第26話 百瀬絵里とメイド服
世間は夏休み。……だがうちのカフェはいつも通りの忙しさだ。
「神代、そろそろ休憩入って良いぞ~」
「あ、は~い」
食器を洗いながらホールを担当する神代に声をかける。昼のピークも過ぎた。
客もいないし、ここからの時間は一人でも大丈夫だろう。
「今日の賄いはチョコレートケーキですか~。美味しそうですね~。あっ、せっかくなんでここで食べても良いですか?」
「おう、構わんが一応エプロンは外しておいてくれ」
「かしこまり~」
目をキラキラさせながら、冷蔵庫から賄いのケーキを取り出す神代に返事をしているとカラランとベル鳴った。
「う~ん……雰囲気は中々良い所ね……」
すると白色のワンピースを着た女子が一人。キャリーケースを引きながら店に入ってきた。
年は俺と同じくらい……だろうか。綺麗な黒髪が印象的だった。
「いらっしゃいませー」
「あ、あなたが……」
「……はい?」
「いえ、一人でお願いします」
「じゃあ、こちらへどうぞ」
「ん~大丈夫ならあそこの席がいいな~」
そしてその女子が指さしたのはキッチンの前にあるカウンター席だった。
「まぁ、大丈夫ですけれど……」
「わ~い! やった~。ふふふっ、真鳳いるかなぁ~」
パチンと手を叩いて喜ぶ彼女。
声色も落ち着いていて、一見大人しそうに見えるが、口調から判断するに意外と陽気なようだ。
……ん? 真鳳?
「あ! 絵里!」
「やっほ~」
キッチンから出てきた神代が思わず叫ぶ。どうやら二人は知り合いらしい。
***
キッチンの前にあるカウンターに、神代の横に並ぶ形で、その絵里と言われている女子は座った。
「ほんと最近暑過ぎ~。あっ、アイスコーヒーで」
手でパタパタと風を自分に送りながら、注文を済ませる。
改めて見てみると、かなりの美人だ。
町ですれ違ったら、思わず振り返ってしまいそうな。
「改めまして~真鳳の友達の
「どっ、どうも」
「いつも真鳳がお世話になってます~。えっと……」
そう言えばまだ俺の自己紹介をしていなかったな。
「皆川です。皆川湊」
「じゃあ、湊さん……いや、湊先輩ですね~。真鳳の話聞いてると同じ大戸高校らしいですし~」
「は……はぁ、その百瀬さん……はどうしてここへ?」
「そんな硬くならないで良いですよ~。百瀬で大丈夫です~。あっ、何なら絵里でも……って痛あああ!」
いきなり大声を出すから何事かと思っていたが、神代が百瀬の腕をつねっていた。
「……もう、ほんと焼きもち焼きなんだからっ」
「絵里うるさい」
なぜか不機嫌な神代はジュースをブクブクしている。
そんなことはどこ吹く風で百瀬は話を続ける。
「今日はその……ある用事があったんですけれど、その帰りで……。それにしても高校の近くにこんないいカフェがあるなんて知らなかったな~。落ち着いてていい感じ」
「……まぁ、もう少しお客さんが来て欲しい所なんだがな……」
「お店的にはそうですよね~」
アイスコーヒーとミルクをストローで混ぜながら、答える百瀬。
「あっ、それじゃあ! 期間限定で何かイベントを開くというのはどうですか?」
「イベント? でも、新作メニューとかなら前やったぞ」
「あれですね! 私が考えた……名前なんでしたっけ?」
「自分で考えたのに忘れたのかよ……」
まぁ、俺も忘れたけど。
「ん~商品とかでもいいんですけど……そうだ、期間限定のコンセプトカフェとかどうでしょう?」
「コンセプトカフェ?」
思わず俺は百瀬に尋ねる。神代も気持ちは同じようで視線を百瀬に向けている。
「例えば……有名なもので言えばメイド喫茶? とかですね」
「あーなるほど……でも、それはさすがに……」
「いやいや湊先輩、物は試し用です!」
勢いよく答える百瀬。
まぁ、確かにこの店は親父の趣味が全開だからな……。たまにはちょっと趣向を変えてみるのもいいかもしれない。あと、純粋に面白そうだ。だが……
「でも、大変そうだな……。まずは服からだが……」
呟く俺に神代がハッと気づく。
「……あ、絵里の趣味って確か……」
「ふふふ……そう! 私、コスプレが趣味でしてね! さっき言った用事というのもコスプレ関係のイベントでして……服ならここにたくさんあります!」
そう言うとさっき引きずっていたキャリーケースをパカっと開く。中には色んなコスプレの服が入っていた。
「うわ、すっげーな……」
「あっ、ありました! メイド服! これほんと可愛いんですよ~! ほんとは私が着たいくらいですが、この店で働いているのは私じゃないので……」
「確かにそうだな……となると……」
じーっと俺と百瀬の視線が一点へと集中する。
「……へ?」
***
「きゃ~真鳳可愛い~!」
あの後、神代は百瀬に半ば強制的に更衣室へ連行されていった。
そして、数分後にはふわっふわのメイド服に身を包む神代が。
「……先輩、その……あんまりじっと見ないでください……」
「いや、見ないと参考にならんだろ?」
「そ、そうですけど……」
花火大会の時を思えば、浴衣の時みたいに結構ノリノリになるかと思ったが、やはりこういう系の服は恥ずかしいらしく頬を赤らめている。
胸元は少し肌が見え、頭にはふりふりのカチューシャ。
そして、白のニーハイとスカートからは太ももが露出――俗に言う絶対領域というやつだ。
流石コスプレ用とあって細部まで作りがしっかりとしている。
まるでファンタジーの世界から飛び出してきたようだ。……そしてエロい。
「はぁはぁ……いいよいいよ真鳳~はぁはぁ」
コスプレイヤーの血が騒いだのか、百瀬は鼻息を荒くし、もう危ない状態にまで入っている気がする。
「じゃ、じゃあ……真鳳……あのセリフ言ってみようか……」
「いやいやいやいやいや!!!!!! 無理! 絶対無理! コスプレだけでも恥ずかしいのに! あんな恥ずかしいセリフ言えるわけないじゃん!」
「一度だけ! 一度だけで良いから! もう先っちょだけで良いから!」
「先っちょって何!?」
「真鳳お願いよ~! 一生のお願い!!」
そう言いながら、神代の太ももをぎゅうっと掴む百瀬。
そろそろ気づき出したけど……百瀬って結構……ヤバい人なんじゃ……?
「あぁ、分かった! 分かったから! もう離れて! ほんと……一回だけだからね!?」
そして、神代も意外とちょろいんだよなぁ……。
すーはーと深呼吸をしているが、緊張で口が震えているのを見るとあまり意味がないように見える。
「……お、お帰りなさいませ。……ご主人様」
恥ずかしながらもセリフを言う神代に思わず俺もドキッとする。
無意識ににやけているのに気づき咄嗟に口を隠した。
めちゃくちゃ可愛いんだが……メイドさん……良いですね!!!
神代は恥ずかしさのあまり、耳まで真っ赤だ。
「よっっしゃああああああああ!!! 撮ったど~!」
すると、百瀬がスマホを高らかに掲げる。
どうやら盗撮していたらしい。
「……絵里ちゃ~ん♡」
うわっ、出た。神代の怖いくらいの笑顔。
「消して!」
「消さない!」
「消して!」
「やだ!」
言い争う神代と百瀬。
なんかこう……癖ある人は癖ある人を呼び寄せるんだな……。
やれやれとため息を吐き、水を一杯飲む。……さて、そろそろ午後の仕込みしないと。
あっ、後で俺にも送っておいてくださいね。
☆☆☆
どうも砂月です!
花火大会編を終えての久々の日常回です!
花火大会編は正直かなり頑張ったので、良かったら感想などいただけると嬉しいです。
それと、少しの間これまでの話を振り返って誤字や脱字の修正、スペースの調整を行おうと思うのでご了承ください。
いつも♡や☆などの応援ありがとうございます。ほんとモチベの維持になります。
頑張って完結まで書くぞ~。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます