第24話 花火大会 4

「いやぁ~懐かしいですねここ! 小さいころはよく一緒にここで遊んでましたね……」

「いや、遊んでないから。変な記憶改ざんしないでくれる!?」


 あの後、神代に連れられてやって来たのは会場近くの河川敷だった。もちろん来るのは初めてだ。


「細かいことばっかり気にしますね~先輩は。それじゃ、まぁ……始めましょうか」


 そう言われ、俺は来る途中寄ったコンビニで購入したものをレジ袋から取り出す。それは比較的少なめの本数で売られていた花火セットだった。


「じゃあ、私これにしますね。ほら、先輩早く早くっ」

「わかった、分かったから」

 

 素早く一本手に取った神代に急かされるまま、一緒に買っておいたチャッカマンで神代の花火に火を点ける。数秒も経つと、プシューという音と共に赤色の火花が弾けだした。


「先輩もほらほら~私の火あげますから」


 神代はほれほれと花火をこちらに向ける。俺も袋の中から一本適当に選び、神代の花火へと近づける。


「ん~中々点かないですね……あ、点いた」


 途端ぱあぁっと神代と俺を照らす光の強さが増す。それを見て微笑む彼女の横顔には雫のような汗が伝い、少々色っぽい。絵になるなと思ってしまった。不覚にも。


「せんぱ~い! 見てください! とりゃあ!」


 そう言いながら神代はきゃっきゃっと持っている花火で模様を描く。さっきのエモさはどこへ行ったのやら。

 だが……


「ふっ、甘いっ」

 

 神代に対抗するように俺も花火を魔法の杖のように振る。暗い闇を光の線が貫き残像が残った。

 ここでかっこつけてクールぶるほど俺も馬鹿じゃない。精一杯楽しんでやろうではないか。

 煙が舞い、光が揺れる中、俺達は小さい子どものように騒いだのだった。


***


 ひとしきり花火を楽しんだ後、俺は近くの自販機でサイダーを、神代はオレンジジュースを買い、手ごろな石段に座った。

 プシュと炭酸が弾け、サイダーで喉を潤す。喉が渇いただけあって、かなり美味い。

 その様子をじっと見つめる神代。


「あー、やっぱり私も炭酸にすれば良かったな……」

「ふっ……やっぱり夏はサイダーだな」

「うぅ……じゃ、じゃあ! 一口飲みたいです」

「ちょ……おまそれ間接……」

「へ? へぇ~? せ、先輩そういうの気にしちゃうんですね~。やっぱり年齢が一つ上なだけで、その……中身はまだまだ私より子どもなんじゃないですか~?」

「は、はぁ? べ、別に俺は神代の事だから全部飲んでしまうんじゃないかってことをだな……」

「そんな一口で飲んだりしませんよばーか」

「……はぁ、仕方ないやつだな」


 神代は持っていたオレンジジュースを横に置き、俺からサイダーを受け取ると、一口口をつける。じっとその様子を見ていたがどこか落ち着かない。


「ぷは~。美味しいですね~。あ、私のオレンジジュースも飲みます?」

「……まぁ、少し」


 そう言った後、神代から缶を受けとって一口飲んでみたが、正直色々なことを考えてしまい味が分からなかった。

 それからは少しの間、沈黙の時間が続いた。

 少し風が出てきたなと思っていると神代が口を開いた。


「あっという間に夏……ですね」

「……ほんとあっという間だな」

「今、思えばまだ私って先輩と出会って三カ月ちょいなんですね」

「まぁ、去年一回会ってるけどな」

「そうですけど……。なんかもっと長い時間を過ごしていたような気がします」

「確かに、色々と密度は濃かったからな……最近は」


 つい最近のことがもう何年も前のようにも感じるし、やっぱり最近のようにも感じる。何だか変な感じだ。

 こんな曖昧な感じで毎日を生き、振り返ると学生生活が終わっていたりするんだろうなきっと。


「これからもこの可愛い後輩をよろしくお願いしますね湊先輩っ」

「それ自分で言うのかよ……」

「え? だって私が可愛いのは事実じゃないですか?」


 さも当然のように言い張る神代。すげえなその自信。俺も見習いてぇ。

 ……いや、可愛いんだけどね?


「……まぁ、任せろ」

「さすが先輩っ」


 乗せられていると分かっていても、こう言われると気恥ずかしい。

 そんなことにはどこ吹く風で神代は軽くパチンと手を叩いた。


「……さて、やっぱり最後は線香花火ですよね」

「だな」


 袋に残された細い線。俺はそれを二つ取り、一本を神代へと渡す。

 

「これが終わったら……今日も終わっちゃうんですね」

「まぁ、そういう事になるな」


 緩やかでありながら少し切ない表情を浮かべながら、そう呟く神代に短く答える。

 やはり非日常から日常に戻る時というのは少し寂しい。楽しい夢から覚めたような……。


「ふふっ、どうでした? 先輩。こんな可愛い後輩の私と花火できて。これはもう最高の思い出になったんじゃないですか~?」


 肘を俺の肩に当てながら、相変わらずの子どもっぽい表情でからかってくる彼女。


「ほんと……最後の最後まで調子に乗りやがって……」

「えへへ……それじゃあ最後やっちゃいましょうか! さて、私と先輩どちらが長く光っているか勝負ですね!」

「ほんと勝負好きだよなお前」

「いや~それほどでも~」

「別に誉めてない」


 そう言いながら二つの線の先に火をともす。

 パチパチと火花を散らしながら輝いているのを俺達は黙って見守っていた。


 小さく、それでも力強く存在しているその二つの光があと少し、あと少しだけ輝いていて欲しいと心の片隅で思った時、ポトンと明かりは消えた。

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