第23話 花火大会 3

 流石に花火開始前といった感じで人もかなり多くなってきた。周りの人とは逆方向に進みながら上手く人を避けていく。

 もし、まさと君があのまま彷徨っていたら、四~五歳くらいの背丈では視界もふさがれ、自分が今どこにいるのかも分からなくなっていただろう。


「絶対、手離しちゃダメだよまさと君っ」

「うん、お姉ちゃん!」


 もうすっかり神代に懐いているようだ。そんなことを思っていると、まさと君が「あ」と声を上げた。どうしたのだろうか。


「僕そういえば聞きたいことある」

「ん~何かな~?」


 まさと君の問いに神代が聞き耳を立てる。急に何だろうと思い、俺も軽く耳を傾ける。

 しかし、それは俺達の予想斜め上を行くものだった。


「お姉ちゃん達ってカップルなの?」

「「ぶふーっ!」」


 思わず吹き出す俺と神代。まさと君は相変わらずキョトンとした顔様子を見ている。いきなり何を言いだすんだこの子!


「え、そうだよね? 違うの? お面お揃いだし」

「ち、違うよ~お姉ちゃん達は友達……って言うのも少し違うか。あ、え~と……ねっ年長さんと年中さんみたいな感じだよ。幼稚園の」

「そうなんだー。ん? あれ~? なんかお兄ちゃん手熱くなってない?」

「あっ、熱くなってない! 気のせいじゃないカナ?」

「あれれ~先輩何恥ずかしがってるんですか~可愛いですね~」


 相変わらずのいじらしい目を向けてくる神代に思わず目を反らす。

 まさと君! 余計なこと言わないでくれるかな!?

 ほらほら、またこいつ調子乗るから!


「でも、お姉ちゃんの手も熱くなってきてるよ?」

「お? お? か、神代こそ恥ずかしがってるんじゃないのか?」

「そ、そんなことありません! しっかり握ってるからです!!」


 これ見よがしに繋いでいる手を見せる神代。

 それにしても子どもって素直ですね……。

 ほんと今のでどっと疲れた気がするわ……。

 やれやれとため息を吐くと、またもやまさと君が「あ」とつぶやいた。

 次は何だ……と思ったが、その心配はすぐに杞憂となる。


「花火!!」


 まさと君が叫んだのをきっかけに空を見上げる。

 すると、真っ暗な闇に数々の花火が咲き乱れていた。

 幾多の人々がおおっと歓声を上げ始める。

 思わず魅入ってしまいそうになったが、今はそういうわけにはいかない。人が止まっている今が動きやすいし、何より親御さんを心配させないため、送り届けるのが優先だ。

 しかし、小さい子どもに花火を我慢しろって言うのは……。

 あっ、そうだ。


「まさと君、俺の背中に乗るか?」

「いいの?」


 おんぶしながらだと、まさと君は背丈的にも今より良く見えるし、何より移動しながら花火を見ることが出来る。

 デメリットは俺が疲れるくらいだろう。頑張れ俺。ファイトだ俺。


「おう、構わん。だが、案内所に向かいながら見ることになるけれどいいか?」

「うん! いいよ!」

「よし、偉い」

「お兄ちゃんありがと!」


 よっこらせと背負ってみたが、思ったより子どもって軽いんだな。

 もう二人でも三人でもいける。嘘。それは盛った。

 すると神代がこそっと耳打ちしてきた。


「先輩も良いところありますね」

「……だろ?」


 さっきまで神代に頼りっぱなしだったからな。そろそろ俺も役に立たなくては。


「私もおんぶしてもらおっかな~」

「だからブラジルまでつっきちまうって」

「だからそんな重くありませんって」


 いつかの日と同じやり取りをし、ポカポカ肩を叩かれる。

 

「ほんっとデリカシーないんだから……まったく」


 そう言いながらも、横を歩く神代の表情は穏やかだった。


***


 無事に迷子案内所に到着し、手続きを済ました後、携帯で親御さんにそのことを伝えた。

 あちらは元々ここと真逆の方にいたらしく、あと十分くらいで着くらしい。

 後は迷子案内所の人達が様子を見てくれるだろう。

 ここからは死角になり見えないが、遠くから聞こえる音の激しさから判断するあたり、花火もクライマックスといった感じだろうか。

 さて、俺達の役目は終わったわけだが……。

 横に目をやると少し寂し気な表所を浮かべるまさと君。それもそうだ、みんながお祭りを楽しんでいる中、お預けを食っているのだから。子どもにとってただ待つというのは苦痛でしかない。

 ……仕方ない。だがこれには神代の賛同も必要だ。


「……神代ちょっといいか?」

「ふふっ、もう先輩の言いたいことはお見通しです!」


 俺の表情からすべてを読み取ったのだろう。


「花火……悪いな」

「いえいえ。それにここで行っちゃうのもなんか後味悪いですし」


 そう言うと、神代はまさと君に駆け寄る。


「まーさーと君っ、お母さんが来るまでお姉ちゃん達と遊ぼっか!」

「え……いいの? でも花火終わっちゃうよ?」

「小っちゃい子どもが遠慮なんかしなくてもいいぞ。ほら、指スマでもしようぜ。まさと君知ってるか?」

「知ってる!」

「よし、なら決まりだ」

「じゃあ、私から始めますね! いっせーので二!」


 神代の合図にくいっと指を上げる。指の数は一本。ドンマイ神代。

 そんなこんなで楽しんでいると、案内所にいる周りの大人たちも暇していたのだろう。俺も混ぜてくれとどんどん人が増えていく。

 そして、なぜか夏の夜にこっそりと指スマ大会が開催されたのであった。


***


「いや~ほんとお疲れ様でしたって感じですね。私達」


 花火大会が終わり、人が空いた帰り道にカランコロンと下駄の音が寂しく響く。

 あの後、無事親御さんが迎えに来て、まさと君ととは笑顔で別れた。

 まぁそれは良かったのだが、せっかくの花火をゆっくり楽しめなくて神代には少し申し訳ない気もする。


「なんかすまんな」

「ふふっ、何で先輩が謝るんですか? それに……私楽しかったんですから。先輩と花火……いや、一緒の時間を過ごせて」

「そ、そうか……。それなら良いんだが……」


 少し気恥ずかしい気持ちになるのをごまかす様に頭を掻いていると、急にくいっと逆の袖を掴まれた。

 思わず歩いていた足が止まる。

 振り返ると、神代がじっとこちらを見つめていた。


「そ、それじゃあ先輩……あともう少しだけお祭り気分味わいませんか?」

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