう……そうか。ま、せいぜいがんば……」

「え? もちろん先輩も一緒ですよ?」


 あざと可愛い顔を作りながら、神代は逃がすまいと帰ろうとする俺の腕をぎゅっと掴む。


「おっ、お前なぁ……」


 だから近いんだって! 何か柔らかい感触が腕に伝わったが、気づかないふりをする。また何か投げられたら大変だ。


「先輩付き合ってくれますよね……?」

「誤解を生む言い方は止めなさい。……ったく……少しだけだぞ」

「やった~! ばんざ~い!」


 きゃっきゃっと騒ぐ神代。

 ほんといつものパターン……。ついつい気を許してしまうだよな。まったく……。


***


「……正解」

「やったー! やっと当てれましたよ私! 凄いですよね私! ね? 先輩!」

「……お、おう……まさかここまでやるとは……つ……疲れた……」


 そして、結局本当に当てるまで付き合う羽目になりましたとさ。

 めでたしめでたし。いや、どこもめでたくねぇよ。


 ちなみにこれは後に聞いた話だが、その後、神代はコーヒーのせいで一睡も出来なかったらしいです……。

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